最後の恋
互いの都合がつく限り―――と言っても、赤司が東京に来る日、だけになってしまうのだが。
何度か会うことをしているのを、瀬戸はなんとなく周りの人間には言わないでいた。
言う必要がないのと思ったのと、言ってしまうのはなんとなく勿体ないと思ったからだ。
そんなことが続いていたある日。
目が覚めたら違和感を感じた。
違和感の元を辿ってああ、と思う。
とうとう、この日が来た。
どうしてかすぐに浮かんできたのはあの少年の顔だった。
その理由も分かってしまって、素早くメールを打つ。
―――今東京にいるんでしょ、週末会わない?
もう最後だ、取り繕う必要もないだろう。
数分後に返って来たメールには、賛同の意が踊っていた。
久々に顔を合わせた彼はこちらの姿を認めた瞬間、くしゃり、と顔を歪ませた。
「…羽根、」
「うん、抜けた」
抜けたってか機能が失くなったから抜いたんだけど。
瀬戸は二十センチ近く下方にあるその顔を眺めながら呟く。
「何でそんな顔すんの」
「どんな顔してますか」
「泣きそうな顔」
そう、ですか、と赤司は俯いた。
会話が途切れる。
瀬戸はそんな赤司に構うことなく、持っていた鞄から袋を取り出した。
「それ、やるよ」
押し付ける。
「これ、」
そこそこ値の張るその布袋は厚手で、外から中身なんか見えないのだけれど。
赤司はすぐに中身が分かったらしい。
「オレの抜けた羽根。
一応学術的価値とか芸術的価値とか、すげー高いんだぜ」
「知ってます」
キバネツノトンボは絶滅危惧種でしょう、という答えに流石だな、と思う。
翅翼種が持てる羽根の種類というのは、同じ構造をする虫の生態に大きく左右される。
別の種類であればまた違うのだが、とにかく翅翼種においてはそうなのである。
絶滅の危機に瀕している虫の羽根があるというのなら、
失われる前に確保しておきたいというのはどの界隈でも同じだろう。
加えて、キバネツノトンボの羽根は美しいことでも有名だ。
そこそこ手をかけて大切にしてきた瀬戸の羽根の価値は、決して低くはない。
「今日は、それ、渡そうと思っただけだから」
じゃあ、と向けた背にか細い声が投げられる。
「…もう、会えないんですか」
はぁ、と吐いた息が白く染まっていくのが目の端で見えた気がした。
思わず振り返る。
なに、それ、と呟いたのは言葉にならなかったらしい。
それでも恐らく言いたいことは伝わったようで腕を掴まれる。
「貴方が、消えてしまいそうだと、思って」
「…こんなでかい男捕まえて何言ってんの」
「身体のサイズは今は関係ないと思いますが」
「いや、あるでしょ。それ、もっとこう、儚い感じの人に使う言葉でしょ」
掴まれた腕に大した力は入っていなかった。
振り払おうと思えば出来るはずなのに、動けない。
「聞いても良いですか」
「…どうぞ」
「何故俺に?」
その答えはとっくに用意してあった。
息を吐く。
用意してあるからと言って言えるかというと、それはまた違った問題だ。
落ち着けるように深く呼吸をしたいのに、どうしてか浅いものしか出来なくなっていく。
言う、べきだろうか。
目が合った。
宝石だとか星の輝きだとか、そういった表現が出来そうなほど、きれいな眸だった。
「昔さ、幼馴染と約束したの」
滑り出る言葉。
「初恋の人なんだけどね。
くっついたら駄目だと思っていた相手だったから。
オレが気に入っているオレの羽根は、片方はその幼馴染に、
もう片方は一番だいすきになるひとにあげることにする、って」
あれが初恋だったなら、これが最後の恋だ。
それで良い、それでも後悔しない、そう思ったからこれを渡した。
「それは、告白、ですか」
「うん、そうだね。そう思ってくれて良いよ」
一度言葉にしてしまったそれは、驚くほどすんなり肯定を送り出す。
「…ごめんね」
「何で、」
「男に告白されても嫌だろ」
「誰がそんなことを言ったんです」
取られた手は温かかった。
「貴方はいささか早合点すぎますね」
「分かるんだから仕方ないでしょ」
「分かってないじゃないですか」
赤司は手を離さずに、少しだけ膝を折る。
そして手の甲を口元へと持っていくと、そっと、接吻けた。
手とは裏腹にとても冷たい唇。
「瀬戸さん」
「…なに、」
流石にもう分かりましたよね、という言葉には眉を潜めた。
「こういうのは言ってほしいに決まってるだろ」
「ですよね」
笑う。
「好きです」
20140128