センセ、こっちむいて。:原モブ前提原←今
室温でやわらかくしたアイスクリームを、銀色のスプーンで掬うような、
そんなものだったのだと思う。
原澤克徳はその言葉に、そっと息を吐いてみせた。
なんてことはなない、
腹の底から湧いてきた怒りをそのまま舌の上に乗せないための、大人の処置である。
「今吉くん」
へらへらと笑う少年へと呼び掛ける。
「君は、自分が何を言っているか分かっているんですか?」
今までになく冷たい声が出ている、そう分かっていた。
しかし、この冷たさを変えることは出来ない。
変えようとすればもっと熱いものに、
おおよそ生徒に向けるものではないほどに苛烈な怒りへと変貌してしまうだろう。
そうなってしまえば自分が何をしでかすか分からない。
原澤はそう思っていた。
だから、落ち着かせる。
冷たい空気を取り入れて、胸を冷やして、喉を冷やして。
その言葉さえも氷のように、そうして熱を持った怒りを鎮めようとする。
「分かってる、つもりですよ」
賢い少年だと思っていた。
頭の話ではない。
人が何を思っているのか、ちゃんと理解の出来る、賢い少年だと。
それは原澤の買いかぶりだっただろうか、
いやしかし、部活を通して見てきた三年間というのは決して短くはない。
「分かってる、つもりです。センセこそ、分かってはるんですか?」
同じ質問を投げかけられ、原澤は言葉に詰まる。
分かっている、何を。
「…何を、ですか。話を逸そうと、」
「してませんよ」
遮られる。
ずい、とその距離が縮まった。
眼鏡の向こうの細い瞳はやはり賢そうに輝いていて、
原澤の持っていたこの少年への印象は間違っていなかったとそう思う。
しかし、彼の発言はどうにもその聡明さに欠けていた。
「してませんって。センセ、これは、大事な、だいじな話、なんです」
本気で言っているのか、そう思った。
きゅう、と喉が締まったのはかけるべき言葉が見つからなかったからだ。
本気で言っているのだとしたら、何のために。
それが分からないほど原澤は鈍くない。
けれども、すぐに理解出来るほど、柔軟でもない。
「ワシはセンセのこと、ずーっと、好きやったんですよ」
なのに、と少年は悲しそうにこちらを見やる。
「なのに、なんですか、アレ。あんまりやないですか。
人間として劣ってる、それが分からんセンセやないでしょ。
センセはアレに同情してるんやろ、な?」
同情。
ひゅっと喉から音がした。
熱を帯びる目の辺りに、冷静になれ、と脳裏で響くアラート音。
「せやけど、センセもアレも、同情やって思ってないみたいやから。
ワシ、決めたんです。
ワシの、アレにやるって。
バスケ出来ひんようになっても良え、ワシ、そんなものより、センセが欲しいんよ」
縋りつくように、棄てないでと泣くように。
彼は囀る。
「ね、センセ。良えやろ?」
反対されることなど微塵も考えていないと言った彼の表情に、原澤はひどく悲しくなった。
こんなになるまで、彼はこの思いを抱え込んでしまったのかと。
それに気付けなかった自分のことも、情けないと思った。
それと同時に、吐きそうだとも思った。
同情の一言で切り捨てられたことも、それで良いから、と欲しがられたことも。
それほどまでに執着されていることに、純粋に吐き気をもよおした。
でもきっと、これはどうしようも出来ない。
伏せていた目線を上げる。
歪んだ唇が紡げるは、否定の言葉以外にないのだ。
20140417