君の存在媚薬気味 黛葉

 あ、やばい、と声がしてすぐ後ろを歩いていた人がしゃがみこんだのは本当に突然のことだった。
「えっ何、黛サン、何事!? 目眩!? 貧血!? 眼前暗黒感!?」
「何だ最後のやつ」
「こないだ赤司が言ってた」
「………アイツ、ああいうの好きそうだよなあ…」
「って、ホントどうしたの」
「目にゴミ入った」
「………はあ」
人が結構本気で慌てたのにこれだ。思わず気の抜けた声が出る。
「お前、今ちょっと笑っただろ」
「笑ってないよ」
「じゃあ何なんだよ」
「ほっとしたかな」
全然立ち上がろうとしないのを見るに、まだ取れないのだろうけれど。
 どれ、と目を覆っている手を掴んで顔から引き剥がす。涙目だ。痛いのだろう、右目だけが不自然に潤んでいる。いつもはこれが逆なのだろうなあ、と思うとなんとなくしてやった気になった。
「い、たいんだが…」
「うん」
「何お前、そういう趣味あったの」
「ないよ!」
もう、と目を吊り上げると、その証明のためにぐいっと近付いた。
「は、やま?」
「ちょっと目、ちゃんと開けててね―――」
びっくりしたように開かれた瞳に、ああたしかに不純物が見えた。指で取るような器用な真似は出来ないが、もっとちゃんとした方法を、知っている。
 べろり。
「…ッ!?」
びくり、と肩に力が入って瞼が閉じられそうになるのを感じた。目、閉じないで、とそのままで言えば、そこでしゃべるな! と怒られる。
「ん、…ちょ、はや、ま。なに…」
やだ、と消え入りそうな声に少しだけ笑って、もうちょっとだから、とまた舌を動かした。粘膜の上を滑る音が響いて聞こえた気がして、なんとなく身体が熱くなるような気さえする。
 やだと言いながらも逃げはしないのは、信頼でもしてもらえているからだろうか。
「…はい。取れた?」
必要以上に丁寧に時間をかけてから離れると、右目の辺りだけが唾液でてらついていた。
「取れたって、何が…」
「ゴミ」
「ゴミ取るためにンなことしたのかよ」
「え、ばーちゃんに教えてもらったやり方だけど」
取れなかった? と首をかしげれば、返って来たのは不機嫌そうな、取れた、との言葉。なら良いじゃん、と今度は反対に首を傾げてみれば、もういい、とその人は立ち上がる。
「早く帰るぞ」
「時間くってたの黛サンだけど」
「うるさい」
「うるさくなーい」
先を行く背中に、なんとなく不穏な熱を読み取って、ああ、と笑う。
「ねーえ、黛サン」
「なんだ」
「続きはうち着いてからね!」
 ぶらついていた手を取って絡めれば、馬鹿じゃねーのか、との言葉を貰った。



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20151127