無知の家 

 はあ、とため息が聞こえた。今吉は開いていた扉のノックを止めて、明るい声を出した。
「笠松学長、何や顔色悪いですねぇ、どうしたんですか」
「…未だにお前にそう呼ばれるのも敬語使われるのも、むず痒い気分になるな」
 桐皇大学学長、笠松幸男。彼は今吉翔一とは所謂幼馴染である。今吉が親の転勤で転校するまでは家も近く、毎日遊ぶくらいには仲が良かった―――とは思っているのは今吉の方だけかもしれないが。にやにやといつもの信用しにくいと言われる笑みを浮かべながら、今吉はその学長机へと近寄っていった。
「お前はまた諏佐の使いっ走りか」
「使いっ走りて。別にそんなんやあらへんよ。ワシが好きでやっとることやし」
「ほんと、諏佐はお前を顎で使えるところが本気ですげえと思うよ」
「諏佐に顎で使っとるつもりはないと思うけどなあ」
「だから余計すごいんだろ」
 書類を受け取った笠松がまたため息を吐く。今吉に弱みを見せてはいけない―――常々そんなことを言っている笠松が今吉の前でため息を吐くなどと、相当に切羽詰まっているらしい。ぺらぺらと紙を捲る音が響く。さて、笠松とは近況くらいは世間話としてするけれど、その中に何かあっただろうか。記憶を掘り返す中で、笠松の手がサインを入れていく。相変わらず奇麗な字だな、と思いながら、ああ、と一つ思い当たるものを掘り当てた。
「そいえば笠松クン、最近引っ越した言うてなかった?」
 ぐっと、その手が止まった。最後の最後で、サインがいびつな形になる。ははあん、と笑みを深めながら今吉は机に手を付けて身を乗り出す。
「もしかして、事故物件やった?」
「…残念ながらお前の期待するようなモンじゃねえぞ」
返された書類を受け取りながら、今吉は笠松から目線を逸らさない。
 その様子にまたもため息を吐いて、笠松を指を組んでそこに額を付けた。
「事故物件っていうか、そうだな…」
どうやら話してくれるらしい。よっぽど参っているのか。
「気晴らしにでも話してみっか」



 数年前のこと。
 現在笠松の住んでいるその部屋には、親戚の子供が住んでいたのだと言う。
「モデルやってる奴でさ、あん時は高校生だったと思うけど、仕事の関係で一人暮らししてて」
「ほう」
「で、まぁ、ちょっと迂闊なトコのある奴だから、安いところが良いってひっそりあすこで住んでたんだよな」
最初の頃は上手く行ってたんだ、と笠松は言う。
 けれどもある日、一人のファンにその場所を特定された。
「それがまた…なんていうか、粘着質な子だったらしくて」
「ストーカーになった?」
「………そうだ」
全部は聞いてないが、まあいろいろあったらしい、と笠松は続ける。
「結局警察沙汰になってさ、それで決着はついたし、そいつに近寄らないって話もまとまったし、引っ越しもしたし、解決はしたんだけど。結構その、ストーカーの手口がホラーじみててな。人の口には戸は立てられないだろ」
「はあ、それで人が入らんくなった、と」
「そういうことだ」
「それで見かねた笠松クンが入って、また何か起こった、ちゅーことやろ?」
 苦々しい表情で笠松は頷いた。
「それ、警察に相談した方が良えんやない?」
「…いや、まだ気味の悪い手紙とかが届くだけだし、実害はねえし…。一応解決はしてる事件だしな、どう説明して良いかも分からねえし」
「気味の悪い手紙」
「出て行けだとか、そういう。わりと不幸の手紙っぽい。あと丸文字」
今吉はあー…という不明瞭な返事しか出来ない。このパターンは身に覚えがある。
「ストーカー被害ってそもそも、実害ないとあんま動けないんだろ? そいつの時もそうだったし」
「あー…そうやなあ。一回諏佐がそういうの引っ掛けてもーた時も、やっぱり後手に回るしかない言われてもーたしな」
「…災難だな」
「そー。もーアイツ、モッテモテで困るわー」
「アイツ、お前みたいな厄介なのに好かれるよな」
「エー笠松クン、ワシのことそんなん思ってたん〜」
「実際厄介だろ。ほら、話してやったから仕事戻れ」
「はぁ〜い」
 素直に返事をして部屋を出て行く。扉は元々開いていたので閉めはしない。
「あ、でも」
完全に出て行く前に、今吉は一度振り返った。
「ま、ワシで良ければいつでも力になるで。警官の後輩もおるし、他よりちょっとは頼りになるで?」



 「ってことがあってなあ」
諏佐の運転する助手席を陣取りながら、言う。
「他でもない笠松クンの弱音やし、どうにかしてやりたい思うのも仕方ないやろ? ほら、ワシ、やっさしいし」
此処でどの口が、と返さないのが諏佐佳典という男である。今吉の言う言葉にそう興味がないからとも言えるが、その点は既に納得済みで一緒にいるので気にはしていない。
 発端は、その日の夜、今吉の携帯に珍しく―――本当に珍しく、笠松からメールが届いたことである。
『玄関の扉がりがり引っ掻かれてるんだが出ない方が良いよな』
すぐさま当たり前だ、と返信した。今から諏佐と行くから、と付け足すことも忘れない。笠松の家までは車で三十分ほどだ。その車の中で、諏佐に必要であろう情報を話して聞かせたところだった。ちなみに急を要したので花宮は置いてきた。拗ねているかもしれない。
「諏佐は、どう思う?」
「どうって言うと」
「これ、人間の仕業か?」
「さあ…」
でもマルちゃんは騒いでないぞ、との付け足しに少しほっとした。今吉はホラーや何やらの怪奇現象が好きではあるがしかし、それでも懲りるということをするのだ。
 久々にマナーモードを切っていた携帯がピピ、と音を立てる。メールだ。案の定、笠松から。
『今そっと玄関の覗き穴覗いて来たんだが真っ暗で何も見えない』
目張りか。そう思いながら読み上げる。
「なぁ諏佐。笠松クン、覗き穴から外見えん言うてるけど。真っ暗やて」
 諏佐は一拍置いてから、一つの可能性を提示した。
「それ。人間の黒目じゃないのか」
「え」
固まる。
 人間の、黒目。
 今吉の脳が回転を早める。確かに、そういう話は聞いたことがあった。実際にそうなるのかと覗き穴のある家で確認したこともある。ちなみに今住んでいる家には覗き穴はついていない。まさかそういう話はあるけどまさか、ともにゃもにゃ言い始めた今吉にため息を吐いて、諏佐がハンドルを握り直す。
「掴まってろ」
 次の瞬間、今吉の背はシートに押し付けられた。シートベルトというものがこの世に存在していてよかったと思う瞬間だった。



 階段を駆け上がる。事前に言われていた部屋番号の部屋へと走ると、チャイムを押すのももどかしく扉を叩いた。
「笠松クン!!」
部屋の前には誰もいない。中から返事も聞こえない。まさか、と嫌な予感が今吉の背中を駆け下りる。
「ワシや! 今吉や! いるんなら返事してえな!!」
がちゃがちゃとノブを握っていると、やっと中から足音らしきものが聞こえてきた。
「今吉か?」
「今吉やっ、諏佐もおるで」
覗き穴で確認したのか、やっとその鍵があく。
 扉の向こうに立っていた笠松は比較的顔色も良さそうだった。
「悪い、隣の人と喋ってた」
「何処で」
「ベランダで」
ああ、なるほど、と今吉は息を吐く。
「諏佐まで悪いな」
「いや別に」
「せっかく来てくれたんだし、中入ってくれ。茶くらい出す」
諏佐が今吉を見遣る。今吉は頷いて、立ち上がった。
「じゃ、お邪魔させてもらうわ」
 綺麗な部屋だった。そして結構広かった。安いと言ってはいたが、それは木造なのと築年数なのだろう。横で諏佐がぺこり、と頭を下げる。
「大したモン出せねえけど」
あ、座布団そんなねえからそのまま畳に座ってくれ、と言われたままに座った。笠松が三人分の茶を入れ、茶菓子を持ってくる。一応、というように笠松は手紙を渡してきた。それが投函されていたという手紙なのだろう。開いてみる。前に聞いた通り、出ていかなければ悪いことが起こる、という内容の、不幸の手紙のようなもの。
「で、だ。一応警察にも連絡入れたんだけどさ。あ、隣の人がな」
「お、隣の人グッジョブやん」
「それでパトロールは増やす、みたいな方向では決まったんだけどさ。多分俺、中にいたのはバレたんだよな。玄関の様子見に行った時、音立てちまって。今までは手紙とか、そういうの俺が仕事してる間に投げ込まれてたんだけど」
「あー…それはなんというか、また来そうやな」
「やっぱそう思うか?」
 と、そんな不穏な会話をしていた時。
 ピンポーン、と音が鳴った。だんだん、と叩かれる扉。
「…来たか?」
「いや、まだ分からねえ。宗教勧誘かもしんねーし」
「多いん?」
「わりと」
「空飛ぶスパゲッティモンスター教に入ってる、って言えば大抵帰るで」
「…なんなんだよ、それは…」
玄関の様子を見に行くべきか。座ったまま顔を見合わせる二人に、呑気な声が届く。
「笠松先輩〜」
「………この、声は」
笠松が少々怒気をまとったような様子で立ち上がる。なんだ、と思って今吉も立ち上がってついていく。諏佐は茶菓子を楽しんでいるらしい。
「知り合いか?」
「…多分」
覗き穴で確認したあと、笠松は扉を開ける。
「笠松先輩、遊びに来ちゃいました」
 扉の向こうには、なかなかの美青年が立っていた。



 どうやら訪問者は笠松の話に出て来た、数年前の当事者の少年だったらしい。
 訪問者の音に扉から覗いていたお隣さんに挨拶をして、笠松は青年を中へと招き入れた。青年は中で一人黙々と茶菓子を食べている諏佐を見て少し驚いたようだったが、すぐに笑顔になって輪に加わる。
 物々しい雰因気なのを察したのだろう、仕方ない、と言った表情で笠松が流れを説明すると、青年はその美しい眉を吊り上げた。
「最近様子が可笑しいと思って! 来てみたらやっぱりじゃないッスか! いいですよもう、こんなとこ引き払ってくださいってば!!」
黄瀬涼太と名乗った青年はどうやら笠松が此処に越すことには反対だったらしい。
「そもそもオレの問題であって、笠松先輩の問題じゃないッスよね!? ほんと尻拭いとか良いッスから!」
「別にお前の尻拭いしてるつもりはねーよ」
「とか言って毎回オレのこと気にかけてくれてるじゃないッスか! オレ、愛されてんのは嬉しいッスけど、それで先輩に何かあったらと思うと気がきじゃないんスよ!!」
「あれ、黄瀬クンは何で笠松クンのこと先輩って呼んどるん?」
 どうにもヒートアップしそうなので、とりあえず割って入ることにした。
「親戚って聞いとったけど」
「え、あー…親戚でもあるんスけど、学校の先輩でもあるっていうか…OBっていうか…。まぁ、オレにとってはそっちのが印象強いんスよ。親戚って言っても、血が繋がってる訳じゃあないですし」
「へーそうなん。笠松クンのガッコ、ってことは京都やんな」
「ええ」
そこから話を盛り上げていく今吉に、笠松が助かった、というような目線を寄越した。きっと今度何か奢ってくれるだろう。
「お、そこ、ワシの実家の近くや」
「今吉先生って京都の人なんスか?」
「おん」
「へー! 上京ってやつッスか?」
「いや、こっち来たんは父親の仕事の関係ってやつや。一人でなんて行かせられん! て母親が言うもんで、中学生の時に転校して来たんよ。元々爺さん婆さんと一緒に住んどったし、仲も悪くはなかったし、結構古い家系らしくて爺さんが戻って来い言うもんやから、任期終わってすぐ両親はあっち戻ったんやけどな。ワシはこっちが楽しくて一人こっちに残ったっちゅー訳や」
 そうわやわやと会話を続けて、黄瀬の頭が冷えただろうというところで、話題を戻す。
「で、当事者も来てくれたことやし。黄瀬クン、黄瀬クンの知ってる限りで良えから、事件のこと、話してくれん?」
「今吉先生にッスか?」
「ワシというか、そこの諏佐な、めっちゃ頭良えから。多分解決してくれるんやないかな」
「へえーその人がッスか。まぁ今吉先生がそう言うなら…」
ちょろいものである。
 黄瀬から聞いた話は、笠松から聞いた話とそう大差なかった。少なくとも、今吉にはそう感じられた。
「オレの時は隣、男の人でしたし、結構助けになってもらったんスけど…女の人だと、巻き込んじゃいそう、って思うのが先に来ちゃいますね」
その言葉に、あ、と今吉は顔を上げる。
「隣の人、すっごい美人やったけど。あん人が黄瀬クンのストーカーやったっちゅーことは…ない、よな?」
「違うと思うッス」
もっとこう、可愛い系だった、と黄瀬は言った。
「オレ、人の顔覚えるのは得意な方ッス。モデルやってると、結構女の人の顔、化粧で変わるの分かってるけど、その幅もなんとなく分かりますし…」
でも、と黄瀬は続ける。
「あの、来る前に警察と大家さんに電話させてもらったんスけど、どうにも、そのストーカーしてた子の所在が掴めないみたいで…」
「所在が掴めない?」
「ええ、だから心配で来たってのもあるんスけど…。あの、笠松サンも知ってると思うッスけど、あのあともこの家にあの子、来たらしいじゃないッスか。それで何度か警察のお世話になって、もう二度と此処には近付かないって言って誓約書書いて、母親の意向で県外に引っ越して…でもどうにも此処に人が入らないからって、笠松サンに入って貰って。でもなんか、数年前からその子の行方が分からなくなってる、って」
そういうことならオレに連絡欲しかったッスけどね、と黄瀬は渋面を呈した。その表情を眺めながら、なぁ、と今吉は諏佐に声を掛ける。
「諏佐。一つ聞いて良え?」
「どうぞ」
 どうやら笠松家のおせんべいは美味しいらしい。もうすでに五袋開いている。
「青峰、呼んだ方が良えか?」
その言葉に諏佐は少しだけ驚いたような表情を呈してから、ああ、と呟いた。
「そうだな。失念していた」



 可愛い可愛い後輩に連絡したらとてもとても嫌がられたけれど、数十分後に青峰はやって来た。
「…アンタからの呼び出しって、いっつもロクなことがねえんだけど」
「そう言いなや、青峰」
にやにやと笑ってみせると、青峰は一層嫌そうな顔をした。
「でもま、諏佐さんがオレを呼べっつったってことは、そういうことなんだろ?」
「お前も良う諏佐に懐いとんな」
「懐いてなんかねーよ。………ソンケーはしてるけど」
目を見開くと、なんだよ、と睨まれる。
「今吉サンの手綱握れるってだけでソンケー出来るわ」
 そうして笠松に挨拶して部屋に上がる青峰に、隣にいた諏佐を見上げる。
「なぁ、ワシってどう思われてんやろな?」
「さあ」

 広い部屋とは言え、成人男性が五人もいれば狭く感じる。
「さて、諏佐。ワシらは何すれば良い?」
今吉の言葉に、諏佐は最初から決まっていたかのように一点を指差した。
「そこの、床下」
部屋の真ん中。ちょうど先ほど、自分たちが座っていた位置。
「多分めくれるから」
「めくれるって」
「そのために青峰呼んだんだろう?」
「あー…そういう」
笠松と黄瀬を下がらせて、青峰を手伝う。なんとなく、その下にあるものは既に予想がついていた。
 畳をめくった一枚下。既に真っ白くなってしまった、人間だったもの。
「諏佐サン」
「なんだ」
「犯人とかまで分かってんの?」
「ああ」
「これ証拠とか出て来る?」
「凶器も一緒にあるそうだ」
「分かった」
 青峰が通信をいれて、とりあえず、ということで全員を部屋の外に出す。
「はは、青峰お手柄やん」
「…アンタに貰った手柄ってのが心底気に食わねえ」
またざわざわとし始めた廊下に、隣の人が不安そうに顔を出したのを笠松がにこやかに対応していた。それを不思議そうな顔で黄瀬は見つめている。
「やっぱり美人さんですよね〜」
「お、黄瀬クンでもそう思うか」
「ええ。オレいっぱい人見てきてると思いますけど、あの人結構ランク上だと思いますよ」
 笠松が戻ってきて、黄瀬がにやにやと話しかけた。
「でも良く笠松サンが女性と話せたッスね〜」
それにはっと今吉が目を見開く。
「…すさ」
小さい声で名を呼ぶだけの問いかけをすると、返って来るのは首肯。
「そういうことだろ」
 笠松と黄瀬は、ああいう人がタイプなのか、子供が大人を誂うんじゃない、という内容の会話をしていた。彼らが仲が良いのが、良く分かる。
「笠松クン、とりあえずワシらにもう出来ることはあらへんし、ここは青峰に任せてご飯でも食べにいかん?」
「タカる気か」
「えー。事件解決したんやからそれくらい良えやん〜」
「解決したのは諏佐な。…まぁ、分かったよ、奢ってやる。ただしファミレスな」
「それでもえーよ」
ほらほら早く、と言って今吉は笠松と黄瀬の腕を掴む。
 その後ろで諏佐は何やら青峰に耳打ちしたようだった。こくり、と神妙な顔で青峰が頷くのを確認して、いつだか青峰のことを可愛がっているのだと、そう諏佐に零したことを思い出していた。



 宣言通りファミレスで笠松に奢ってもらったあと、今吉はまだ諏佐の運転で我が家へと戻っていた。
 やることは一つ。今日の答え合わせである。
「…結局、死体出て来たんやってな」
「ああ」
「黄瀬クンの事件はカムフラージュって訳かいな」
「いいや」
車が赤信号で止まった。
「アレが、彼女だ」
「………は?」
コッチコッチコッチ。方向指示器の音がやけに耳につく。
「え、あれはストーカーの子、言うことか?」
「ああ」
「なんで、ストーカーの子が…って、ああ、もしかして、誓約書の後にもその子、あの家に行ったんか」
「そのようだな」
信号が変わって、車は右へと曲がった。暗い夜道。車のヘッドライトが道路を照らしている。
 もう、答えは分かっていた。
 けれども今吉は、答え合わせを続けなければ気が済まない。
「黄瀬クンがいた頃のお隣さんは、男の人やったんやっけな」
「ああ」
「笠松クンのお隣さんは美人さんやったけど、笠松クンが普通に喋れる人やもんな」
「ああ」
なぁ、すさ、と今吉はシートに沈み込む。
「諏佐、それいつから気付いてたん」
 それ、とは。すべてを指す言葉だった。
「黄瀬くんが笠松学長は女性が苦手だと言ってからだ。…まぁ、お前が言うようなヒント≠ヘもっと前からあったにはあったんだが…」
「何やそれ、はっきりしいな」
かり、と諏佐はほほを掻く。
「………最初は、笠松学長は同棲しているのかと思っていたから…」
「…待て待て待て、諏佐ァ、それって」
「ああ」
 ずっと、隣にいた。
 その答えに今吉はうっわ、さぶいぼ立った! と大騒ぎをして座席にひっくり返る。シートベルトの締め付けが、安全範囲内に身体を留める。
「あー…諏佐」
「何だ」
「知らなくて良いことって、あるよな」
「そうだな」
「じゃあこれは、笠松クンには秘密言うことで」
「分かった」
まだ家までは少しあった。今日食べたものを思い出す。今吉はシーフードドリアを頼んだ。諏佐はたらこスパゲッティを頼んでいた。
「たらこスパゲッティ、美味かったか?」
「わりと」
 今吉も諏佐も、探偵でもなければ刑事でもない。ただの大学教授とその助手なのだ。真相は、自分たちだけが知っていれば良いし、きっと遅かれ早かれ警察が暴くだろう。
「じゃあまた今度、あのファミレス行こうなあ」
 ならば、もう、今吉の気が済んだ今、何をすることもないのだ。



20160922