苦しまぎれの嘘を本気にした君 

 さてどうしたものか。古橋は目の前で泣き出しそうな顔をしている女子生徒を眺めていた。呪いの装備である無表情がまた、この状況を悪い方へと持って行っていることも分かっている。此処は校舎裏である。目の前の女子生徒は所謂恋する乙女というやつで、何を血迷ったか古橋に告白して来たのである。花宮とか原辺りにしておけばいいものを。
 正直古橋は、顔も名前も今初めて知ったような存在と付き合おうなんていう、リスキーな思考の持ち主ではなく、さっさと断ってこの場を去りたいのだが、相手はそうはさせたくないようだ。相手としては一世一代の勇気を振り絞りしてきた告白なのである。そうやすやすと断り去られては堪らない。それは理解出来なくもないが相手は知らない人間なのである。告白されている以上相手は古橋のことを知っているようではあるが、それでも古橋にとっては赤の他人なのである。少ない優しさは赤の他人にはばらまけない。
「古橋くん、お願い、お試しでも良いから、付き合ってくれない?」
そういうのは原とか慣れている人間に頼んでくれ、などと若干失礼な考えが頭を過る。なんて断ったら諦めてくれるんだろう。ああ、面倒だ。そう無表情の下で忙しく脳みそを回転させていると、
「あ、古橋こんなことに…」
聞き慣れた声がした。
 そちらに顔をやれば古橋の分の鞄も持った山崎がいて、明らかにしまった、という顔をしていた。無理もない、泣きそうな女子生徒とそれに向かいあう古橋という図では、誰がどう見ても告白だと分かってしまう。あー…と困ったように視線を泳がせている山崎を見ていたら、一つの案が浮かんだ。
「えっと、先に部活行ってるな?」
邪魔して悪かった、と立ち去ろうとする山崎の腕を掴む。
「古橋?」
「悪い」
そのまま女子生徒の方へと向き直った。
「オレは、山崎がすきだから、君の気持ちには答えられない」
我ながら良い案だと思った。女子生徒の結束の強さと噂話の電波の速さはとんでもないと言うが、このまま広まってしまえば今後こういったことに時間を割くこともなくなるだろう。霧崎は元々男子校だったこともあり女子生徒の比率も少ない。そこまで困ることにもならなそうだ。ぎゅう、と山崎の腕を抱き締めながらもう一度悪い、と繰り返す。ぽかん、とした顔の山崎は女子生徒の目に入っていないようだった。
「君が本気なのが伝わったから、オレも本気で返さなきゃいけないと思って…」
花宮のような口当たりの良い言葉を並べてみる。そうしてやっと、女子生徒はそっか、と呟いた。
「それなら、仕方ない…よね…」
流石に大打撃だったようで、ふらふらっと二、三歩後ずさる。
「応援、してるね。頑張って」
最後に振り絞るように笑顔を見せると、女子生徒は走って行った。
 ふぅ、とため息を吐く。
「…古橋」
「悪かったな」
「その、」
困ったようにまだ視線を彷徨わせている山崎。
「あの、さ。オレそういうの考えたことなかったから、えっと、オトモダチから、で良いか?」
 何を言っているんだ。
 絶句した古橋の驚愕は山崎には伝わらない。やはり呪いの装備だ、無表情。
「あー悪い、こういうの、慣れてない、から…」
きっと、嘘だと言うのは簡単だった。
「古橋、何か言ってくれよ」
いつもの山崎からは想像出来ないような弱々しい声や、どことなく優しさの滲んだそれが誰か他の人間に向いてしまうのは、勿体ない、なんて。
「…ああ、それで良い」
「そう、か」
微妙な雰囲気を打ち払うように山崎から鞄を受け取る。
 「入れ違いになったらどうするつもりだったんだ」
鞄があるのだから教室で待っていればそのうち古橋は帰ってきていただろう。山崎が来たことで助かりはしたが、あまり賢いとは言えないと思った。
「あー…何て言うか、待ってるだけってなんかやだったんだよ」
歩き出す背中を追う。
「なんだそれ」
「わかんね」
ブレザーに包まれたその背中は、やっぱり人に渡してしまうのは惜しい気がして、馬鹿みたいに始まったこの関係を出来る限りで大切にしたいなんて、そう思うのだ。



診断メーカー

***

世界中で君だけがいない 

*魔法少女古橋

 古橋康次郎は世界から消えてしまった。それをこの世界で唯一覚えているのは、山崎がその場面に立ち会ったからだ。
 この世界は終わろうとしていたらしい。それを止めたのが、古橋。まるでチープな物語のように、己の存在を引き換えにして。
 意味も理由も分からなかったが、山崎の目の前で古橋は消えて、誰も古橋のことを覚えていない世界が当たり前のように続いていた。それが、事実だ。花宮も瀬戸も原も、部活の連中もクラスの連中も、古橋の両親でさえ、誰一人。
「お前が好きだからだ」
静かな声で、古橋はそう言った。
「お前が好きだから、お前のいるこの世界を守りたいんだ」
 「わかんねーよ」
呟く。
「わかんねーよ、ふるはし…」
青い空はいつもどおりで、古橋康次郎が世界から消えてしまっただなんて悪い夢のようだ。それがひどく腹立たしい。
 「こうじろう」
ああでも、その声にこたえる人間がいないということは、紛れもなく事実として山崎の胸を抉るのだ。



診断メーカー

***

囁く声の甘さ 

 「ふるは、」
その名前を殆ど呼び終えるというところで止めたのは、開け放たれた扉から机に突っ伏した後頭部が見えたからだった。
「…寝てんのか」
夕焼けに染まる放課後の教室で寝こけるなんて、お約束すぎるような気がしないでもない。なるべく音を立てないようにその丸まった背に近付いた。
 規則正しい呼吸。僅かに上下する背中。
「…こうじろう」
小さく、小さく舌に乗せたその名前は空気に溶けて、あかく染まっていく。
 一度息を吐いてその名残を払拭すると、未だ突っ伏したままの背中に手を伸ばす。
 名前が喉を通って行った、あの瞬間の妙な熱さも、その後の焼け爛れたような痛みも、きっと気の所為なのだから。



診断メーカー

***

イデアの向こうに君はいるか 

*魔法少女古橋

 自分の足音がこんこんと響いていくのを聞きながら、山崎は誰もいないその廊下を歩いていた。朝日がやっと顔を出したような、そんな冬の朝。外からは朝練のある運動部の声がちらほら聞こえて来はするけれども、校舎の中は依然として静まり返ったままだった。
 屋上へと続く階段をのぼっていく。
「よ、っと」
鍵の壊れている扉を開けると、びゅう、と冬の寒さが舞い込んだ。マフラーの位置を直しながら屋上の端へと歩を進める。
「…古橋」
そっと名前を呼ぶと、フェンスぎりぎりの所から空に向かって手を広げた。
 そしてそれは、ふわり、と現れる。
 「ふるはし」
もう二度と離さない、というかのように抱き締めるその腕に、重みはかからなかった。離さないでいられるのなら、山崎が度々こうして屋上に来ることも、扉の鍵を誰にもバレないようにそっと壊すことだってなかっただろうに。
「誰も、お前のことを覚えていないんだ」
抱き締めた古橋は当たり前だ、というように頷いた。
「花宮も原も瀬戸も、お前のこと知らないっていうんだ」
大丈夫とでも言いたいのか、古橋は山崎の頭を撫ぜるだけだ。
 ある日突然、古橋康次郎は消えてしまった。残されたのはこの世界でたった一人、取り上げられなかった古橋についての記憶と、そのさいごのあまりに静かな告白だけ。
 「おまえ、ズルいよ」
温かさも冷たさもない。まるで本当はそこにいないかのような古橋を、それでも尚山崎は抱き締める。 「俺はあれから、お前のことしか考えらんねえよ」
 腕の中で古橋が仄かに笑った気がした。
それで、それで。山崎はすべてが満たされたような心地になった。誰にも告げることの出来ないこの想いを、殺さなくても良いのだと。そう、赦された心地がしていた。
 風が吹き抜けていく。少しばかり開いたままの扉が、ばたん、と閉まった。



「早朝の学校」で登場人物が「密会する」「風」という単語を使ったお話
診断メーカー

***

今日の夕飯は卵かけごはんで良いですか 

 「山崎は、生卵を食べるべきだ」
古橋と二人で使っているその部屋に帰るや否やリビングに座らされ言われた言葉に、山崎はぱちくりと目を瞬かせた。
「なま、たまご」
「茹でたり焼いたりしていない生のままの卵だ」
「そういうことが聞きたいんじゃねえ」
分からなくて繰り返したのではない、何故突然生卵なのか、そういうことを聞きたかったのだ。
 山崎と古橋は所謂恋人同士であり、高校を卒業し大学生をやっている今、同じ部屋で暮らしている。ルームシェアというやつだ、同棲と言った方が近いのかもしれないが。まぁ、言い方などどうでも良い。一緒に暮らすようになって今までより一層分かり合えるようになった、とそう山崎は思っていたのだが。どうやら早合点だったようだ、古橋が何を言いたいのか全然まったくこれっぽっちも分からない。
 向かいに座った古橋は真剣な顔をしていて、けれどもその口が発したのは生卵なのだから、それが更に山崎を混乱させていた。
「何で生卵なんだよ」
突然、と聞きたいことをちゃんと形にして問うと、古橋ははぁ、とため息を吐いてみせた。
「卵は生の方が良質のたんぱく質が取れるんだそうだ」
たんぱく質、という言葉に思わず腰を浮かす、勿論逃げるために。しかしながらそれは予期されていたようで、玄関までの最短距離に割り込まれる。
「山崎」
「ぶざけんな! その頭の中にはヤることしか詰まってねーのか!」
 先日のことである。回数が少ない、と改まって古橋に言われたのは。ベッドの上で正座させられ、くどくどと男性ホルモンとたんぱく質と性欲の関係について語られたのは。その時確かに古橋は笑ってこう言った、何が良いのか調べておくから、と。
 まさか律儀に良質なたんぱく質の取れる食材を探し、それを提案してくるとは思わなかった。羞恥プレイだ、ひどい、こんなことならまだオレが夕飯を作るから、とでも言われた方がマシだった。
 「そうだな、ヤることくらいしか詰まってない」
じりじりと近付いて来る古橋の手にはいつの間にか卵が握られていた。話の流れから察するに生卵なのだろう。
 たのむから勘弁してくれ、と顔を歪める山崎は、弱々しい声で生卵は苦手なんだ、とやっとのことで呟いた。



ask
「古橋と生卵で何か」

***

君の中に確かに存在するその強かな欲望について 

 画面の横に置かれたスピーカーからじゅちじゅちという接合音と、打ち上げられた魚のような嬌声が聞こえてくる。隣で居心地が悪そうにもぞりと身動ぎする山崎に、古橋は小さく笑ってみせた。
「…ンだよ」
「別に、抜きたいなら抜いたら良い」
それが出来たら苦労はしねーよ、と吐き捨てるような肩は薄暗い中でもやはり気まずそうで、もう一度古橋は笑みを漏らす。画面の光で古橋の顔は青白く照らされていて、それは山崎にも見えたはずだ。けれどもそれ以上何を言うこともなく、山崎は画面の少し手前へと視線を落としていた。羞恥心もあるのだろうか、その頬はうっすらと赤みがさしているようにも見える。
「…手伝ってやろうか」
そう言葉にしたのは悪戯ごころがくすぐられたからだ。もっと戸惑って、困ったように眉根を寄せて、そうして視線を泳がせる様が見てみたい。そんなことを思ったからだ。
 しかし。
 ずい、と山崎が身を乗り出してきた。
「やま、ざき?」
「手伝ってくれるのか?」
「え?」
「言っただろ、手伝ってやろうか、って」
先ほどとはうってかわってぎらり、とした目を向けてくる山崎にたじろぐ。
「言った、が」
そう返せば山崎は嬉しそうに笑った。とても嬉しそうに笑った。身体全体から余計な力を抜いていくような、そんなほっとした笑みだった。
 そこでようやく気付く。先ほどまでのよそよそしい態度は、これを隠すためだったのだと。古橋側から仕掛けてしまったことで、山崎にはそれを隠す理由がなくなったこと。曖昧な笑みを乗せながら、しかしそれでも、この状況が嫌ではないなんて、そんなことを思った。
 盛り上がっているであろう画面の中のことは、とっくに忘れていた。



ask
「うってかわって」を使って山古

***

猫は勘定にいれません。 

 「にゃあ」
鳴いたな、と山崎は思う。
「古橋」
「にゃあ」
また鳴いた、と今度はため息を吐いた。
「…何なんだよ、それ」
「………にゃーん」
今度は理由の説明か鳴くかで迷ったらしい。妙な間が空いた。けれども最終的に採用されたのは後者のようで。
 「猫か」
「にゃー」
「猫なら仕方ないな…」
「にゃ?」
「猫を抱き締めたり、猫にキスしたり、剰えそれ以上ってナイもんなー仕方ないなー」
がっと肩を掴まれた。目の前には、嬉しそうな古橋の顔。
「ぜ、」
「前言撤回は、しないよな?」
先手を打たれた上に出かけた言葉は飲まれた訳だが、たまにはこういうのも悪くはないなんて思うくらいには、山崎はこの恋人を甘く愛しているのだ。



旧拍手

***

 

 触れられているところから灼けついていくような感覚だった。
 やり場のない苦しみから手が宙を彷徨って、結局向き合う山崎の腰辺りに落ち着く。指先を掠めた冷たさはベルトにごてごてとついた飾りだろう。見た目通りと言うべきか、山崎がわりと派手なものを好む部類なのは、古橋とて既に知っている。
「…ふる、はし」
その手の力が緩んだような気がした。生理的なもので歪む視界で、それでも首を振る。
 ああ、なんて顔をしている。そう思った。
 そんな、そんな顔をしなくて良いのに。これを望んだのは古橋であるのだから、ただ望まれるままに与えているだけの山崎が、そんな顔をする必要はないのに。
 そうは思うものの、きっと彼に何を言ってもこの表情は消すことが出来ないし、実のところこれが見たいがために、この苦しみを甘受どころか望むまでになっているところも、なにしもあらずなのだ。
 それを知らない山崎は、くしゃり、と顔を歪める。悲しそうに、苦しそうに、首を絞められているのは己であるとでも言うような表情で。その瞬間彼の瞳に映っているのは古橋だけなのだ。世界で一人、古橋だけ。この優越を知ってしまったら。
 ゆるり、と力が抜けて行った。突然滑り込んできた空気に噎せると、その反動でぽろり、と涙が零れた。
「…痕」
目線をあわせるようにしゃがんだ山崎が、優しく首元に触れる。さっきまでの指先と、なんら変わらない優しさ。
「痕、残っちまった、な」
 震える声に、慰めるように抱きつく。ごめん、と繰り返す小さな声は、見えない角度で古橋が嗤ったことなど一生知ることはないのだ。



「触れる」「ベルト」「生理的な」
診断メーカー

***

透ける世界の真実について 

 ずるずると色のない指が背中を滑っていく。
 冷たく、まるで事務的とさえ言えるその所作に思わず声を上げかけた。それをすんでのところで抑えると、後ろでくつくつと喉が震える。
「…古橋、おまえ、」
「山崎」
遮って、もっとと強請る。もっと、もっと、触れてくれ、と。それに応えはなく、しかし代わりというように、無色の指がまた滑る。
 嘲笑うような声にも、煽られる、なんて。
 嗚呼。



煽る、指、冷たく
(貴方が私を愛していないことなど何も悲しくない)

***

おなかのむし 

 「花宮」
日曜日の一日練習のことだった。
「もう十二時過ぎた」
古橋がいつもの無表情で花宮にそう訴える。
「はァ? 何言ってんだ康次郎。時計ちゃんと見ろよ」
返す花宮はホイッスルを手にしたまま怪訝そうな顔をした。確かに、彼の言う通り体育館の時計はまだ十一時半を示している。
「花宮」
古橋の後ろから次に花宮を呼んだのは山崎だった。
「十二時過ぎてるけど休憩にしないのか?」
「…ヤマ」
今度は半眼になった。
「お前、時計も真面に見れなくなったのか」
「何で俺の時はそうなんだよ!?」
 その後しつこく粘る二人に根負けして職員室に時計を見に行くと、確かに体育館の時計は三十分以上遅れていたのだと言う。どうして分かったのかと問えば、二人は口を揃えて、
「だって、腹減ったし」
「どうしてって、お腹がすいたからな」
示し合わせたようにそんなことを言うのだから呆けてしまった。



5.腹時計が正確

***

20150708 編集