君という道標さえあれば他は何も要らない:今花
「これ、何回目ですか?」
だだっ広い真っ白な空間で、降ってきた声に顔を上げると見知った顔があった。
「何回目、やろなぁ」
「まぁ数とかどうでも良いんですけど」
「そない言うても、覚えてんのやろ?」
数えているのではない、でも彼ならきっと覚えている。
案の定、彼は盛大に舌を打ち鳴らして顔を歪めた。
その表情からやっぱり自分は恐ろしい程の回数、此処に来ているらしいと読み取る。
「これで、千回目ですよ」
自覚、ないでしょう。
そう嘲る彼にこくん、と素直に頷いてやる。
するとうへぇ、と舌を出して、素直とか気持ち悪、と言う。
なんて奴だ、人が折角素直な一面を見せてやったと言うのに。
「地球上にある葬式、全網羅出来るんじゃないですか」
「死因もな」
「他人事みたいですね」
「そない思ってはないけどな」
今回の死因は何だっただろう。
初心に帰って手首を切った気がする。
そんなこと気にならい程、自分は此処に来ている。
それがあまり褒められたことでもないことを知っている。
でも、やめられはしない。
「あんまり死にすぎると、最初の名前、思い出せなくなりますよ」
「別に良えやろ?」
「最初の名前分からなくなったら魂が迷子になるって、
確か五回目くらいで説明しましたよね?」
「正確にはそれ、何回目なん?」
「八回目だ糞野郎。とっとと次行っちまえ」
面倒になったのか、その脚が勢いよく自分を蹴る。
しかも顔面である。
こんな色男の顔面に蹴りを食らわすなんて、本当に酷い奴だ。
ふと、一瞬彼の背後が見えた。
ずっと彼の顔を見ていたから気付かなかったが、其処には小さな山が出来ていた。
位牌だ。
位牌の山が出来ている。
「…なぁ、それ」
「とっとと行け、人間風情が。もう暫くこんなとこに来んな」
白い空間にぽっかりと開いた穴か、自分を飲み込んでいくのが分かる。
分解されるようなその心地の中で、確かに自分は唇をたわませた。
あれは、自分の位牌なのだろう。
彼が一度、一度だけ人間であった時。
彼の言う、最初の名前の時。
その時の魂が、死ぬ度に彼はこのひどく静かな空間で一人葬式を上げているのだ。
それは他でもない自分のためである。
これに笑みを浮かべずしてどうしろと言うのだろう。
「素直やないなぁ」
「アンタに言われたくありません」
瞬きをしたつもりだったが、瞼の感覚はもうなかった。
これからまた作り変えられて、違う人生を歩む。
でもきっと直ぐに彼のことを思い出して帰りたくなる。
「―――」
彼の、最初の時に知っていた名前を呼ぶ。
返事はない。
それでも、彼にとっても最初の自分というものは特別だったのだと、
一度も変わらない姿を見て、そう思うのだ。
遠のく意識の中で彼だけを見つめる。
もう眼球の感覚も、なくなっていた。
一千一回目の再会も、きっと、そう遠くない。
20130315