奈落の底の平々凡々な日常:山古
「鬼灯様にこれ出して来い」
山崎の目の前にひどく分厚い資料の束が突き出された。
「全部鬼灯様で良いのか?」
「ああ」
書類を受け取り、それまでやっていた書類を瀬戸の机の上に乗せる。
ついでにつついて起こす。
抱きまくら代わりになっていた原も同じようにつつく。
「ついでに昼飯取ってくるか?」
「もうそんな時間か…頼む」
「分かった」
「待て、山崎」
山崎のいた机の向かい、
そこに積もっている書類の山の向こうから、山崎と同じ小鬼が顔を出した。
「古橋」
「オレも行く」
それが当たり前だと言いたげに言い切った古橋を見て、山崎はそっと花宮を伺う。
「古橋も連れて行け」
「ありがとう花宮」
「お前がこれに関しては譲らないのはもう分かってるからな」
幾年も前のこと、花宮の下に引き抜かれてすぐの話。
古橋を山崎と引き離そうとして地獄中を巻き込んだ大騒動に発展したのは、
忘れようとしても忘れられないだろう。
「いってきます」
合わせた声に三人分のいってらっしゃい、を受けて、部屋を出て行く。
向かうは、中央の裁判所だ。
「鬼灯様ー」
長い廊下を歩き裁判をする広場に出る。
呼びかければ大きな閻魔大王の横の、細身の鬼神が振り返った。
「山崎さんに古橋さん。こんにちは」
「こんにちは。これ、花宮からです」
「相変わらず彼は仕事が早いですねぇ」
此処は地獄。
死後亡者となった人間が裁きを受け、生前の行いからその身にあった生活を送る場所。
小鬼である山崎は幼馴染の古橋と共に獄卒になり、今は鬼神の花宮の元で働いている。
同僚には鬼神の瀬戸と野干で花街出身の原。
二人共良く寝ているため殆ど仕事は三人でこなしている。
花宮が非常に優秀なのもあり、
三人でもそれなりに早く仕事は終わるし、休憩も休暇もとりやすい。
なかなかに良い職場である。
「そういえばまた今吉さんが来てましたよ」
「うわ…本当ですか…」
途端に気分が重くなる。
今吉というのは殺殺処で事務仕事をしている亡者だ。
生きていた頃に花宮といろいろ(そりゃもういろいろ!)あったらしく、
ことあるごとに彼を訪ねてくる困り者だ。
当の花宮は今吉には会いたくないらしく、姿を見かけたら追い返せとの命令を受けている。
が、そう簡単に追い返せる相手でもない訳で。
また厄介なことになりそうだ、と山崎はため息を吐いた。
古橋はそれをじっと見つめている。
そして、ぐ、と山崎の肩を掴んだ。
頬に柔らかい感触。
「…ッ!」
ばっと抑える。
「ふ、古橋…ッ!」
「なんだ、山崎」
「なんだじゃねぇよッ!!」
ぽん、と音がしそうな具合に頬を染めた山崎が、古橋を叩いた。
「人いるし、仕事中だし、何の脈絡もねぇし、いろいろ言いたいことしかないわ!」
「こうしたら元気出るかと思って」
元気なさそうだったから、しれっとそう返す古橋に返す言葉が見当たらない。
一応、一応自分のことを考えてやった行動らしい。
別のことについても考えて欲しかったが。
「そういうのは就業後にお願いしますね」
次私の前でやったら金棒の餌食にしますよ。
すました顔の鬼灯に注意され、山崎の頬が更に赤くなっていく。
「鬼灯様もああ言ってるだろ!」
「就業後なら何しても良いのか?」
「ンなこと言ってねぇだろ!
とっとと食堂寄って昼飯貰って帰るぞ!!」
ずんずんと食堂に向かう山崎を古橋が追いかける。
「仲良いねぇ」
そんな閻魔大王のほのぼのとした呟きは聞こえないふりをした。
昼食をとったあと執務室に今吉が乗り込んできて、
全員で迎撃することになるなんて、それはまた、別の話。
20130309