―――アンタのことなんか、本当は何とも思ってなんかいなかったんだ。
「上書きで特性(カゲのうすさ)は完全に持ってかれたからパスはもう使えない。一対一(ワンオンワン)なら勝てるけど、それなら控え選手で事足りる」
自分の口から出て行く言葉に嘘はない。ただの事実。何も間違いはない、だと言う、のに。
 使えないやつはコート上に要らない。洛山は王者で、それ以外は赦されない。
「交代っしょ」
 なのにどうして、何を待っているというのだろう。

絶望の淵に立たされた時、人は微かな悦びにさえ打ち拉がれる。 黛葉

 絶対の赤司が連れて来た最後のキーアイテム。自分たちはギリギリ選手という道具≠ネのであって彼にとては人間かどうかなんて関係がない。なんて言うとまるでその最後の一人、黛千尋という先輩が人間ではない何かであるようだけれど。一応人間なのだと思う、多分。
 しかしまあ実際、本当に生きているのか疑わしいほどにその存在感はないのだから、この感想は別に可笑しいものではないだろう。
「彼のこの存在感の希薄さは武器になる」
その赤司の言葉にその時はへえ、と思うだけに留めた。説明はなかったけれどもそれを疑問に思うこともしなかった。赤司ならば、意味のないことはしない。いつか、この起用の意味が分かる時が来る。
 殆ど本能のようなものだったが、その予想通りに夏過ぎには答えが分かっていた。葉山はそう賢い訳ではないという自己評価は出来ていた。ない頭を捻るのは試合中だけで充分だし、その他のチームの方針などについては赤司が考えれば良いと思っていた。赤司の考えは絶対だ。特に何も言うことがないほど完璧だった、少なくとも葉山にとっては。そういうものをキャプテンに据えたのが、洛山というチームだった。
 だから。
 赤司が連れて来たその人に、そう大して思うことは本当のところなかった。
「黛サンっ」
目についたら話しかけるようにしていたのは自分がその存在感になれるためもあったけれど、殆ど習慣のようなものだった。
 この、チームプレーなんてないようなチームで。自分の役目というのが橋渡しという方向に傾いていることは自覚していた。それと同時に、此処ではそんなものそう重要でないとも思っていた。個々の力があれば、チームプレーなんてものはそのうちついてくる。個人プレーというのはただの我が侭でも独裁でもない、チームが勝利出来るように振る舞うことだ。個々がそれをしていれば、自然とチームプレーなんてものは出来上がるし、もしも上手くいかないとしても赤司が調整をする。
 そういう場所だった、だから葉山自身もそう重要視していた訳ではないが、やはり黛というのは少し違った。赤司のような絶対さもない、自分たちのようなギリギリ天才に喰らい付くような力もない。憐れみというやつだと思っていた。たった一人の裁量で唐突に猛獣の檻に放り込まれた、一般人。一人では何も出来ない、べったりとした意味でのチームプレーを必要とする人。
―――だから。
あの瞬間自分の中に湧いて来たこの感情が一体全体何なのか、分からなかった。
 洛山は。
 このチームは。
 赤司さえいれば回る。黛なんていう一番小さくて脆くて、いくらでも替えの効くトリックスターなんてどうなろうと、どんな動きをしようと、赤司さえいれば洛山は洛山足りうる訳で、選手としてどうしようもなくなったら他に変えれば良いと。だって洛山は強豪なのだ。幾らでも試合に出たい選手がいる、血の滲むような努力を続けて、それでも報われなかった部員がいる。だから大丈夫だ、幾らでも、と、そう思っていた。
 と、言うのに。
 憐れみだけだと思っていた。可哀想に、大変だろうな、さっさと見限られてしまえば幸せだろうに。そんなことまで。なのに、なのに。早く否定してくれと、そう願った自分の心を葉山は見逃せなかった。赤司、何か思いついて、利用価値、お前なら見つけられるでしょう。
 静かに黛を見下ろす赤司を見て、ほら、と思った。ほら、赤司ならきっと、見つけると思っていた。
 そこまで思って、はた、と思考が止まる音がした。これじゃあ、まるで。
―――一緒にコートに立っていたい、みたいだ。
「洛山の勝利のために期待しているよ」
赤司の言葉に、安心したのもその所為? 信じられないという彼の表情に心が踊ったのも? 例えその先にあるのがどれほどに選手に対して残酷な仕打ちだったとしても、きっと人間として扱われていると錯覚していたその人のプライドだとか自尊心だとかそういうものを、どれだけギタギタに傷付けるものだったとしても。
 嬉しい、だなんて。
 勝つための有効活用、それが間違っているとは思わない。可哀想に思うことはあっても、憐れに思うことはあっても、それは勝利とは関係のないところにある感情で、洛山というのはそういうチームなのだから。
 頭にのぼっていた血が戻ったあと、ふいにその人と目が合った。
「…やっと、オレを見たな」
いつだって力のなかった瞳がきらり、と光った気がした。



6月7日は黛葉の日!



20151127