喪失のエンゲージ
あなたを射ち墜とすその日まで。
夢を見た。
ひどくひどく痛い夢だった。
背中のそれを、家族以外は誰も知らなかったそれを、
つい最近恋人になった男に手ひどく毟られる夢。
―――こんなものがなければ。
そう言って灰崎を殴りつける男は、延々と泣いていた。
とてもとても一つ上の年齢をした男だとは思えない。
中身だけが幼稚園児かそれより前に戻ってしまったのか、
そんな現実的でないことまで思った。
かずや。
夢の中の灰崎は名を呼べなかった。
それが原一哉であるという確信が持てなかった訳ではない。
ただ痛みと恐怖、
そしてずっと隠してきたものが愛する(という表現には些か首をひねるがまぁ、
愛する)者の手によって無へと還されていく、その喪失感。
やめてくれ、とは言えなかった。
ばらばらと美しい羽根が散乱する部屋で、
そのまま泣き喚く男の頬を撫ぜて、それからキスをした。
それも何処か攻撃的なもので、口の中が切れて血の味がした。
こんなはずじゃなかったのに。
その悲しさが、何に対してのものか、分からずに。
目を開ける。
飛び込んできたのは傷みきった髪だった。
「…原」
すうすうと寝息を立てる彼はまるで子供のようだった。
夢の中の彼のように。
それでも彼は泣き喚かない。
我儘を言って振り回すが、
それも常識から少し踏み出したくらいで誤差と言ってしまえば誤差だ。
「…俺は、」
最初の時以降、肌を重ねたことなんて数えるほどしかない。
あんな始まりだったのだ、
灰崎の意見など関係なく好き勝手されるかと思っていたのに、そうはならなかった。
ただ、よく、一緒に寝ようとは言われる。
同じベッドにぎゅうぎゅうになって、おやすみ、と。
まるで祈りのような声で。
「俺は、何処にも行かない」
それは宣誓だった。
「お前が不安なら、本当に………」
その言葉は遮られた。
薄い、くちびる。
かさついた感覚、ふれるだけ。
「いいよ」
「…ンだよ。起きてたのか」
「んーん、起きた。お前の声が、したから」
前髪の向こうでその瞳が煌めく。
「いいよ、そんなことしないで良い」
「いーのかよ」
「ほんとのところ、良い訳ないけど。お前のそれも、お前だから…」
もにゃもにゃと言葉が消えていく。
まだ眠いらしい。
このまま二度寝に移行するのだろうか、差し込む光の眩しい中で、よくやる。
ごめんな、と呟いた言葉はもう届いていないようだった。
image song「恋人を射ち堕とした日」Sound Horizon
発想
20141113