泡沫日和:原澤+山崎



まだ大人になりきらない声の集合体。
なんていうと合唱のようだったが、残念ながら違う。
時折混ざる金属音は鉄パイプか、はたまた金属バットか。
まぁどっちでも同じことだ、そんなふうに思いながら原澤は音の方へと足を進めた。
声の高さから言って彼らはまだ子供だ、どんな状況であろうと子供を保護するのが、
教師という生き物だと、今日も朝礼で校長が長々と話していた。

しかしながら、原澤が其処へと辿り着く前に音はどんどん小さくなっていく。
はて、と思いながら足を早めることもせずに耳をすますと、
どうやら叫びが呻きへと変わっただけのようだった。
「おやおや」
感情の読めない声でそう呟く。

曲がり角を曲がったところで視界に飛び込んで来た光景は、
まさに死屍累々という言葉が適切なものだった。
「…ア?取りこぼし?」
その中心に立って背を向けていた少年がこちらを向く。

と、同時に、原澤は右へと避けた。
さっきまでいた空間を少年の拳が過っていく。
「突然すぎますよ」
「アンタ、やるな、あ!」
ひゅん、と音がするほどに鋭い打撃は、彼の恵まれた体型がもたらすものだろうか。
右からの打ち込みを囮に左でアッパーを放つ流れにも無駄がない、
均等についた筋肉があるからこそなせる技だろう。
良い人材だ、こんなところにいるなんて惜しい、
バスケをやっていれば―――そこまで考えて、思い当たった。

くるりと一回転して避ける。
後ろから脇腹へと手刀を叩き込めば、糸でも切れたようにその身体は崩れ落ちた。
「霧崎第一の山崎弘くん、でしたよね」
ぴくり、とその肩が揺れる。
当たり、という意味だろう。
「学校に言いつけます?」
悪戯っ子のような目で少年、山崎は見上げて来た。
こちらのことも分かっているらしい。
伏した身体を持ち上げる気配はない。
先ほどの一撃で力の差が分かったとでも言うのか、聡い子供だ。

先ほど言った保護がどうとかの話だけではない。
敵対する高校のバスケ部の生徒の、暴力沙汰だ。
此処で学校に連絡すれば出場停止は免れないだろう。
それを分かってこの子供は問うている。
「…言いませんよ」

その言葉になんだ、と山崎は笑ってみせた。
ごろり、仰向けになって空を見上げる。
無防備な、姿。
ざわり、何処か奥の方がざわめく感覚。
「…何故」
唇を一度舌で濡らせて、原澤は呟いた。
「ん?」
「何故、こんなことを?」
先ほどのフェイクと良い、判断と良い、頭は悪くなさそうに見える。
だからと言って、正義のためにやっているとか、そういう青臭いものでもなさそうだ。

わかってんでしょ、と彼は言った。
原澤が答えずにいると、はーと長く息を吐いてから、小さな声で言った。
「楽しいんですよ」
柔らかな肉に拳を埋め込む感覚だとか、骨がぶつかって鈍い音がするのだとか、
与えただけの痛みが返って来ること、身を削るような殺気、なにもかも。
楽しそうにそう語ってから、ふっと冷たい声で、それが、怖いんです、そう言った。
「怖い?」
「ええ、怖いんです。
いつかその快楽だけになって、俺が消えてしまうんじゃないかって」
たのしいからやってる。
では、その“たのしい”を感じる自分が消えてしまったら?
「だから、その前に、死んじまいたいなって…そう思ってたんです。
でも自分で死ぬのも嫌で。
…俺が消える前に、俺を殺してくれるひとに、出会えたら、って」
見上げてくる瞳は真っ直ぐで、それが居心地が悪く目を細める。
「教育者としては見逃せない発言ですね。いのちの電話の番号、教えましょうか?」
「は、要りませんよ」
あいも変わらず山崎は其処から動く気はないようだった。
四肢を投げ出して、抵抗などしないと、誘っている。

まるで、最後の審判でも待っているかのように。

ぐり、と自分の前髪を捻る。
「それならさっさと家に帰りなさい。別に怪我もしていないんでしょう」
「なぁ、俺はアンタがそうだって言ってんですけど」
「私が?」
は、と息が漏れる。
これは決して動揺なんかではない、歓喜なんかではない。
「私が、君を殺す者だと?」
まさか、と鼻で笑うことには成功した。
「私にそんな趣味はありません」
「嘘言わないでくださいよ」

ぐるぐる、瞳の色が交差する。
「アンタは俺と同じ目をしています。
何かを傷付けたくてたまんねーって、そういう、目」

ね、かんたんでしょ、と囀る声はもう聞こえなかった。
代わりに苦しそうな呼吸音。
勝手に力を込めていく両手から伝わる、確かに暖かく、生きている身体。
びくん、と意志とは関係なく跳ねるそれを、
否、根底の話で言えば意志なのかもしれなかったが、丁寧に封じ込めて更に両手に力を込める。

微かに、その唇が動いた。
ありがとう、と形どられていた気がした。
その目が閉じてしまってもまだ、原澤は力を抜かなかった。
此処でやめてしまっては、彼に失礼だとも思ったのもある。
勿論、それだけではなかった。

この掌の中で生命が、あぶくのように消えていく感覚。
これを追い掛けないでいることなんて、出来るはずがなかった。



#一番目にリプきたキャラを二番目にリプきたキャラが殺す
20140405