大海のひとしずく
嘘を吐いているみたいだ。
山崎と一緒にいることが多くなった古橋は最近、そう思うことが多くなった。
自分の他には山崎しかいない部室で、古橋はその小さめの羽根を広げていた。
簡易ベンチを引っ張りだして来てそこにちょこん、
と大人しく座っている古橋の後ろに山崎は立っている。
その手には鳥翼種専用のブラシ。
歯ブラシを大きくしたような柔らかいそれは、今人気の品だ。
「古橋は少し、変わったよな」
丁寧にブラシを滑らせていく山崎がそう呟く。
「そう、か?」
「ああ」
羽根を抑えるのに使っていた左手がふいに次列風切羽の間へと入っていった。
状態を確認しているのだろう。
すう、と指が通り抜けていく感覚が心地好い。
「俺が触っても、強ばらなくなった」
その声が嬉しそうに聞こえて、古橋は小さく笑みを浮かべた。
「…お前は、オレの羽根を綺麗だと言ってくれただろう」
ぽつり、と零したのは別に、
山崎の秘密だけを知っているという状態に罪悪感が湧いたからではない。
ただ、知って欲しくなったのだ。
古橋の抱える心とやらに巣食っていたもののことを。
「本当は、この羽根が綺麗な訳ではないんだ。
光の作用でこうやって光って見えるだけで。
構造としてはCDの裏面に色が光って見えるのと同じだな」
元々青くはあるんだがな、と続ける古橋の声は何処までも淡々としていた。
「小さい頃はそれなりにこの羽根の色が好きだったんだが、
それを知ってからどうにもモヤモヤしてしまってな…」
―――こうじろうくんのはねはきれいだね。
誰のともつかない無邪気な声。
もしかしたら、今まで古橋が言われたすべてが混ざって聞こえているのかもしれない。
「人に触られたらこの輝きが嘘だと、バレてしまうんじゃないかと怖くなったんだ」
山崎が黙ったまま、控えめにブラッシングを続けてくれているのがありがたかった。
綺麗なものを誰かが綺麗だと言うと、つられるようにして周りの人間も言い出す。
社交辞令のように、同じ感覚を共有していることに酔いしれるように。
本当でも嘘でも構わないような顔をして、それが嘘だと分かったら責め立てる。
古橋は、それが、とても苦手だ。
「でもなんとなく、お前に言われたらそれがすっと胸に入ってきて。
オレはきっとずっと…誰かに褒められたかったんだな。
自分が誇っているものが嘘だとしても、誰かに本当と、認められたかったんだ」
ぐちゃぐちゃだな、と思った。
まだ言葉に出来る程、古橋の中では整理がついていなかったのかもしれない。
嫌いなものを許容出来るということは、思いの外大事件だったのかもしれないな、とも思った。
けれどきっと、山崎に大意は伝わっただろう。
背中の手は動きを止めていた。
「…お前の言いたいことは、なんとなく分かったけど…」
小さな、小さな声。
「それでもやっぱり俺は、お前の羽根の綺麗さは嘘なんかじゃないと思うけどな」
言葉はきらきらときらめいていて、それが聞けただけで、満足だった。
お題「お手入れ」
20131224