霧崎第一高校と聞いて、人は何を思い浮かべるだろう。お上品、勉強が出来る、っていうかガリ勉、お坊ちゃん校。まぁそんなところだと思う。
 そこの男子バスケ部と聞いて、人は何を思い浮かべるだろう。悪質、ラフプレー、悪童、蜘蛛の巣。まぁ、どう足掻いても良い印象は上がるまい。
 しかし、実態は世間の印象と少しだけ違うということを、男子バスケ部に所属する二年生の俺は知っている。その差異を作り出しているのが、一人の部員であるということも。名前は山崎弘。俺と同じくバスケ部に所属する二年生だ。さて、その山崎にまつわる霧崎第一高校男子バスケ部について、所謂モブの俺がつらつらと語ってみよう。
 山崎弘は一見不良である。オレンジ色の髪に着崩した制服、そしていつも不機嫌そうにしている表情を見れば大体の人間がそう思うだろう。本人は面白いことがないから笑っていないだけであって、つまるところあの不機嫌そうな表情はアイツなりの無表情なのだそうだ。それは置いといて。まず、その立ち位置は許されているのが不思議なくらいに微妙な所なのだ。山崎はレギュラーだ、それでもってスタメンだ。監督も辞めさせ、三年生も尤もらしい理由をつけて早めの引退に追い込んだ、そんな花宮の絶対王政とまで言われる男子バスケ部でスタメンをとるなんて、ラフプレーを行うことが義務付けられているようなものだ。勿論原や古橋は好きでああいうプレーをしているのだが。そんな空気の中で、山崎はスタメン唯一ラフプレーを行わない。不思議に思って聞いてみたところ、
「花宮だって話せば分かってくれるぜ?」
だそうだ。つまり、山崎は直接花宮に交渉して、ラフプレーをしない道を勝ち取ったと言うのである。  山崎は馬鹿だ。俺も人のことは言えないが。一応は霧崎の生徒であるので、その頭脳は世の中の平均よりは上なのだろうが、それでもこの中では馬鹿だと言わざるを得ない。それは頭の話でもあるし、その他の話でもある。だから山崎がそうしてラフプレーしなくてもスタメン、という位置を勝ち取った時、俺の頭にはジコボウの馬鹿には勝てん、という台詞が走ったのも無理はない。あ、俺はジブリ好きだ。話が逸れた。頭の話を出したのは、花宮がとんでもないくらいに頭が良いからだ。山崎がいろいろ見越した上での演技だとか、花宮を丸め込んでしまう程の話術だとかを、展開した訳ではないと言いたかったのだ。そしてその他の話の方。スタメンで唯一ラフプレーをしない山崎に、反花宮派の同学年も後輩も群がる。そこで言われるのは花宮たちへの悪口だ。しかし、山崎はそれを許さない。
「アイツらだって考えがあってあんなプレーしてるんだから」
フォローに回る始末だ。一応ラフプレーは蜘蛛の巣をはるための時間短縮の一端を担っているが、それが本質でないのは部員全員が知っている。それでも山崎はアイツらを庇う。庇う、というのは少し違うかもしれないけれど。聖人君子かよお前は、とツッコんだことはあるけれど、語尾に大量に草を生やしながらそれはねぇよと返されたのはいい思い出だ。山崎がアイツらを庇うのは恐らく、そんな大した意味はない。山崎自身がアイツらを嫌っていないから、友達だと思っているから。アイツにとっては理由なんてそんなもので充分なのだ。つまり、総括すると馬鹿なのだ。
 そんな山崎がこんなところで生き残れているのは、花宮を筆頭に男子バスケ部が、山崎にとことん甘いからに他ならないと、俺は思うのだ。

***



 やぁ、俺だ。前回は霧崎第一高校男子バスケ部は山崎にとことん甘いと、その一例を出した。が、全員が全員そうであるという訳でもない。
 男子バスケ部は大雑把に分けると二つの派閥に分かれる。簡単に言うと花宮派と反花宮派だ。花宮派は言うまでもなく原、古橋を始めとするラフプレー推奨派のことである。頂点に立つ花宮になまじカリスマ性があるためか、ちょっとした宗教のようになっているのは気の所為だ。影で花宮信仰とか言われているのも気の所為だ。一応原と古橋は宗教徒ではないことを言っておく、アイツらの名誉のためにも。ここまで言えば予想はつくと思うが、反花宮派とはそのままの意味、ラフプレーに反対する派閥のことである。口には出せないと影に息づいていたこの派閥が表に出てきたのは、山崎がラフプレーをしないスタメンになったことが切欠だ。こう言うのはあれだが、山崎は平凡な選手である。そこそこ上手いと言ってもそれは平凡の域を出ない。ラフプレーをしなくてもレギュラーをとっている者はいるが、その中で試合で使ってもらえるのは基本的にラフプレーが出来る奴らだ。ラフプレーの代わりになるようなものを持っているのならば、違う話になっていただろう。だが、特にそういうものを持たない山崎がそういう位置を取った。それは今まで影に隠れていた反花宮派にとっては大きな切欠だったのだ。山崎は瞬く間に反花宮派のトップに祭り上げられた。本人は全く知らないのだが。
 しかし、そんなふうにして活気付く一部を気に入らないとする部員たちもいる。そう、まるで花宮から特別扱いを受けたような山崎に、嫌悪感を示す部員もいるのだ。
 ある日部活に行くと花宮信者であることで有名な後輩の丹代が、花宮とその両脇を固める原と古橋の前で正座させられていた。三人の表情は今まで見たことがない程恐ろしいもので、正座という状況を差し引いても異様であるのは直ぐに察知出来た。見回すと遠巻きにその四人を見ている部員たちの中に、山崎の姿が見当たらない。山崎はいつも俺より先に部活に来ているのに。
「瀬戸ー」
少し離れた所でいつも通り豪快に寝ている瀬戸に話しかける。
「んあ?」
「山崎は? あとアレ、何」
「山崎は病院。アレはお説教」
むにゃむにゃとアイマスクを押し上げた瀬戸は、珍しくちゃんと説明をくれた。曰く、山崎が階段から突き落とされたと。最初は耳を疑った。更に、その犯人はあそこで説教を食らっている丹代だと言うのだから。そう言われてみれば確かにアレは説教と言うよりもおどろおどろしい雰囲気を纏っている。
「ちゃんと受け身とか取ったらしいから、とりあえずは目立った外傷はないみたいだけどね」
当然怒るでしょ、という瀬戸の言葉に頷く。いくら怪我がなかったからと言って、仲間が階段から突き落とされて黙っている訳にはいかない。此処でそんなことを言うと場違いのようにも感じるけれど、被害者が山崎なのだから、中にいる人間としては当然と感じる。
「入れ込むのは勝手だけど、それを募らせて邪魔したんじゃあ…アイツ、可哀想に。もう此処にはいられないだろうな」
瀬戸の言葉に一緒にため息を吐いておいた。可哀想などとは思っていないのは二人共だった。
「今満川が病院着いてってるけど、お前も後から行かされると思う。準備しといた方が良いと思うぜ」
「分かった。…アイツらは行かないのかな」
「多分時間ぎりぎりに行くことになると思うよ。無事なのは分かってるから、目の前の犯人どうにかしたいと思うだろうしね。オレはもし誰かが手上げそうになったりしたら、止める役」
「あー…必要そうだな。頼むぞ」
今にも人を殺しそうな表情をしている三人を眺めながら、俺も一発くらい殴っておきたい、なんて思ったのは口に出さなかった。
 結論から言うと、丹代は退部になることもなく、転校になることもなかった。山崎が反対したためだ。一日大事を取って練習を休まされた山崎は翌日部活に来て、花宮たちに退部も転校もしたくない、と丹代が訴えている場面に遭遇してしまったのだ。途中で合流した俺も一緒に。暫くぱちくりとしていた山崎だったが、直ぐに状況を把握して花宮に向き直った。
「花宮、そこまでやる必要はないんじゃないか」
当事者からそんな言葉が飛び出して、驚いたのは周りだった。
「弘、お前何言ってんだ」
「だって丹代、あれは事故だったんだろ?」
流石にそうは思っていないのは直ぐに分かる顔だった。ぐにゃり、と歪む表情を見て、山崎は作り笑いが出来ないんだろうな、と思った。そしてそれを本人も良く分かっているのだろう。しかし、そんな苦手なことをしてまで、自分に危害を加えた人間を庇おうとするものだろうか。聖人君子じゃないなら天使なのか、コイツは。こんな凶悪な顔した奴を天使と呼ぶのもアレだが。それでも、山崎は続ける。
「そうだよな? だから、今後、ああいったことは起こらない。そうだろ?」
じっと見詰められてそう問われると、丹代は押し負けたようにこっくりと首を動かした。周りにいた人間からしたら、何嘘吐いてんだコイツ、としかならないだろうが、
「だよな!」
にこっと、今度は普通に笑う山崎に、丹代を掴み上げることも叶わなかった。
「花宮」
「―――〜ッああもう、分かったよ」
最終的に嬉しそうな顔を向けられた花宮が折れた。
「退部にはしない。転校もさせない。弘がこう言ってんだ、オレたちもこの件に関してはもう何も言わない」
この世で花宮を折れさせることが出来るのはコイツだけじゃないのかと時々思う。
「さー練習戻るよー」
原がぱんぱん、と手を叩くと、我に返ったように集団が動き出す。バッシュを履こうと手を掛けた山崎を見て、花宮は声を掛ける。
「弘、お前は先に外周20周行ってこい」
「え、何で!?」
「いいから行ってこい。休んでてなまってるだろ」
そう言われてしまえば山崎に返せる言葉はなく、文句のありそうな顔でバッシュを隅に置き、外へ出て行く。その後ろ姿が見えなくなった所で、花宮は丹代に向き直った。
「丹代」
低い声。花宮の目は試合中のそれとは違うものの、獲物を前にした獣のようにぎらぎらとしていて。
「次はない」
自然と丹代が姿勢を正したのも不思議ではない。
 こんなふうに、今日も霧崎第一高校男子バスケ部は山崎弘にとことん甘い。

***

 

 三度目まして。やっぱり俺だ。
 さて、前回ちょっと物騒なことをしてくれやがった丹代だが、それからどうなったかを話してみようと思う。
 その話を初めて聞いたのは前回の事件から一週間後のことだった。
「…なぁ」
昼休み、深刻そうな顔をして切り出したクラスメイトに俺は首を傾げる。
「茶髪のやたらキリッとしたイケメン、お前の後輩にいるじゃんか」
ぱっと脳内に丹代が浮かんだ。うん、恐らく間違いない。
「うん、いるけど。そいつがどうかした?」
「何か最近、二年の廊下で良く見かけるようになったからさ。ちょっと気になって」
「二年の廊下って…?」
「いつも向こう側から歩いて来るのとすれ違う」
向こう、と指差された。一学年八クラスの霧崎は一組から八組までが同じ階に並んでいる。クラスメイトが指差したのは此処三組から向こう、後ろの番号の組の方だ。丹代と言えば直ぐに思い浮かべるのは花宮だが、花宮は一組である。よって方向が違う。可能性としてはバスケ部の誰かに用があると考えるのが妥当だろう。俺が知る限りで丹代と親交があるのは五組の古橋と七組の瀬戸と…山崎だ。ついこの間の事件のこともあり、一番可能性があるのは山崎だろう。まぁ山崎だったところで同じクラスに瀬戸がいるのだから心配はない…はずだが、やはり心配と思うのは止められない。階段から突き落とされるなんて真似をされたのだ。心配にならない方が可笑しいというものだ。とりあえず携帯を出す。メール作成、宛先は瀬戸。
 内容は、
『そっちのクラスに丹代来てたりする?』
ただの杞憂なら良いのだが。
 一分経たずに返って来たメールにその期待は打ち砕かれた。
『する
というかあの日からずっと
特に何もしないでいるからほっといてはいるけど』
気付くと寝ている瀬戸を起きっぱなしにさせるくらいには、丹代は警戒されているらしい。先輩に信用されないと言うと何とも可哀想に感じるが、それだけのことを丹代はしたのだからしょうがない。はぁ、とため息を吐くと立ち上がった。
「ちょっと七組行ってくる…」
「いってら。気を付けて」
何かを察したらしいクラスメイトが手を降る。
『今から行く』
送信ボタンを押して、俺は教室を出た。
 「…うわぁ」
予想以上に異様な光景に俺は思わず声を漏らした。二年七組の教室の扉に張り付く丹代の姿を認めて、思わず他人のふりをしたくなった俺は悪くない。なんていうか、アレだ。某超マイペース高校生と超忍耐幼児の漫画に出て来る、超生真面目後輩の状態、と言って分かる人はいるだろうか。あれより酷い、と言ったら、この惨状が少しは伝わるだろうか。
 おどろおどろしい空気を醸し出しながらぎりぎりと教室を覗く丹代は、正直ただの危ない奴だ。後輩を犯罪の道へ行かせない為にも、ここは先輩として声を掛けるべきなのだろう。意を決して肩を叩く。
「オイ」
「うわああああああ!!!」
こちらがドン引きするレベルで驚いたらしい丹代。
「そんな驚くなよ…」
「ッ、何だ、先輩でしたか」
花宮先輩かと思いました、と分かりやすく安堵する彼に呆れる。というか、花宮にバレたら怒られるって分かっててやってんのか。
「こんなところで何してるんだよ」
こんなところ、に力を入れて聞く。意地が悪いとは思うが、それはここのバスケ部でベンチであろうともレギュラーをとってることで察して欲しい。
「…先輩には関係ありません」
大有りだろうが、とは口に出さなかった。丹代の後ろから瀬戸と山崎が近付いて来るのが見えたからだ。大方大声を上げた丹代に山崎が気付いてしまったんだろう。
「丹代、本当に何の用なんだ? あんまりこういうことしてると、また花宮に怒られるぞ」
瀬戸が言う。山崎はその後ろで何やらでかいロールケーキをかじっていた。
「あれ、それ数量限定のやつ?」
「ん? うん。四限終わって走ったら買えた」
山崎が食べているのは購買で毎月基本一日に販売される、数量限定の『青の初恋ロール』だ。インカの至宝、アローカナの青い卵『森の宝石』を使ったふわふわのスポンジに、白イチゴ『初恋の香り』を贅沢に包んだ可愛らしい一品。正直話題性に食らいついただけな気がする材料ラインナップだが、それなりに美味しくはあるので人気である。一応購買で売っているので、昼に食べることを考慮でもしているのか、少しそのフォルムは細長く出来ている。食う? と差し出されたので有難く一口頂く。うん、美味しい。
「え、良いな。山崎オレにも一口」
「ほい」
丹代と何か話していたはずの瀬戸まで入ってきた。珍しく降りていた前髪にクリームがつかないように手で抑えるのが様になる。畜生イケメンめ。というか此処にいる俺以外全員イケメンじゃね? 爆発しろ。
「て、瀬戸先輩まで何してるんですか!」
放って置かれた丹代が喚く。
「何って…一口もらっただけだけど」
「丹代もいるか? ほら」
ずい、と差し出されるロール。そういうことじゃないと思うんだがな。
 一瞬目の前のロールに目と、ついでに心も奪われた様子の丹代だったが、すぐにハッと我に返った。どうやらこの反応を見る限り丹代は甘いものがそれなりに好きらしい。今度何かくれてみるか、と後輩を可愛がる心が加速したところで、ぐっと拳を握りしめた丹代が口走った台詞に、周りは硬直した。
 「や、山崎先輩なんてすきじゃないんですからね!!」
 …なんというか、一部のお姉さま方が喜びそうな展開だな、なんて思ったことを口には出さない。控えめに見守っていたギャラリーの中からちらほら黄色い悲鳴が聞こえてきたとか気の所為だ。大丈夫、良くある男子高校生の戯れだ。それに良くある補正がかかっただけだ。それだけなのだ。というか丹代、お前、もしかしなくてもツンデレか。誰得だよ。あれか、この間のアレで山崎嫌いが改善されつつあったのか。だからというのも変だが、それで七組の扉に張り付いていたのか。はた迷惑!
 「お、おう…そうか…」
山崎も言葉をそのまま受け取るんじゃない。そしてちょっとショックを受けるんじゃない。
「…あー…まぁ、何だ」
頭の回っていない瀬戸の代わりに俺は何とか言葉を捻り出す。
「とりあえず丹代、ロール一口貰っとけ」
「な、何でオレが、」
「美味いよ?」
にこ、と瀬戸が笑うと丹代が揺らぐのが目に見えて分かった。
「これ買えるのほんとに珍しいんだから、貰っといた方が良いぞ? な、良いよな、山崎」
「え、あ、ああ。オレも毎回買いに行ってるけど、まだ二回しか買えてないし」
「な?」
ぽん、と背中を軽く叩いてやると、おずおずと丹代が口を開けた。
「ん」
山崎が軽くロールを動かしてやれば、かぷり、と噛み付く。あ、これ、小鳥とかが手のひらから餌を食べてくれた時の感情に似てる。
 無言で咀嚼していた丹代がごくり、と喉を鳴らして、反応を三人で待つ。何の裁判を待っているんだ、というくらい張り詰めた空気に、丹代がちょっと居心地悪そうに目線を彷徨わせた。
「…美味しい、です」
瞬間、花を飛ばした俺たちは、やっぱり悪くない。
 少し前まで敵対心を抱いていたはずの後輩をめろめろ(死語)にしてしまうなんて、流石山崎としか言えない。めろめろにしたのは青の初恋ロールの力なんじゃないかって? いや、山崎の力だろう。
 こうして霧崎第一高校男子バスケ部には、山崎弘にとことん甘い人間が増えていく。

***

 

 四度目まして。この挨拶も五回を越したらなしにするつもりなので、次が最後だ。しかしそれでも俺だ。
 霧崎がラフプレーをすることは周知の事実だろう。ならば先にやってしまえ、と頭の悪いやり方をするチームも少なからず存在する。そんなもので、霧崎が潰される訳がないのに。
 とある公式試合中のことだった。第三クォーター目が始まったばかりのとき。誰の目に見ても故意であるのが明らかなそれで、山崎が派手にふっ飛ばされた。霧崎のそれとは較ぶべくもないお粗末なラフプレーだった。当然それを審判は見逃さなく、アンスポが取られた。審判も人間だ。結構アンスポが出た後は被害チームに有利な流れになることが多い。この試合もそうだった。驚く程有利な流れになって、ファイブファールで何人も退場を出した。
 が、それで収まるような霧崎ではない。
 ふっ飛ばされた山崎はそのまま移動式ゴールの柱にぶち当たった。本来そういうことを想定してゴールにはクッションがついているのだが、運悪くそのクッションが裂けて中のパイプが出ているところに、だ。特に脳震盪とかは起こさなかったものの、衝撃で山崎の額からは血が出ていた。額の血は派手に出るとは言うが、そういう光景を見慣れているはずの霧崎一同でさえ、それは痛々しいと感じる。直ぐに山崎はベンチに引っ込まされて(本人はまだ出れる! と喚いていた)(花宮の一睨みで大人しくなった)、控えの選手たちにわらわらと囲まれていた。
「花宮ー山崎の代わり、誰出すの?」
俺は問う。
「あー…お前、出るか」
願ってもない話だ。山崎と同じポジションだったから、打算も込めて花宮に声を掛けたのだが。俺はすぐさま頷いて、ティーシャツを脱ぐ。
「交代、お願いします」
きっとうまく、笑えていたと思う。

 第三クォーターが終わりベンチに戻って息を吐く。番号を貰っていても試合に出たのは結構久しぶりな話で、こういう状態でなければ気分は高揚していただろう。花宮が満川と瀬戸の交代を指示している。こんな試合で瀬戸まで出すということは、花宮もそれなりに怒っているようだ。
「…お前」
第四クォーターが始まるまで残り三十秒を切って、ぞろぞろとメンバーたちが動き出す中、花宮が小さく呼びかけて来た。
「何、花宮」
「ラフプレーしないとか言ってなかったか」
ツッコまれることはないと思ってたから、少し驚いた。
「自分の納得出来る理由があればやるよ」
笑って返す。自分で言うのも何だけれど、残念ながら性格が良いとは自負していない。その所為か、ラフプレーに対しても正直そんなに反感を持ってはいないのだ。だが、仲の良い山崎がそれを好まないのを知っていたため、特に好きでもないものはやらなくても良いか程度の気持ちで山崎と一緒にいることを選んだ。ただそれだけだった。一応これでも霧崎バスケ部の一員なのだ。ついでにベンチと言えどもレギュラーを取っているのだ。
 つまり、いくら好まないと言えども、やろうと思えば出来る。
 「お前らならまだしも、山崎に怪我させるとか」
リストバンドをはめ直す。霧崎でバスケを続ける以上、そういう自分でやっていないことに対するものも甘んじて受けるつもりはあった。けれど、
「やっぱ許せねぇし」
山崎にだけは。
 「もーオレだって同じ考えだっつーの!」
後ろから原が腕を回してきた。こいつ、俺よりちょっと背が高いからって押さえつけんなこのやろう。 「オレは花宮が傷付けられる方が許せないけどな」
古橋が隣に立つ。花宮のついでみたいに言ってるけど、俺、さっき古橋が青筋立ててるの見ちゃったからね。
「まーザキは許すって言うんだろうけどなー」
瀬戸がにこっと笑う。それえげつないこと考えてる時の笑顔だろ、俺知ってるぞ。更にそれに追い打ちをかけるかのように、
「先輩!」
重なった声に呼びかけられて俺たちは振り返った。ベンチから立ち上がって、その瞳に怒りを滾らせてこちらを見つめる後輩たち。同級生たちはまた山崎の周りをわらわらしている。
「こてんぱてんにしてきてください!!」
おいおい、ゲスいと有名な先輩たちを炊きつけるもんじゃねぇよ。
 「準備は良いか?」
花宮が笑みを浮かべた。第四クォーター、開始。
 その日、霧崎第一は相手の心を折るほどに大差をつけて、圧勝した。
 そんなふうにして、俺も大概だな、と感じることもある。今日も歪みなく、霧崎第一高校男子バスケ部は山崎弘にとことん甘い。

***

 

 五度目まして、歪みなく俺だ。この挨拶もこれで最後だが次からどう始めようか迷っている。
 花宮にカリスマがあるからか、ちょっとした宗教が出来つつあるという話をちらっとしたと思う。ならば、山崎の方はどうなのかという疑問は当然湧くだろう。丹代のような信者は山崎の方にはいないのか、と。答えは、いる、だ。ただ、こちらは山崎信者というよりも、山崎厨と言った方がしっくり来る。
 そいつのあだ名は古橋ジュニア。周りからはジュニアと呼ばれることが多い。本名はまったくもって違うのだが、如何せんその死んだ魚のような目が古橋とそっくりで、大爆笑した二年生たちから古橋ジュニアと呼ばれるようになり、気付いたらその名前が定着していた。どうやらジュニアは中学から山崎と一緒らしく、その時から山崎厨だったらしい。高校も山崎を追い掛けるために霧崎にしたのだとか。何という執念。
 彼は山崎と一緒にいる人間には片っ端から敵意を抱く性質らしく、かくいう俺もジュニアの入学後はビシバシと殺気を飛ばされていた。山崎と同じクラスである瀬戸も同様だ。俺は兎も角として、瀬戸は仕方ないと思うのだが。だってクラス替えに本人の意思なんて、他はどうだか知らないが霧崎では含まれない。しかし、その殺気も一週間程で収まった。どうやら俺たちはジュニアのお眼鏡にかなったらしい。嬉しいような、喜び辛いような。
 でもまぁ、ジュニアがどういった性質なのか分かっていただけただろうか。
 既に察しの良い方は分かっているかもしれないが、こんな性質の奴が花宮派と仲良くなんて出来る訳がなく。代表格である丹代とは良く水面下で喧嘩を勃発させていたようだ。双方とも山崎に、花宮に嫌われたくないという思いが根底にあるため、二人の前で何かしらやらかすことはそうそうなかったのだが。丹代のツンデレ事件以降山崎や俺を代表する二年生が丹代を餌付けし始め、なんとなく距離が縮まったような丹代と山崎を、ギリィという目で見ていたことは割愛しておく。その後のちょっとした騒動も別の話にとっておく。
 前置きが長くなったが、今回はまだ四月時点の話をしようと思う。
 本人たちにはそんなつもりはなく、いたって普通に仲良しな花宮と山崎だが(花宮の方に関してはいたって普通とは言えないかもしれないが)(まぁ霧崎全体がそんな感じなので今回そこについては言及しないことにする)、これまで何度か触れたように双方の派閥は仲が悪い。今年は過激派花宮信者の筆頭に丹代が立ち、山崎への嫌がらせも増加した。
 …のを、全て未然に阻止したのは、山崎派代表格のジュニアだったのだ。水浸しになるはずだったロッカー、切り裂かれるはずだったユニフォーム、絵の具をぶちまけられるはずだったバッシュ、焼却炉に放り込まれるはずだった部員が一人ひとり強制で書かされている活動ノート。バケツいっぱいに水を運んで来た者は逆にそれを被る羽目になり、鋏やらカッターは刃の部分だけがなくなり、絵の具は中身が綺麗に洗われ、漸く手に入れた活動ノートを持って焼却炉に行った先で花宮と鉢合わせ。その他諸々も誰かが山崎の私物を手に入れようとしても、さり気なくジュニアが阻止し、時折泳がせては花宮たちに見付けさせ叱ってもらう。上手いなぁ、と思いながら俺はそれを見ていた。山崎は気付いていないようだったが。ジュニア曰く、
「山崎さんのことでボクの裏をかこうなんて百年早いですよ」
だ、そうだ。
 その溺愛と言っても過言ではない崇拝は正直傍から見ていると疑問であり、一時期ジュニアホモ説が流れたこともある。俺も暇さえあれば山崎を観察し、素晴らしいところを布教し、時々は一緒に帰って欲しいです!と可愛く(と言っても死んだ魚の目だ)おねだりする、そんなジュニアは山崎のことを好きなんだと思っていた。性的な意味で。うっかり口を滑らせたときにジュニアから真顔で詰め寄られ、延々と山崎への気持ちについて語られたことがあるが、あれは怖かった。死んだ魚のような目が一瞬の煌きも見せずに淡々と情熱的に語るなんて、ちぐはぐすぎて世界が終わるかと思った。
 曰く、ジュニアの山崎への思いは神へのそれとアイドルへのそれの中間地点にあるらしい。
「山崎さんが神様ではないのはボクが一番良く分かっているんです。でなければボクは山崎さんと出会うことすら出来ませんでしたし。それでも、山崎さんはボクの神様なんです」
言いたいことは何となく分かった。
「ボクはスペクトロフィリアではありませんからね。神様に性的欲求を抱くことはまぁ、ないでしょうね」
 という訳でジュニアの感情はただの(というには些かひっかかりがあるが)崇拝だということで落ち着いた。が、崇拝というのもなかなか同年代の者へ向ける感情ではない。腐っても可愛い後輩であるジュニアの行く末は大変心配だが、後輩に懐かれて嬉しそうにしている山崎の笑顔を奪いたくない、なんて思ってしまうのだから救えない。
 そんなこんなで霧崎第一高校男子バスケ部は山崎弘にとことん甘い。

***

 

 いつもにこにこ貴方の隣に這い寄るモブ主、俺だ。血迷った自覚はある、放っておいてくれ。
 今まで霧崎第一高校男子バスケ部が山崎弘にとことん甘いという話をして来たが、その逆も大概であると俺は思っている。山崎もバスケ部に対して甘すぎる。その対象は俺だったり、後輩だったり、花宮たちだったり様々だが。
 ラフプレーという悪役的な性質を持つ霧崎は、割と人に恨まれやすい。元々強豪校と言うだけで良い感情を抱かない輩も多いと言うのに、恨むべく正当な理由が出来てしまうのだから尚更だ。俺としてはコート上のことはコート上で返せと思わなくもないだのが、それが出来なくなってしまう奴も少なくはないので、何とも言えない。
 山崎は見た目さえ不良のようだが、本質は違う。喧嘩は正直向いていないし、そもそも争いを好まない性質なのだ。向いていないからと言って、やられっぱなしになる訳でもないのだが。
 何故こんな話を始めたかと言うと、絶賛襲われ中だからである。
 職員会議だか何だかで部活が中止になり、俺は山崎と共に近くのストバス場に向かった。…のが、そもそもの間違いで。何処から聞きつけたのか部活中止なんだろ?此処で待ってれば霧崎の奴らが来ると思ったんだ、とか自慢気に語る奴らと遭遇。山崎と顔を見合わせてダッシュしたら、案の定追われることに。というか、頭良さげで頭悪いな、こいつら。ラフプレーするような奴らがこんなバスケを楽しむような所に来るかよ。実際釣れたのはラフプレーを好まない山崎とスタメンではない俺だし。もしかしたら、その辺はどうでも良いのかもしれないが。だが、そうだとしても甘い。部活のメンバーを痛め付けられた所で、ラフプレーを止めるような奴らではないのだから。そんな簡単なことで止められるなら、部員の誰かが止めていただろう。もっと頭を使え、馬鹿め。それすらどうでも良くて、ただ鬱憤を晴らすためとかだったら笑えない。
 ラフプレーをするチームと言っても、まず何よりも先に、俺たちは選手である。だから自分がラフプレーをするしないに関わらず、こういう事態に巻き込まれたら、まず最優先で逃げる、というのが男子バスケ部の鉄則になっている。というのも、そうでもしないと一部の過激派花宮信者たちが、向かってくる者を残らず返り討ちにしていしまいかねないからだ。部からそういったコート外での加害者を出さないためにも、そして何より出場停止なんて事態を引き起こさないためにも、出来れば逃げ切ることが望ましい。―――が、そういつも上手く行く訳でなく。
「…やられたな」
「…ああ」
途中から誘導されているな、とは思っていたが良いタイミングで邪魔が入るので、それから逃れることが出来ず、俺と山崎は袋小路に追い込まれていた。土地勘があってそれなりに頭の良い奴が今回は敵に回っていたらしい。厄介だ。俺も山崎も一応は進学校に通っている身ではあるが、それ以上に頭の良い奴が他にいない訳ではない。時折こうして、使い所を間違えているような奴が敵に回るから厄介だ。
「行けるか?」
「心の準備は出来てるぜ」
「じゃあいつも通り」
「逃げるの最優先で」
山崎と背中をあわせるようにして立つ。ぐるりと俺たちを囲む人数はざっと十人程度だから、どうにか突破口くらい開けそうだ。本当、鉄パイプとか持ってる奴がいなくて良かった。
「怪我すんなよ」
「お前もな」
気分は青春アミーゴである。こんな青春嫌だが。呼吸を合わせるために、ふぅ、と吐いた息がやたら大きく聞こえた。次の息を吸うのに合わせて飛び出そう、とした、瞬間。
 狭い袋小路の入り口に近い方。重なるようにして追い詰められている俺らからは丁度見えない辺りで、 悲鳴と打撲音が聞こえた。
「ぎゃあ!!」
「てめぇ何者だ!」
「その制服…ッ」
「こいつ、よくも!」
漫画のように飛ばされ伸びていく敵たちを見ながら俺と山崎はただ呼吸を詰める。闖入者が見えない以上、敵か味方か判断できない。
 崩れ行く十人程度の人壁の向こうに、金色の髪を見た。
 ばたばたと縺れ合う十数組の脚の向こうに見えた、カラフル蛍光なハイカットスニーカー。非常に見慣れている制服。ブレザーから覗く蛍光色パーカー。
「お前…ッ狂犬の原か!?」
にやぁ、と良く知るその口元が、弧を描いた。

 「…何で?」
ばったばったと敵をなぎ倒し、覚えてろ! なんていうありきたりな捨て台詞を頂き。俺は突然現れた原に不思議そうな視線を送った。原が狂犬と呼ばれているのなんて今知ったことではないが、今日は部活中止の上に花宮のミーティングもなく、こういう時原は真っ直ぐ家に帰るのが常だったから。気分でぶらついていたと言われればそれまでで、これはただの偶然なのだろうが。それでも、少し気になった。
「んー、なんとなく。勘」
ぷくーっと膨らんだガムフーセンがぱん、と弾ける。
「オレの勘、良く当たるの」
前髪で隠れた瞳がちょっと悲しそうに見えただなんて、ああ、俺も大分毒されている。
 高校バスケ界に悪役として君臨しているであろうこいつらだが、それでも高校生なのだ。自分たちが悪いこと(という認識はないかもしれないが、それでも恨まれても仕方ないこと)をしているという自覚はあるだろう。だが、だからと言って向けられる悪意全てを受け流せるほど、出来てはいない。自業自得だと分かっていても、やはり何処かで疑問を感じているように俺には感じられた。正直、そうならさっさとやめちまえと思わないでもないが。お前らの所為だ、とは言わない。本当にこれが嫌でしょうがないのなら、バスケ部を止めるなり、それこそ殴ってでもラフプレーをやめさせるなり、それなりの代償が必要だと分かっているから。安寧に甘んじている俺らが、こいつらに言うことはない。
「腹減った。原、何か奢れ」
「えーマジバで良い?」
だから、一食分でチャラにしてやる。これが通用するのは、俺が山崎といつも一緒にいるのもあるのだろうけれど。
「マジバでじゅーぶん」
「ひゅー。やっさしーい」
山崎の分の鞄を拾い上げ、手渡して三人歩き始める。
 素直に奢ってくれるあたり、こいつらにも何処か罪悪感みたいなものがあるのかもしれないな、なんて。とうとう俺にも山崎節が移り始めたようだ。
 そんな風にして、霧崎第一高校男子バスケ部が山崎弘に甘いように、山崎も(もしかしたら俺も)バスケ部に対してとことん甘い。

***

 

 見た目は高校生、頭脳も高校生、特に何の変哲もないモブ主、俺だ。事件に巻き込まれる毎日よりも平々凡々な日常の方が俺は良い。霧崎第一の男子バスケ部に所属している時点で、そんなもの望めないのかもしれないが。それは置いといて。
 曲がりなりにも進学校である霧崎第一では、基本的には部活よりも勉強に力を入れている。テスト期間には部活は殆ど停止になるし、校内偏差値45を割った者には、もれなく補講がプレゼントされるというのだから手は抜けない。順位でなく、偏差値であるところがまたいやらしい。でもまぁ、こういう所が進学校たる所以なのだろう。
 と、前置きが長くなった。もう既に分かっているとは思うが、霧崎第一は今、テストを目前に控えている。別に今は大きな大会もないし、うちと練習試合を組みたいなんてところはないので、補講になっても別段困りはしないのだが。
「オレの部活でレギュラー取っておいて補講になんてなってみろ」
なんて王様がのたまうので、
「じゃあ花宮、勉強教えてよ」
と、半ばやけくそに巻き込んでみたところである。流石俺、流石モブ。最初は渋っていた花宮も、山崎の数学ちょっと不安なんだよな、という声で落ちるのだからちょろい。山崎の言う不安など取るに足らないことだと分かっているはずなのに、本当、甘いにも程がある。
 俺と山崎の言い出した勉強会に原は面白がって、古橋は強制で参加が決まった。この分なら一人では手に負えないと、花宮が瀬戸も引っ張ってくるだろう。
 かくして、スタメンズ+俺、という勉強会の日取りは決まったのだった。

 勉強の出来る奴と頭の良い奴、つまり説明の上手いやつは必ずしもイコールではないが、うちの部活にはそれがイコールである奴が二人もいる。花宮と瀬戸だ。人間性はともかく、こういう人間が身近にいることはこの上なくありがたい。瀬戸が人に勉強を教えている所など想像出来ない人もいるかと思うが、割合瀬戸はああ見えて面倒見がとても良い。
 此処で、霧崎スタメンズの学力について少し触れておこう。花宮は言うまでもなく学年トップである。瀬戸がそれに次いで二位。実は三位も部内にいるのだが、スタメンではないので割愛。山崎と原はそれぞれ30番代辺りをうろうろしていて、古橋は実は平均より少し下辺り。それぞれ得意科目が山崎は英語、古橋は化学、原は数学、苦手科目が山崎は数学、古橋は世界史、原は古典だ。いや、古橋に関しては得意とか苦手の範疇を超えているような気がする。化学は花宮も驚く程神がかっているのだ、実は花宮を抜いたことも数回あるとかないとか。けれど他は驚く程平均的で、世界史に至っては救いようがないと言われている程だ。毎回花宮と瀬戸が何とか叩き込んでいるらしいが。花宮と瀬戸については得意苦手はあるとは思うが口には出さない。花宮に至っては、
「苦手だから出来ないなんて泣き言言ってる凡人と一緒にすんじゃねぇよ、バァカ」
だそうで。くそう。
 え、俺? 俺も残念ながら古橋のことを言える程良い成績ではない。現国は一桁を取ることもあるが他は総じて平均、数学は平均取れたら良い方だ。正直ね? ベクトルとかよく分からないよな? 内積とかさ、直線の方程式とかサインコサインの式とかもう忘れましたけど? 図形の面積とか、辺の長さとか、この意味分からない矢印で表せんの? まじで? みたいな。

 授業を終えた俺たちは花宮家に集まっていた。それぞれがとりあえず自分の苦手分野を主に勉強、どうしても分からなかったら花宮か瀬戸に聞く、という形で勉強は進んでいく。勉強というものは本来一人でやるものだ。それはこうして集まっても変わらない。仲間内であーだこーだ言いながらするのなんて、勉強とは言えないだろう。少なくとも此処にいる人間はそう思っていた。
 「…お前、まず古典単語覚えろよ。その辞書を手放せ」
「花宮、オレに辞書なしで外国語を読めっての?」
「古典は外国語じゃねぇよ」
原は古典。
「古橋、教科書の偉人の顔に落書きするのはやめろよ」
「…瀬戸」
「何」
「モンゴルって何じだ」
「モンゴルは国だ」
最早分かっていない範囲は世界史のみなのか怪しい古橋。
「…大丈夫か?」
「大丈夫…三平方でサイン・シータがこれかけるこれで、この公式に当てはめるんだよね?」
「そうそう」
「…で、この4がこっちで、」
「ちょっと待て、その4どっから出て来た」
頭の中をシータくんに占拠されている俺と、何とかシータくんから俺を守ろうとしてくれている山崎。それでも俺を気にかけながら自分の勉強を進めるのだから、山崎の言う苦手は本当にちょっとなのである。ちなみにシータくんとは美術部の友人が闘争の果てに生み出したキャラクターだ。健全なる高校生の頭脳を襲撃する悪いやつである。
 花宮と瀬戸は四人の勉強を見ながら違うものを開いている。瀬戸の手の中にある冊子が見えた。もしかして、その赤いノートは赤チャートですか。解けるんですか、まじですか、神様は不公平だ。
「あ、ザキの手止まってる」
「この問題分かんねぇ」
「何処?」
「52ページの大問8」
同じ問題を解き始める山崎と原に古橋が興味を示したように腰を浮かせる。
「オイこら古橋、お前は世界史から離れるな」
「…花宮、効率というものがあってだな、集中出来ない時に勉強しても意味はない」
「効率ってのはそこそこ勉強出来る奴が言うことだ、バァカ。その凡人以下の世界史をどうにかしてから言いやがれ」
花宮が人に構う余裕もないはずの古橋を止めた。が、
「52ページの8…? ああ、これか」
花宮もそちらに参戦してしまったのは良くない。ストッパーを失った古橋は三人が解いている学校指定の黄チャートを取り出した。ちら、と視線を移すと瀬戸もいつの間にか黄チャートを覗いている。
「…見る?」
「うん」
瀬戸が呼んでくれたので有難く見させてもらう。今日はチャートは持ってきていない。俺は基礎問題集だけで手一杯だ。
 そうやって結局、全員で大問8を解き、花宮による分かりやすい解説を受けたのであった。
 霧崎第一男子バスケ部が山崎弘にとことん甘いのは、ひとえにこいつらの過保護の所為だと言えるだろう。

 テストの結果? 俺は文系140人ちょっとの中で66番だったよ。充分だろ。

***

 

 ミステリで基本タブーとされる双子の犯罪に肯定的なモブ主、つまり俺だ。
 霧崎第一はそれなりに名を馳せている強豪校だ。ここ数年はインターハイもウィンターカップも僅差で逃してはいるが。
 ところで突然だが、俺には双子の妹がいる。一卵性双生児というやつで、普段はそれぞれ自分の好む格好やら制服やらを着ているので見間違うことはない。似ているとは言っても男女の差があるのだ。しかしそれは、似せようと思えば似せられるということでもある。
 ここで話は戻る。バスケに限らず、スポーツで他校に勝つために必要なものは何だろう。いくつか挙げられると思うが、その中に情報というものがある。試合を見て、練習を偵察して、そのチームの弱点を暴き出す。霧崎には頭の良い選手がいる訳だが、それでも試合前に情報が手に入るならその方が良いに決まっている。では、それの情報を手に入れてくるのは誰か。いろいろあるが、一般的なのはマネージャーや監督だろう。うちでは監督は花宮が選手と兼任しているので除外だ。ならば、残るはマネージャー。霧崎にそんな存在はいなさそうだが、実は非公式にいたりする。何を隠そう、それが俺の双子の妹だったりするのだが。
 身内という贔屓目を除いても妹の働きは素晴らしいと思うし、頭も良いし(勉強はそこそこだが)、料理もそれなりだし、造形は自分とそっくりなので言及しないとしても、スタイルも文句なしだ。そんな彼女が何故非公式かと言うと、霧崎がやっかまれる立ち位置にいるのが原因だ。男だから安全、という訳ではないが(現に俺たちは何度も暴力沙汰に巻き込まれているし、若干名だが更にその先の危険に晒されたことのある部員もいる)、霧崎の勝利に貢献する女がいるとなれば、どんな目に合うかは簡単に予想が出来る。胸糞な気分になるので掘り下げて話はしないが察して欲しい。そういったことを起こさない為にも、マネージャーという存在はないことにしたのだ。
 しかし、そんな状態で偵察などして良いのだろうか。霧崎の制服を着た女子生徒が他校へ赴いたら、直ぐにその存在はバレてしまうのでは? そこでもう一度思い出して欲しい。俺たちは一卵性双生児で、似せようと思えば似せられると言うことを。更に言うならば、俺が175センチ、妹は169センチで、身長にも差はあまりない。知らない人間くらいなら騙せるだろう。つまり、そういうことである。他校へ偵察に行かなければならない時、我が妹は俺に変装しているのだ。
 説明が長くなったが、まさか俺が妹の紹介をするためだけに喋っている、なんて思っている人は居ないだろう。ご察しの通り、このマネージャーも山崎に甘いのだ。今回はマネージャーのそういったエピソードを話そうかと思う。
 妹は生徒会役員である。元々やりたい部活もなく消去法で立候補した役員だったようだが、今はどうやらバスケ部のために有効活用しているようである。バスケ部のマネージャーに抜擢されてすぐ、彼女が奔走したのは部費の確保だ。こちらは学年三位までを男子バスケ部部員で独占していることもあり、そんなに難しくなかったようだ。彼女の生徒会での仕事は正直それくらいであり、あとはさっき言ったように対戦校のデータだとかそう言ったものをまとめるのが仕事だ。だかしかし、妹の活躍は此処では終わらなかった。一年時、俺と山崎は同じクラスだった。それもあって、過激派花宮信者の攻撃はちょくちょく防げたのを妹も知っている。そのため、俺たちが二年に上がる時、妹は策を講じたのだ。山崎と過激派花宮信者ひいては花宮派に属する者が同じクラスにならないように、と。これを山崎に甘いと言わずして何と言おう。方法については聞かないで欲しい、というか俺も知らない。一応形だけ聞いたのだが、
「颯は知らなくて良いよ」
と花宮のような笑顔で微笑まれては追求も出来ないだろう。察せ。
 マネージャーといえども女子であるので、あれは恋心ではないのかと思う人もいるだろう。実を言うと、分からない、というのが本音なのだ。兄であると言えど妹のことを全て分かる訳でもないし、俺もそういうことは敢えて聞こうとは思わないし、妹も進んでそういう話はしない。謎は謎のままだ。何故聞かないかって? だって、考えても見ろ。妹と友人の間に何かしらの恋愛関係が生まれる…とか…気まず! 俺は気まずい! 耐えられない!
 そんなこんなで、霧崎第一高校男子バスケ部マネージャーも山崎弘にとことん甘い。

***

 

 流石に乱数調整までは手を出していないモブ主、俺だ。ちなみにエメラルドが一番好きだ。
 霧崎第一では職員会議で部活が潰れることが少なくない。そういう時は大体が何もせずに帰る。俺らが一年の頃も、時々花宮が周りの人間を集めてスカウティングやら何やらやっていた以外は特に何もなかった。花宮にとっては特に上手くもない二年など必要なかったのだろう。まぁ、彼の用意した受験のため、という理由を綺麗に着てしまうような奴らだ。そう思われても仕方ないと俺は思うが。話が逸れた。部活もなく、花宮が何をするでもない時、バスケ部はとても暇なのである。此処で素直に家に帰って勉強する、などという行動をとるのなら、レギュラー並びにスタメン争奪戦には参加することさえ出来なかっただろう。俺はそこまで考えていた訳ではないがバスケは好きだったし、友人である山崎にストバスに誘われれば、二つ返事で着いて行くのは別段可笑しいことじゃない。
 が。当時高校一年生だった俺は、正直行った先のコートで、何やらガラの悪い連中に絡まれてる少年を見つけるなんて思っていなかった。
 「霧崎には大分ひどい目に合わされたからよー」
聞き耳を立てるにまたもラフプレー被害者か何からしい。インターハイ敗退で三年生は引退し、ついでに監督にもプレッシャーを与え、霧崎第一は花宮の選んだメンバーでの絶対王政が始まろうとしていた。来年三年生となる先輩方が追い出されるのも時間の問題だろう。それと同時に、霧崎のプレーに対する悪評も驚くべきスピードで広がった。そして、時々こうしてお礼参りにやってくる人間がいる。
 囲まれている少年は小さく縮こまっていて顔は見えない。俺は首を傾げた。囲まれている少年に見覚えがない。数は多いと言えど同じ学校で同じ部活に入っている同級生ならば、見覚えがあって良さそうなものだが。まぁ、放っておく訳には行かないだろう。そこまでゲスじゃない。
「山崎」
「おう」
物陰から出て行く。
「何してるんですか? オニーサンたち」
ぎょっと此方を向く彼ら。だが霧崎の制服を着た俺たちに安心したのか、にやりと顔を歪めた。
「何だ、お仲間か」
「わざわざボコられに来るとかー」
「馬鹿じゃん」
彼らの制服を目を細めながら観察する。近隣高校ではないようだから、今日は逃げ切るだけで充分だろう。帰ったら対戦記録さらって確かめよう。俺はびし! と彼らを指差して、叫んだ。
「山崎、こわいかお!」
「お前、またポケモンやっただろ」
「うん。部屋掃除してたらエメラルド出てきたから懐かしくなって」
「また俺らの名前付けたのか?」
「勿論!」
ホワイト2を買った時も部員たちの名前を付けていたことは部活の同級生たちにはバレている。俺も隠そうとしなかったが。オタマロにはなみやと名付けたことが本人にバレた時は、流石に焦ったが。ちなみにその時は周りの大爆笑を誘ったので、有耶無耶にして逃げた。それから数日プチバトルが繰り広げられたが。ポケモンに限らずゲームをやっている人間には分かるだろうけど、レポート、つまりセーブデータを消そうとするって残酷すぎると思う。
 「てめぇら…ナメてんのか」
おっと、おふさげが過ぎたらしい。不良なオニーサンたちはこめかみに青筋を立てていた。
「ワァ、怖い」
「棒読みにも程があるだろ」
「だってー」
もう慣れ始めてるし? というのは言葉に出さなかった。
「霧崎のバスケ部に何の恨みがあるのかは知らないけどさ」
いや、知っているが。そこはまぁ、嘘も方便ってやつだ。
「一人に寄ってたかって、っていうのは流石にどうかと思うよね?」
悲しきかなこういう場合の対処法も身についてしまっている。
 鞄を盾に集団の中に割り込んだ山崎にオニーサンたちが気を取られている間に、ダッシュで中心に囚われていた少年を救い出す。
「山崎ッ!」
「おう!」
そうして、
「少年、走れるな!?」
「え、あ、はい!!」
少年の手を引いたまま、駈け出した。

 「霧崎の生徒じゃないよな?」
追手を撒いたところで一息。連れて来てしまった少年を振り返る。確かに良く似てはいるが彼の着ている制服は霧崎のものではなく、全体的に小さい感じが中学生ではないかと思わせた。
「えっと、おれ、袋竹(なぎたけ)学院ってところの生徒です。中学生です」
その言葉に反応したのは山崎だった。
「袋竹学院って静岡の強豪じゃないか? 今年はインハイにも出てるよな」
「え、静岡? 何で静岡の中学生がこんなところに」
「おれ、家庭の事情で高校から東京で暮らすんです。だから今日は、高校の下見とか新しく住む家の周りとか見るつもりだったんですけど…」
ストバス場を見付けてふらっと立ち寄ったらあんなことに、と少年は眉尻を下げる。制服だったのは学校が終わってすぐ東京に来たからなのだとか。何ともまぁ、災難なことだ。
 「あの、お名前聞いても良いですか!」
少年のきらきらした瞳に一旦顔を見合わせてから、
「俺は高橋颯」
「オレは山崎弘」
各々名乗る。少年ははやてさん、ひろしさん、と嬉しそうに口ずさんだ。
「おれは、鈴木麻央って言います。さっき言った通り、中学三年生です」
そうして、何かを決意したようにこちらを見ると、
「おれ、高校霧崎にします。お二人ともバスケ部ですよね? おれもバスケ部入ります」
真っ直ぐな目でそんなこと言われれば、慌てるしか出来なかった。
「バスケ部だけど…あんなのに絡まれるような部活だぞ?」
「くろちゃんで高校バスケのスレ開いてみろよ。霧崎のアンチばっかだぞ」
「あ、k1って言われてるとこですか?」
「そうそれ」
「一発で分かる程悪名高くなってんのか…もう高校バスケスレ見れない」
頭を抱えた山崎はほっといて俺は鈴木に続ける。
「確かに霧崎は強いけど、今みたいに絡まれることも少なくない。そういうのとかも、良く考えてからにしろ」
ぽん、と頭を撫ぜてやる。
「でも、今日お二人はおれを助けてくれたじゃないですか」
「流石に全然関係ないやつが巻き込まれてたら助けるだろ」
「ゲスって言われるけど日常生活までそういう訳じゃないしなぁ」
「やっぱり、霧崎にします」
にぱぁっと花の咲くような笑顔を向けられては、それ以上のことは言えなかった。
 約半年後、本当に鈴木が入学して来てバスケ部に入部し、俺はまた山崎に甘い人間が増えるなぁ、とそう笑うしかなかった。

***

10 

 喧嘩する程仲が良い、そんな言葉を日々実感する羽目になっているモブ主、俺だ。ただ、見ている側としては生暖かい目線しか送れない、とも思っている。
 霧崎第一高校男子バスケ部には現時点でレギュラー入りしている一年生が三人いる。最初こそギスギスしていたこの三人だが、今では二年全員に密かに三馬鹿と言われる程に仲が良い(ということになっている)。勿論、ギスギスの原因は主に丹代とジュニアだった。理由など言わずとも分かるとは思うが、花宮信者と山崎厨の代表格が睨み合っていたのだ。花宮信者バーサス山崎厨の水面下戦争の縮図である。仲良くなんてなれるはずがない。鈴木は鈴木でそんな二人のギスギスした空気が嫌で俺ら二年に泣きついたりしていて、特に山崎と花宮が鈴木に構うもんだから、また二人が嫉妬心を起こし悪循環…という無限スパイラル。ああ、若いって怖い。俺と一個しか違わないけど。
 と、まぁ一年三人(正確には二人)が今よりも俺の胃をキリキリさせていた時の話でも、しようかと思う。
 それは、日曜日の一日練習の時だった。
「お前がジュニアって呼ばれるなんてオレは認めない!」
午前の練習が終わってお昼時、突如体育館に響き渡った、なんとなく涙声の混じったような怒声に全員がそちらを向いた。言うまでもなく対峙しているのは丹代とジュニアであり、ああ、またか、と同じことを思ったバスケ部の心の声が聞こえるようだった。というか、口論ではジュニアに敵わないのはこの短い期間で分かっているはずなのに、何故丹代は彼に突っかかることを止めないのか。甚だ疑問である。
「認めないも何も、ボクが名乗っている訳じゃない。先輩たちが決めてくれたあだ名なんだ、君にとやかく言われる筋合いはない」
「お前みたいな能面とポーカーフェイスの得意な古橋先輩を一緒にするな!」
「君は人の話を聞いているのか? そもそも―――」
そこから始まるジュニアの攻撃、否、口撃。頭の回転が速いのかマシンガンのような心を削る言葉の数々に、丹代は口すら挟めない。ほらやっぱりー…と全員の上に言葉が浮かんでいるようなこの漫画みたいな重い空気を、頼むからどっちかで良いから読み取ってくれ、頼むから。そう思うがアクの強すぎるこいつらがそんな心の叫びを聞き取ってくれるはずもなく。どんどん激化する口撃に、完全に涙目になった丹代を見て、はぁ、と盛大にため息を吐いた。そろそろ止めないとなぁ、と腰を上げる。幸いにもスタメンは昼食を取りながら次の試合のミーティングだとかで、この場にはいない。彼らが帰って来る前に何事もなかったふうにしてやらなくては。
 しかし、俺よりも先に行動を起こした人間がいた。
 「…ッもう、喧嘩しない!!」
べしい! とその二人の額に見事なしっぺをかましたのは、他でもない鈴木である。今まで二人から三歩程離れた場所に立っていた鈴木がつかつかと歩み寄り、まさかの制裁を加えたのである。
「ってぇ! 何すんだ鈴木!」
「いきなり暴力は頂けないぞ」
それはさっきまで言葉の暴力の嵐を作り出していた人間が言っても良い言葉なのか。矛先を鈴木に変えた二人に怯むことなく、鈴木は第二撃を繰り出した。これもまた綺麗に決まる。
「お前らが喧嘩する所為でおれらは居心地悪いっつーの!」
鈴木が指差すのは体育館の隅の方で我関せずを貫いていた他の一年だ。一瞬びくり、と肩を強張らせた彼らだったが、それも一瞬のことで、そうだそうだー! と声を合わせる。何だお前ら事前に打ち合わせでもしたのか。
「でも…ッ」
「丹代が悪い」
「はぁぁ!? なんでオレ!? 住吉が悪いに決まってんだろ!」
「ボクは謂れのない非難を受けたからやり返しただけだ」
「謂れのないいいい!? トボけるのもいい加減にしろよ!」
「惚けるも何も君の言い分はただの八つ当たりだ、ボクに非はない」
言うまでもないと思うが、住吉というのはジュニアの本名である。というか、何だ、餓鬼かこいつら! 遣り取りが小学生かそれ以下だ、ただ単にちょっと難しい単語を使っているだけでレベルは変わらない。  そう思ったのは俺だけではないようだった。ずん、と一気に空気が重たくなる。勿論、その発生源は二人の間に立っていた鈴木である。
「…分かった」
そんな空気を一人で背負い、鈴木が立ち上がった。その姿はさながら魔王である。これから世界滅ぼしてくるとか、そう言われても納得出来る禍々しさだ。
「君たちがそういうつもりなら、仕方ない。…花宮先輩と山崎先輩に言ってくる」
ピシリ、と二人の固まる音がした。それぞれを敬愛(もしくは崇拝と言っても良い)する二人にとって、それは死刑宣告に等しい。
「二人とも悲しむだろうな、だって後輩たちが自分たちの所為で争っているんだから。でもおれは此処で心を鬼にして二人に伝えないと、もっと二人の望まない事態になりそうだし。あ、そっか。二人が悲しむならおれが二人を慰めたらいいのかーなるほど!」
正直、男子高校生に対してあざとい、などという感想を抱いたのはこの瞬間が初めてだ。
「ああ、良いこと思い付いたなぁ、おれてんさーい」
にこにこと二人を見やる鈴木。さあーっと面白いように青くなる二人。悪魔だ、悪魔がいる。この場合俺たちにとっては天使のような悪魔ではあるが。
 斯くして。
 「はなみやせんぱいいいいい」
「山崎さん!!!」
体育館に足を踏み入れるなり後輩に抱きつかれた花宮と山崎は互いに顔を見合わせる。
「ごべんなざいいいいい」
「…もう、しません…」
鼻水を垂らして泣くイケメンと、真っ青になった無表情。どうしたことかと周りを見回しながら、とりあえず、と言ったように彼らの頭を撫ぜる二人はなかなかの後輩馬鹿なのだと思う。状況説明を、と訴えてくる二人分の視線を無視しながら、俺は俺に向かってサムズアップしてきた鈴木に、同じようにサムズアップを返した。
 時々はこうしてきつい躾も起こり得るが、しかしそれは霧崎第一高校男子バスケ部に存在する身内への甘さから来ているのだと、俺はしみじみと思うのだった。

 それから二人の喧嘩が減ったかと言うとそうそう減る訳ではないのだが、鈴木の介入によって事態が悪化する前に止まるようにはなったので、まぁ良いか、とも思うのだ。でも、まぁ、喧嘩する程仲が良い。こいつらが喧嘩するのはそれなりに似たもの同士なところがあるからだろうと、そう遠い目をする日々である。

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