百五十度
忘れている人もいたんじゃないか?
それでも語り部を譲らない俺、モブ主だ。
今回はちょっとしたサービスということで、
現二年がバスケ部に入ってきた頃の話をしようと思う。
まず、花宮の働きかけなしに普通に入部したのは本人含む十一人だった。
皆さんの予想通り、ここから花宮と馬が合わなかったやつが幾人か消えるのだが、
その話はもう少しあとで。
この時点で花宮の本性を知っているのは言うまでもなく本人と、
俺と山崎、そして甲斐という男の四人だけだった。
その他は噂は知っている程度で、やっぱりガセだったと思っている者、
これから見極めてやるという者、そもそも花宮に興味がない者、様々だった。
花宮の猫かぶりは完璧だった。
そして、その才能故に猫かぶりは一部の人間の嫉妬心や加虐心を煽り、
同学年二人を含む一部のバスケ部が、花宮をシメに掛かった。
勿論、そんなことも花宮には予想出来ていたらしく、
彼の計画通りにそれを撃退したのは原だった。
この事件の時点では原はバスケ部に入ってはおらず、
俺たちの認識もなんかスゲー髪色した不良っぽいやつ、程度だった。
そもそもお坊ちゃん学校だからな、
ああいう派手なやつの噂は一週間もあれば端のクラスまで伝わる。
花宮と原がいつ仲良くなったのかは知れないが、これが一年五月上旬のことである。
原が撃退した、という一文で既に分かっていると思うがそれは暴力行為であり、
加害者側に立った人間は停学と退部を余儀なくされた。
原に関しては花宮お得意の優等生スマイルで教師に懇願したところ、反省文だけで済んだらしい。
ということがあって同学年から二人が消え、その代わりというように原が加入した。
古橋と出会ったのは俺と山崎の方が先だった。
放課後の図書室、本を返しに来た俺とその俺に付き合って来てくれた山崎。
古橋は一年の時は図書委員会で、その日の図書室当番だった。
「それ、どんな話だった?」
返却台で日付を記入していると、横から山崎が問う。
ちなみに霧崎第一の図書室は、未だに記入制の貸出カードだ。
この間見たら天沢聖司って書いてあったから、誰か耳すまごっこしてるやつがいる。
話が逸れた。
「バスケの話。
めっちゃ頭の良い主人公が筋肉バカに誘われてバスケ部入って、部を改革していく青春の話」
「花宮みたいだな」
「俺もそう思って読んでた。というか花宮に重ねてみるとラスト爆笑」
そんな話をしながら俺はカードを本に戻す。
「これ、そのままオレが借りても大丈夫か?」
「多分大丈夫だったと思うけど…図書委員さん、大丈夫?」
そうして二人して顔をあげて、斜め前辺りにいた古橋と目を合わせたのだった。
「バスケ部なのか?」
山崎の貸出手続きが終わってから、古橋は問うた。二人で頷く。
「俺には、バスケ部は少し、異様に見える」
その言葉には思わず目をぱちくりさせた。
「異様?」
「ああ」
花宮くんと言ったか、彼を中心に何か出来ている気がする、そう呟いた古橋に顔を見合わせた。
差し支えがないなら、バスケ部の話をしてくれないか。
ねだるように傾げられた首に、もう一度顔を見合わせて、
再び古橋を見た俺たちの顔は恐らくちょっと楽しげだったと思う。
「面白いな」
話を最後まで聞いて、古橋はぽつりとそう言った。
仄かに浮かんだ笑みは、ひどく楽しそうに見えた。
それから古橋が入部届を持ってくるまで、そう大して時間はかからなかった。
古橋が入ってすぐ、花宮の指揮する今の霧崎第一の形は出来上がった。
もう引退だった当時の三年はそのままに、
二年には受験がどうのこうのという最もらしい話と、これは勝手な予想ではあるが少しの脅しと。
彼らを見ていた同級生が一人、自分も辞めると弱々しい声で吐いたのはもう一年以上も前の話だ。
彼はこんなのおかしい、と震える声で綴った。
人を傷付けるような真似はおかしい、と。
花宮はそれをただ笑って聞いているだけだった。
力が入ったのか少し歪んだ退部届は流石に痛々しいと思った。
花宮がバスケ部の中心になったからと言って、部内に反花宮派がいないと言う訳ではない。
山崎や俺をはじめとするラフプレーをしない人間もいる。
そういう選択肢だってあったのだ、花宮に反発しつつ、自分たちのプレーをする。
それを選んだ人間も少なくはない。
彼の選んだ選択肢が間違いだったとは思わない、けれどもそうおかしいと言われてしまえば、
何処かその現状を受け入れている自分たちに、罪悪感めいたものを感じるもので。
「…山崎」
「ンだよ」
「お前はどうすんの。残る?」
その答えを知っているのに聞きたくなった。
「当たり前だろ」
山崎は微笑んだ。
「バスケなら何処ででも出来るけど、こいつらとやるバスケは此処でしか出来ない。
オレは、こいつらとバスケがやりたいんだよ」
笑うか、と問われる。
俺はその言葉にそっと、首を振っただけだった。
一目見て根暗と断定出来るような男が、入部届を持ってやって来たのは冬も厳しくなる頃だった。
佐伯と名乗った彼は警戒心バリバリで話なんてとても聞けなかったが、
その頃既に花宮とニコイチで扱われ始めていた古橋によると、
どうやら花宮に助けられたらしいとのことだった。
「あの花宮がねぇ…」
花宮が人助けをすることは別段珍しいことではない。
けれどもそう呟かざるを得なかったのは、佐伯がどうにも花宮の好む、
もしくは花宮の役に立つ人間には見えなかったからだ。
花宮が人付き合いを面倒と思っているのは、この短い期間でも分かっている。
だからこそ、俺には不思議でならなかった。
「まぁ、花宮にも気まぐれってモンがあんじゃね?」
隣でのんびり呟く山崎の言葉に思わず笑ってしまった。
気まぐれ。
なんて似合わない言葉だろう。
「もしくは優しさ?」
次いで投げられた言葉は更に花宮に似合わなくて、ぶっはと吹き出してしまった俺は、
すべて聞いていた花宮に外周十周を命じられたのだった。
鬼め。
最後に連れて来られたのは瀬戸だった。
眠り姫がいる、という噂は聞いていたが、
本当に暇さえあれば寝ている奴だとは思っていなかった。
花宮が紹介している最中もうとうとしていた瀬戸を山崎が放っておく訳がなく、
俺と山崎は気付いたら瀬戸係になっていた。
これも花宮の策略だった気がするが、まぁ仕方ない。
なんだかんだ言って花宮は今残っているメンバーを気に入っている。
瀬戸は勿論最初に買われたのはその頭脳なんだろうが、
眠り姫という性質を知って尚花宮が引き込んだのは、
その性質が俺たちのような人間に有効だと分かっていたからだろう。
…まぁ、俺たち、と自分を含めるのは些か自意識過剰かもしれないが、
山崎が含まれているのは間違いない。
人は何かを守るときに強くなる、それは少年漫画で腐る程言われていることだ。
逆に言えば、何か守るものがあれば人は強くならざるを得ない、強くなるには逃げられない。
守るもの―――この場合は世話を焼くべき、瀬戸。
「そんなことしねぇでも逃げたりしねーのにな」
ぼそり、呟く。
「何か言ったか?高橋」
「いーや。何でも」
集合の声が掛かる、花宮のいるところへと走って行く。
これから全員で準備運動をして軽くアップをして、
そうしたら花宮特製地獄のメニューが待っているんだろう。
いつもと同じだ。
全員が平等に死にかける、そんなきついメニューを今日もこなして、へとへとで帰路につくのだ。
途中、コンビニに寄ってにくまんを買ったりするのかもしれない。
そういう他愛もないものが楽しみだなんて、
そしてきっと周りの奴も多かれ少なかれ、そういうことを思っているんだろう、なんて思うのは。
「山崎、今日みんなでコンビニ寄らね?」
「みんなで?」
頷く。
「ちょっと呼びかけてみろよ」
山崎は不思議そうな顔をして、まぁ、お前がそう言うなら、と息を吸った。
「なー今日さー、練習終わったらみんなでコンビニいこーぜ」
その言葉に返るのは肯定の声ばかりだ。
今日も今日とて、霧崎第一高校男子バスケ部は山崎弘にとことん甘い。
20140211