青諏佐
いつか本当になるのなら、それで良いじゃないか。
あどけない寝顔
屋上、給水塔の上。 一年時より愛用していたその日当たりの良い場所に先客を見つけ、諏佐は僅かに瞠目した。 青峰大輝。 桐皇学園男子バスケ部が獲得したキセキの世代。 練習には出ない、試合には出るなどという横暴な条件がまかり通る程の強烈な光。 その光が、給水塔の上ですうすうと寝息を立てて眠っていた。 眉間の皺がないその寝顔はあどけないと言うにふさわしく、それも諏佐を驚かせた要因だった。 今吉と共に見た中学時代の試合のDVDでも、桐皇に入って来てからも、 ひどくつまらなそうな顔をした彼の眉間から、皺が消えたのを見たことはなかったから。 いや、と一人諏佐は首を振る。 暴君などと呼ばれる彼も、まだ十六歳の子供なのだ。 今吉が繊細と評したように、そういうやわい部分も青峰にはある。 きっと、必死で見せないようにしているだけで。 「…譲るか」 日当たりの良い場所なら探せばまだある。 あの暴君がこんなに子供の表情を晒せる場所を、先に見つけたからと言って奪うのは忍びない。 諏佐は青峰に背を向けた。 給水塔を降りて屋上の入り口へ迷うことなく歩んでいく。 ぱたり、閉まった扉の音を聞いて、青峰はうっすらと瞼を持ち上げる。 回っている春の太陽が心地好く目に飛び込んで来た。 「…ッなんなんだよ」 もやもやと胸の内に広がるその感情の名前を、青峰はまだ知らない。
雨の中にただ佇んで
それを見つけたのは偶然としか言い様がなかった。 帰り道を失った子供のように、目の前で親を轢き殺された子猫のように、 その背中は雄弁に行く宛がないと語っていた。 放っておけ、厄介だ、 エースだからと言って練習にも顔を出さない、そんな奴を気にかける必要もないだろう、 どれだけ彼が子供であったとしても、可哀想であったとしても、 それでもポジションを奪っていったライバルなのだ、それを憎むつもりはないけれど、 仲良しこよしなんてやっていられないし、 そもそも以前屋上を譲ってしまったのだって気の迷いか何かで、 そうきっと、春の陽気に惑わされたからで、 「風邪、ひくぞ」 結局無視することなど出来ずに傘を差し掛けた。 鞄に入っていたタオルを無理矢理押し付けて寮まで連れ帰る。 途中一度だけ汗くせぇ、と小さく呟かれた言葉は無視することにした。 びしょ濡れだったTシャツとハーパンを剥ぎ、代わりに自分のものを押し付ける。 気休め程度に絞り干してから振り返ると、大人しく諏佐の服に身を包んだ青峰がいた。 「何かあったのか」 聞くまでもなく分かっていた。 出れなかったインターハイ準決勝と決勝戦。 暗に込めた話したいなら話せば良い、話したくないなら話さなければ良い。 この馬鹿に伝わるかは知らないけれど。 じっと見つめてやれば青峰は居心地が悪そうに目を逸らす。 「ま、別に言いたくないなら良いけど。 ああやって雨に打たれるのは身体に悪いからやめとけよ」 ひどく偽善的な言葉だと思った。 先ほどまで放っておくつもりでいたというのに、良く回る。 そう自分に呆れつつ青峰に背を向けた。 「オレは勉強するけど。帰りたかったら傘くらい貸すから」 勝手に出て行くのだけはやめろ、とノートを開く。 返事も何もなかった。 雨の冷たさが一切の熱を奪っていったように、暴君とさえ呼ばれる少年はあまりに静かだった。 それがやっと動いたのは、そろそろ課題も終わろうかと言う時だった。 「青峰?」 「…ん」 肩甲骨の間にぐりぐりと押し付けられているのは、額だろうか。 「じっとしてろ」 命令口調であるのに何処か懇願を含んだその声に、諏佐はされるがままにすることにした。 別に、危害を加えられている訳でもあるまいし。 シャーペンを持ち直す。 雨の音がやけに耳についた。
若気の至り、かもしれない
気付いたら、壁際に追い詰められていた。 「青、峰」 目の前の男の名を呼ぶ自分の声は、あまりに情けなく聞こえた。 「好きなんだけど」 言葉に、瞳に、貫かれそうになる。 「…オレ、男だけど」 「知ってる。それでも好き」 ただあまりに真っ直ぐに飛んでくるそれに、諏佐は焼き殺される思いだった。 やめろ、やめてくれ、舌が言葉を探していた。 根本から否定するための言葉を。 喉がからからと乾く、声帯が空気を拒絶する。 どちらが本能なの分からなくなりそうだ、目眩さえしてくる。 「…勘違い、かもしれない、だろ」 震えそうになる喉に鞭打って、その言葉を吐き出す。 若さと言うのは厄介だ。 目の前にあるものがどうしても今しかないものになり得る。 それをどうしても掴みたがる。 掴むために名前を付ける。 不相応な程、大それた名前を。 「それでも良い」 その瞳の輝きが変わらないのを諏佐は何処かで分かっていたように思う。 そしてきっと、それを期待していた。 「これが勘違いだったとしても、オレは後悔なんかしねぇ。 この気持が嘘じゃねぇって言い切れる」 どうして、どうしてこうも真っ直ぐな眼差しをくれるのか。 逃げられない。 脳裏を走る言葉を殺す。 だめだ、この光に囚われてはいけない。 そう、分かっているのに。 「諏佐さんはそうじゃねぇの?」 拗ねたように、甘えるように僅かに首を傾げた青峰に、もう吐く否定の言葉などなかった。
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20130722