sleeping beauty  

 やばい、完全に迷った。山崎は見覚えのない廊下に立ち尽くしたまま、途方に暮れていた。
 エフェメラルアズール寄宿院学校の敷地は広大で、それに恥じない校舎や設備の数々が学生の勉学を潤わせている。そして科目ごとに担当の教師が違うこともあって、授業と授業の間は大抵が移動に費やされる。移動時間を見積もってそれなりに休み時間というのは多めに取られているはずではあったが、新入生がすぐにそれに対応出来るかと言うと、そうでもない訳で。
「………だめだ、何処なのか分からん」
山崎弘は絶賛迷子中なのである。
 いつもは友人の花宮が次の教室まで連れて行ってくれるのだが、用事があるとかで今回彼とは別行動をしていた。幾ら自分が方向音痴だからと言って、何度か使っている道を、もう一ヶ月も使っている道を間違えることなどないと思ったのだが、どうやら間違いだったらしい。困ったな、と頬を掻く。こんなことになるなら、少し急いで花宮と一緒に行けば良かった、と思った。しかしながらそんなことを思ったところで時間は戻らないし、花宮が都合よく現れてくれる訳もない。次の授業はサボってしまうことになるだろうか―――予鈴が鳴るのを聞きながら、山崎はそう思った。予鈴が鳴ってしまえば廊下を通る生徒もいなくなってしまうだろう。これまで体調を崩した以外では授業を休んだことはなかったのに。
 と、そんなふうに思いながら見覚えのない廊下を進んでいたところ。
「………あれ?」
視界に映る、人影。山崎は目をぱちぱちと瞬かせる。人に見えた。廊下に寝転がる、人間。
 まさか、こんなところに、人? 山崎の頭に学校の七不思議、という言葉が浮かぶ。この学校にそういうものがあるとはまだ聞いていないが、まだ肌寒さのある中、廊下で寝ている人間というのは流石に可笑しいだろう。しかし、近付く。
「おーい」
一応声を掛けてみる。話が通じるかもしれない。
 だが、目の前のものはしん、と静寂を返してくるだけで何も言わなかった。
「………だめ、か」
やはり学校の七不思議なのかもしれない―――そう思って踵を返そうとした瞬間に、もぞり、と何かが動く音が聞こえる。
「………? おーい?」
二回目。やっぱり何も返って来ない。
 山崎は恐る恐る転がっているものに近付くと、持っていた教科書でちょんちょん、とつついてみた。
「………何、その、何か得体のしれないものに触る、みたいな」
「あ、喋った。いや、本当に人間なのかと思って」
「人間じゃなかったら何なんだよ」
「宇宙人…とか」
「なんで」
むくり、とそれが起き上がる。
「………ああ。ええと、三組の山崎くん」
「え、何、俺のこと知ってんの」
「三組の花宮有名だろ。だから一緒にいるお前も有名ってわけ。自覚なかったの」
「ええ…ないわそんなん…」
 ふうん、と興味なさそうにあくびをした少年は、瀬戸健太郎と名乗った。八組らしい。
「ちなみに二十八教室ならあっちの階段上がって右だよ」
「えっ。マジか。サンキュ!」
慌てて走り出す。まだこの時間の遅刻ならば迷っていたという理由で許されるだろう。
 どうして山崎の行きたかった教室が分かったのか聞くのを忘れた、と気付いたのは、授業が終わってからのことだった。



20180223