冬の日
「すーさーさーん」
部活から引退した今、やることは勉強しかない。
寮の部屋に戻った諏佐が見たのは、ベッドを占領している先客だった。
「…原、来るときは連絡入れろって言っただろ」
「携帯壊れちゃって」
「また何かやったのか」
えへ、と原が笑って誤魔化すときは、大抵良くないことがあったときだ。
「…あんまり、無理すんなよ。お前だって選手なんだろ」
どれだけゲスいプレーをするのだとしても。
コートに立つ者である以上、身体を大切にして欲しいなんて、そんなこと。
「そんなこと言うの、諏佐さんくらいだよ」
猫のように擦り寄ってきた頭を撫ぜる。
「何で布団入ってたんだよ」
「寒くて」
「ヒーター付けてよかったんだぞ」
「家主いないのに勝手するのもなって思って」
変なところで遠慮しいだ。
家主がいないのを気にするなら無断に部屋に入ると言いたい。
でもこの寒い冬の日に外で待たせるのもアレだ、
勝手に入ってきてくれていたことに少し安心する。
無断で部屋に侵入するくらいには、心を許されているらしい。
口には出さずにヒーターのスイッチを入れる。
甘え下手なのか、原はこういうことが本当に苦手なようだ。
「勉強するから、邪魔はするなよ」
テーブルに参考書を広げて向き直ると、邪魔にならないように縋り付いてくる。
こういうときの原は、好きにさせておくに限る。
霧崎第一のプレーに問題があるのか、ただ単に原という人間が不運なのか、
よく原はその身体に傷を付けてくる。
今までにした会話の端々から、何となく霧崎の面々は原を守ろうとしているようだ。
しかし、それでも原は救われないし、心か何処かにぽっかり開いた穴を補修することが出来ない。
それを埋めるべく選ばれたのが、どうやら諏佐らしい。
迷惑がるべきなのか。
しかし、諏佐自身も自分を逃げ場として認定した原に安堵を覚えるのだから、
もう大分絆されていると言っても良いだろう。
暫く、頁を捲る音とシャーペンを滑らせる音だけが響いていた。
原は何を言うでもなく縋り付いたままでじっとしていた。
くっついていなければ分からない程薄い呼吸をしていて、
遠目に見たら生きているかどうか不安になるんだろうなぁ、なんて、数式を解く傍らに思う。
いつも噛んでいるガムの香りであろう、甘い香りもした。
「…原」
最後の数式を解き終わってシャーペンを手放す。
「…諏佐さん、終わり?」
「とりあえず今日の分は」
「どれくらい経った?」
「三時間くらい」
もう辺りは真っ暗になっている。
「花宮たちに連絡は?」
「…してない」
「泊まってくだろ?」
「良いの?」
「別に、お前勉強の邪魔する訳じゃないし」
本当なら寮に他校生を泊めるなんて駄目だけれど。
というか、桐皇の学生でも宿泊許可が必要なはずだ。
でもそこは、バレない自信はあるし、
バレても元々優等生として通っているから、そこまで大事になることはないだろうし。
今まで強ばっていた顔に確かな笑みを浮かべた原を見ながら、
諏佐はもう見慣れた番号を呼び出したのだった。
(「もしも、」『遅いです。原はそっちにいるんですね?』「いるよ。今日は泊まらせる」
『分かりました、明日の朝迎えに行きます』「分かった。詳しいことはメールで」『はい』)
20121118