明確な名を付けるのにはまだはやい
ああこれは、きっと、×××だ。
それを見つけたのは幾度目かの山崎家訪問の時のことだった。
あの条件によって結果的には古橋と山崎の距離は前より縮まったのだと思う。
古橋が羽根を見たいと言い出さなくても一緒に帰ったり、
どちらかの家で勉強したりするようになっていた。
まるで、普通の、ともだちみたいに。
秘密の共有が根底にある以上、普通の、と言うのは少しばかり違和感が残ったが。
その日は、居間に洗濯物が干してあるから、という理由で畳の間に通されて、
何か飲み物を持ってくる、と出て行った山崎を見送って。
振り返った先に、それはあった。
「え…」
橙色をした短髪の男の写真。
学生服を着ている彼は、先ほど見送った山崎にひどく似ていた。
それがただの写真だったならば古橋とて驚くことはしなかっただろう。
問題は、それが置いてある場所だ。
観音開きの木の扉に、三段になった内部、
ところどころに施されている金色の細工―――紛れもなく仏壇だ。
そこに写真を飾る意味など、言うまでもない。
ふすまの開く音がして振り返る。
グラス二つとオレンジジュースの二リットルペットボトルを持った山崎が其処に立っていた。
写真と、同じ、顔。
「山崎、これ…」
「あー…開けっ放しだったのか」
手に持っていたものを置いた机を回ってくる。
「それ俺じゃねーからな。父親」
「…随分、若いんだな」
言ってからはっとして、今のは独り言だから気にするな、と付け足す。
山崎は苦笑して、別に気ィ使わなくて良いぜ、と言った。
マッチを一本出して蝋燭に火を付けると、線香を一本。
そうして鈴(りん)を鳴らして目を瞑り、手を合わせる。
古橋は何をするでもなくそれを眺めていた。
これも独り言だから、別に聞き流してくれて良いんだけどよ。
そう前置きしてから、山崎の唇が僅かに震えるようにして紡ぎ出す。
「親父が死んだのは俺がまだ二歳とか、そういうちっさい頃でさ、正直顔なんて覚えてねーんだ。
事故でさ、当時の俺と同じくらいの子供庇ったんだって。
ちいせー頃は荒れたよな、そんな見ず知らずの子供の方が大事なのかって。
でもまぁ…そうじゃねぇんだよな…」
手を合わせて目を瞑ってそう呟く山崎は、拝んでいるというよりかは祈っているように見えた。
「俺の羽根、中学上がった頃にはもう機能しなくなったんだ。
元々小さかったし耐久低かったんだろーな。
そしたらもう邪魔だし、抜くべきなんだろうけど。でもさ、」
何故だかひどく尊く思えて、独り言を遮る気分にもならない。
「親父も俺と同じ羽根持ってたみたいでさ、なんかそれ知ったら…だめなんだよ」
抜けねぇんだ、とその声は何処までも透き通っていて、今にも消えてしまいそうだなんて感じた。
咄嗟に山崎の合わさっている手を上から掴む。
「…古橋?」
「…ああ、悪い」
今まで隠れていた常磐の瞳に映る自分が、急に浅ましいものに成り下がったように見えた。
「それは…寂寥、か?」
暫く続いた沈黙を破るように、古橋が呟く。
「…かもしんねぇな」
対して山崎は乾いたように笑うだけだった。
どうして、と思う。
忘れてくれ、とジュースを注ぎ始めた山崎がひどく悲しくて、
一人にしてはいけない、離れたくないなどと思った。
けれど、この焦燥じみた感情がなんなのか、古橋は知らないのだ。
20131225