君の枷を縊り殺してあげる



愛なんて綺麗な理由なんか後付けだったって良いでしょ。
次にその前髪に出会ったのは実家に帰って来て、 その近くをぶらぶらと彷徨いていた時のことだった。 「あ、見つけたー」 その声だけで、今まで忘れたことも忘れていた記憶がふき出す。 あのあと、なんだかんだで丸め込まれて二回戦をさせられて、 痛む身体を引きずりながら近くのファーストフード店まで連れて行かれ、 そのまま遅い朝食を奢ってもらい。 なし崩しのようにずるずると同じ時間を過ごしてから、 唐突にじゃあ用事あるから、と立ち去ったその明るい色の髪。 それが視界から消えてから、名前を聞くのを忘れたと思い出したのだが、 まぁそういうこともある、と残りのパンにかぶりついた。 そして、身体の痛みが引く頃にはその男のことなど忘れてしまっていた。 のに。 「探しちゃった」 「…なんで、」 「ん?それはどっちの“なんで”? なんで家が分かったかの“なんで”? それともなんで探したのかっていう“なんで”? ちなみに前者は人に聞いた、後者は会いたかったからだよ」 「は、あ…」 人に聞いた、は兎も角として。 人の口に戸は立てられない。 ましてや灰崎のような人間だ、ちょっとコンビニ周辺でたむろっている人間に聞いて回れば、 すぐに浮上するくらいの情報は回っているだろう。 自意識過剰ではなく、それくらいには名の知れた人間だという自覚はあった。 というか、それくらいの自覚がなければきっと、生き残ってこれなかったろう。 じっと、見つめる。 相手がどう動くか、待つ。 会いたかったから。 それは喧嘩を売ってくる相手が使う常套句だ。 それでなくても彼は灰崎の秘密を知っている。 翼人種であることだけならばこの世界では、そこそこ誇って良いことなのかもしれない。 だが、それは羽根がそれなりのものである場合だけだ。 何がどうなったのか、灰崎の背に生まれた頃から生えているそれは、不細工な緑色をしていて、 まるまるもさもさとして、良く言えば可愛らしい、悪く言えばダサいものでしかなかった。 人間の身体に紛れ込んだ鳥類のDNAの中で、どうしてそれだったのか。 そんなことを思っているのを読み取ったのか、前髪はにへらっと笑った。 「そんなに気になるならさぁ」 つかつか、と近付いてくるその男に警戒を隠さないでいると、するり、背中を撫ぜられた。 日頃からハーネスをつけていてその存在を隠している背中は、 服の上から触れたところで有無が分かるはずもないのに。 「その羽根、引っこ抜いてやろうか?」 「………はッ?」 引っこ、抜く? 「知ってンの。片翼のやつとか。 別に人間なんて羽根なくたって生きていけるんだし、 お前だってそんな羽根、邪魔だと思ってンでしょ? じゃあいらないじゃん。オレが、失くしてあげるよ」 ずるずると背中を這う指の不穏さに、今更ながら気付く。 「…ッめろ」 短いながらも抵抗の言葉を吐けば、笑ってその指は離れていった。 そんなモンでも大切なんだ、 その言い方は確かに馬鹿にしたものだったのに、何を言い返すことも出来ない。 「てめぇは何がしてぇんだよ」 「何って」 「前だって、」 「あ?もしかしてオレがレイプしたと思ってる?同意取ったよ?」 「そうじゃねえよ!…ってか人酔わせといて同意とか」 「え〜。お前そういうトコ五月蝿いの意外。女に酒盛ってやることやってンだと思ってた」 「…未成年じゃねーか」 ひゅーう、と口笛が吹かれた。 意外と真面目だね、と言われてダチの影響だ、とだけ返す。 嘘は吐いていない。 こちらは友人だと思っているので嘘ではない。 向こうはどうだか知らないが。 なんで、ってねぇ。 前髪野郎はすっとにやにや笑いを引っ込めた。 一瞬にして纏われた真剣な雰囲気にこちらまで背筋を伸ばしそうになる。 「そんなん決まってんじゃん。好きだからだよ」 す、き。 異国語を聞いたような気がした。 「それは、俺をおちょくるのが?」 「うっわ、ひねくれ者。オレが、お前を、だよ。そのまま」 「は、」 「オレが、」 自分を指差す前髪。 「お前を」 こちらを指す指先。 意味が分からなくて固まるこちらのことなどお構いなしに、また背中に腕が回される。 今度は両腕だ。やめろ此処実家の近くなんだぞ、ご近所様の噂になったらどうしてくれる。 「だーいじにしてあげる。 だから、勝手に飛んでったりしたら駄目だよ?何処までも追いかけてその羽根もいじゃうから」 物騒な言い回しに開いた口が塞がらない。 なんてことを言いやがる。 人のことを言えない言えないと思っていたが、流石にこれはない。ない。 「ふ、ざけんなよ…」 「え、今の何処が気に入らなかったの」 良い感じにヤンデレってたしきゅんと来なかった?と問われて思わずため息を吐いた。 きょとん、とした空気に精一杯の虚勢として低い声を探す。 「まず俺はお前の名前すら知らねぇんだぞ」 「えっ」 まじで、名乗ったのに。 そんな呟きが聞こえてくるが、どうせそれはあの時のことだろう。 こちとら酩酊状態だったのだ。 酒だって親の分を少しもらったことがあるくらいで、ほぼ初めて飲んだようなものだったのに。 じゃ、改めて。 じっと、見つめられる。 多分。なんてったって瞳が見えないのだ。 そんな前髪で良く外が歩けるものだと思う。 「原一哉だよ。これで知らなくなくなったね。じゃあこれからよろしく」 にっと弛んだ唇を見て、ああ、逃げるタイミングを逃した、とそれだけを思った。
20140907