翡翠の翼



ただ少し、興味が湧いただけ。 ただそれだけなんだ。
ハーネスの着用というのは小さい頃から義務付けられているようなものだったし、 小さい子供ならともかく、それなりに成長すれば自分一人でも付けられるようにと、 配慮して作られているのが協会公式ハーネスであるはずなのだが。 どうにもこうにも、古橋はそれがとても苦手だった。 この世界には羽根を持った人間がいる。 古橋も翼人種と呼ばれるその中の一人であり、 鳥と同じ構造をした羽根を持つ鳥翼種に分類されていた。 翼人種がスポーツをやる際には翼人種と普通の人間との間に格差が生まれないようにと、 ハーネスの着用が推奨されている。 それはああいったプレーをする霧崎第一でも例外ではなく、 羽根があるとひと目で分かる奴はハーネスをつけろ、というのが我らが主将からのお達しだ。 そういう訳で、翼人種としてはかなり小さめな羽根を持つ古橋も、 こうして試合の前にはハーネスを付けるのが習慣になってはいるのだが。 そもそも羽根とは背中にあるものなのだし、古橋は首が180度回るような人間ではないし、 一般規格よりもその羽根が小さいことも手伝って、古橋はそれがとても苦手だった。 「古橋」 後ろから声が掛かって、悪戦苦闘していた手からハーネスを取り上げた。 「やってやるからあっち向いてろ」 「…山崎」 ぽんぽん、と促すように背中を叩いたのは山崎だった。 古橋は素直に従う。 「すまないな」 「別に」 てきぱき、と装着されていくハーネスに思わずため息が出た。 人の手を煩わせるなんて、高校生にもなって、という羞恥にも似た感情が浮かんでくる。 「こういう時、翼人種なのが煩わしくなるな」 「一人でハーネス付けられないんなら確かにそうかもな」 後ろで山崎が笑うのにムッとすると、それを感じ取ったように悪い悪い、と謝られた。 「つーか苦手なら人に頼めば良いのに」 「ハーネス付けられる人間なんて少ないだろ」 翼人種の割合は人類の三割だ、そこまで多くはない。 自分にないものを固定する術が必要ないように、 翼を持たない者は殆どハーネスを付けることが出来ないだろうし、 翼人種にしても、そもそも自分で出来るように作られているのだから、 他人のものをつけてやることが出来ない者は多いだろう。 ネクタイと同じだ。 「それに…羽根が好きでない者もいるだろう」 それは、言い訳だった。 確かに見た目からして違う翼人種を苦手に思う人間はいない訳でもないが、 それよりもただ単に、古橋自身が羽根についてのことで人に頼るのが嫌だというだけの話。 んー…と古橋の言葉に少し悩むような声を出してから、山崎が呟いた。 「俺はお前の羽根すきだけどなー。青っぽいってか緑っぽいってか。 うちのジャージとかにすげー良く映えてるし」 一瞬。 最後の固定のため、羽根を揃える意味で滑っていった指に身を強ばらせる。 山崎はその反応に、少し笑っただけだった。 「古橋の羽根ってカワセミか?」 「…ああ、そうだ」 「そっか」 暫くして聞こえたぱちん、という音で、最後の固定が終わったことを知る。 「綺麗だよな」 その瞬間の山崎の声があまりにも優しくて、表情を見ていなかったことが妙に口惜しかった。
20131220