saccharine suicide
さよならバイバイ。
これで終わりだね。
花宮真が霧崎第一高校男子バスケ部で、
己が指揮する新体制を作り上げたのは一年の秋のことだった。
無能な監督も邪魔なだけの先輩も排除して、
花宮がまず行ったのは部員の成績から素行、簡単な個人プロフィールまでの把握である。
部に残っているのは少なからず花宮に賛同、もしくは心酔している者だ。
花宮がバスケ部の実権を握ることに異を唱える者はいない。
提出しろと言えば、何も言わずとまではいかなくとも従う人間ばかりだった。
その中には、翼人種の申請、というのも含まれていた。
この世界には羽根を持った人間がいて、彼らは翼人種と呼ばれている。
何を隠そう、花宮もその一人だ。
公式ガイダンスによりバスケでは、羽根による接触等はファウルにカウントされるため、
試合では羽根はハーネスで固定することが推奨されている。
しかし、それはあくまでも推奨であって、
中には羽根の可動域や大小を理由にハーネスを装着しない者もいる。
そういう今まで曖昧になっていた部分を、花宮はなくそうと考えた。
なんてことはない、ただ自分のしたいことをする上で、
その他の部分の品行方正さに磨きを掛けておこうとしたまでのことである。
良く見えるところがしっかりしていれば、基本的に評価はあがる。
早い話が、世間に対して媚を売ろうということだった。
部員を集めてその話をし、来週中に提出しろと伝えてから一週間。
その日も花宮は部活の終わったあと、一人自主練をこなしていた。
他の部員が帰った頃に引き上げ、誰もいない部室で日誌を書くのが花宮の習慣だ。
だが、その日は違った。
自主練後の部室。
そこではなみや、と控えめにその名を呼んだのは同級生の山崎だった。
その手には花宮お手製の申請書が握られていて、こいつも翼人種だったのかと僅かに瞠目する。
羽根の種類や大小は様々と言えど、山崎の背中に羽根があるようには見えなかったからだ。
黙っていてくれないか、と山崎は言った。
「俺の羽根、小さいし、ハーネスもいらねぇと思うし」
バレたくないのだと、
周りに秘密にしておきたいのだと、そう懇願するように俯く姿に目を細める。
何故、とは聞かなかった。
言うつもりがあるなら、山崎は最初からそれを言っているはずだ。
理由について触れなかったのは、言うつもりがないということだ。
山崎の頑固さはこの半年で既に理解している。
「見せてみろ」
その言葉に山崎は驚いたように目を見開いた。
分かっていないであろうその表情に、丁寧に理由を述べてやる。
「お前の羽根に本当にハーネスを付けなくて良いのか、オレは判断しなきゃなんねぇだろ」
「ああ、それもそうか」
納得したように頷いてから、山崎は制服に手を掛けた。
山崎のこういう素直なところを、花宮は人間としては好ましいと思っている。
人を疑うということを知らない馬鹿な訳ではない。
表面上の理由がそれなりに納得出来るものであれば、
その裏に何かあると感じてもそれを追求しようとしない。
その姿勢は、寧ろ賢いと言えるだろう。
しかし、曖昧に距離をとられているようで、近くにいる者としては妙に落ち着かない。
顕になった背中を眺めながら、バランスの良い身体だな、と花宮は思った。
特別なことをしている訳でもないだろうに、筋肉は均等についている。
触れたその羽根は見かけよりもざらりとしていた。
翅脈をなぞるように指を滑らすも、反応はない。
「機能はもう失われてるのか」
「抜けとか言うなよ」
「抜けよ」
「言うなっつっただろ」
翅翼種の羽根の大方は成人までに機能を失い、
そうなってしまったら邪魔にしかならないので抜くのが普通だ。
費用も手間も親知らずを抜く程度のものであり、特別高いという訳でもない。
じとりとした視線を感じたのか、山崎は居心地悪そうに肩を揺らすと、呟いた。
「抜きたくねー理由があんだよ」
その突き放すような物言いに明確な一線が見えた気がして、
「…い…ッ!?」
気が付いたらその羽根の先を掴み、千切り取っていた。
「何すんだよ!?」
勢い良く振り向いた山崎に瞬きを一つ、その質問には答えずに問う。
「機能は失われてたんじゃなかったのか」
「付け根の方が引っ張られたんだよ!」
本当に痛かったのか、その瞳は先ほどよりも潤んでいるように見えた。
「羽根のことは他には黙っといてやる。
隠してーってんなら協力もしてやるよ」
だから、と笑う。
痛みに顔を顰めるその様に少しばかり満たされた気がした。
「これは口止め料と協力料ってことで諦めろ」
たった今死んだもののことなど、こいつに教えてやる義理などないのだ。
20140117