cold:山崎+花宮



その日の朝、隣の席はいつになっても空っぽのままだった。
「ほら、席につけ。ホームルーム始めるぞ」
担任の木吉が入ってきて、学級委員の伊月が号令を掛ける。
必死で耳をすませてみるが、廊下を駆けてくる音がする訳でもない。
どうして、来ないのだろう。
不安を外に出すような真似はしないが、花宮は落ち着かない気持ちで担任を見つめていた。
何故、なぜ。

そうして花宮がもやもやとしているうちに担任は出席を取り始めた。
「山崎は風邪で休みだが、その他にいないやつはいるか」
風邪。
その言葉を口の中で繰り返す。

ひどく安心している自分には、気付かないふりをしていたかった。



花宮は四限目が終わるのを待って体調が悪いと早退した。
五限六限はレクリエーションか何かだったはずだ、いなくても問題はないだろう。

学校の正門に近い第五棟、通称、桜寮。
寮母の目を盗んで其処へ滑り込む。
前に教えられていた五○八号室のドアノブに手をかければ、反発もなくするりと開いた。
「弘」
ベッドの上で目を閉じている部屋の主に声を掛けると、瞼がゆるゆると上がっていく。
「…はなみや?」
寝起きのぼんやりとした瞳が花宮の方を見遣った。

なんでいるんだ、と山崎が身を起こす。
「サボった。お前が心配で」
心にもないことを吐くと、山崎はなんだそれ、と笑う。
「…どうしたんだよ、急に。熱とか。昨日まで体調悪そうな感じとかなかったじゃねえか」
「ん、昨日窓開けたまま寝ちまって」
「…馬鹿だな」
その言葉にそーだな、と山崎は笑う。
「だってよ、そこの窓から見える桜が満開になってた、から」
嬉しくて、と笑う頬はここ数日観察した中で一番に緩んでいるようだった。
「今日、お前誘おうと思ってたんだ」
約束しただろ、と山崎は言った。
そういえばそんな約束をしていたな、と思い出す。
正直、忘れてしまっていた。
でも駄目になっちまったな、そう眉尻を下げる山崎に別に良いよ、と返す。
「桜だってそうすぐ散る訳じゃねーだろ。お前が治ったらまた改めて見に来る」
だから、はやく治せ。

山崎の手の上に自分の手を重ねて、そう懇願するように囁やけば、
一瞬の驚いた顔のあとに嬉しそうな顔が現れた。
「わかった」
するり、と指が絡められる。
小指でなくとも約束は出来るのだと、もう分かっていた。



(誘う、指、シーツ)
20141015