今桜
ほら、今、君のもとへと舞い降りる。 ヴァイローチャナ・プシュケー
*桜井くんが人外 「桜井が卒業するときは、一番に迎えに来たる」 そう優しくも寂しそうな瞳が告げた、春の終わりのこと。 「…待っています」 同じような瞳で桜井も返す。 「…名前で、呼んでも良えか?」 「…はい」 「…りょう」 「はい」 ふわり、包まれて。 「すきや」 あたたかいな、と思った。 これが、人間の、桜井良という人間の愛した人間の温度だ。 そっと瞳を閉じる。 これで最後であろう抱擁を、その身に焼き付けるかのように。 「…僕も、すきです」 桐皇学園の中庭にぽつりと立つ桜の木を、切ろうという話が出たのは去年の今頃のことだった。 部活動に力を入れるこの学校は、その木を切ってスペースを確保して、 新しく部室塔を建てようとしているらしかった。 ならば、と願ったのはたった一つだけ。 神様の悪戯か悪魔の奇跡かは知らないが、 温度を持ったその身体は焦がれるその人に触れられるようになった。 「今吉サン」 「なんや?桜井」 その耳に滑り込むことのなった声で、囀ることができるようになった。 それだけで充分だったはずなのに。 「桜井」 「何でしょう」 「さくらい、すきや」 祈るように紡がれた言葉は桜井の頭のてっぺんから足の指の先までを包み込む。 ああ、これが幸せというんだな、とぼんやり思う頭で、 「…僕もです。僕もすきです」 詰まりそうな喉で、やっとのことで出て来た言葉は、 あまりに捻りがなく平坦で、それでいて一番のものだった。 もうこれ以上望むものなどないように思えた。 なのに。 僕はいなくなってしまうんです、 貴方を置いていってしまうんです、そう声高に叫びたい。 ごめんなさい、貴方を一人にしてしまうんです、そう謝りたい。 けれど、それをしてどうなるというのだ。 この残酷で無慈悲な運命は、紛れもなく桜井自身が掴み取ったもの。 桜井良という人間の記憶は全てから消えてしまう。 それが、たった一年の奇跡を叶えるための代償の一つ。 「…さよなら、翔一さん」 さいごの呼ぶことを赦されたその名が、貴方に届きますように。
流れていくのは涙かな、それとも愛?
「ご卒業おめでとうございました」 「ございましたって言うのも何か可笑しいな」 「僕もそう思います」 見据える。 「あの日は、言えなかったので」 新しくなった桐皇が新入生を迎える日、この人は何故だかやってきた。 「それもそやな」 桜井おらんかったもんな、と今吉が笑う。 その通りだ。 桜井はその日、卒業式後の三年生を送る会のような小さな催しから逃げ出した。 ご卒業おめでとうございます。 その一言が、いやに喉にひっかかってたまらなく、 学校中の水道という水道でうがいして回ったのは記憶に新しい。 体育館を見下ろせる窓から、三年生が出て行くのを確認してから戻ると、 桃井にやたらと心配されてしまって、悪いことをしたとは思っていた。 「…なぁ、何であの日いなかったん?」 桃井も心配してたで、と続けられれば返す言葉が見つからなくなる。 何か嘘でも吐いてやり過ごせれば良いのだが、目の前の人はそういうことを赦さない人だ。 その目は、全てを見透かすかのようで、少しだけ居心地が悪い。 「…秘密、です」 だから、嘘ではない言葉を選ぶ。 全てを隠す言葉を選ぶ。 「秘密、かぁ」 少しだけ、眉尻を下げて微笑むその表情を見た瞬間、ぱちり、と頭の中で音がした。 タイミングを見計らったかのように、若松の集合、という声が掛かる。 「…じゃあ、僕行きます、ね」 「ああ。頑張りぃ」 背を向けて走り出す。 気付いてしまったこの事実は、どうしても言えやしないと、 でもそれと同時に、殺してしまうのも無理なのだと、そう分かっていた。
(ああ、そっか、知らないうちにこんなにも、)
*微ホラー *参考:「蟲師」残り紅 *image song「影踏みエトランゼ」初音ミク(Substreet) *桜井くん人外風味 あくまで風味 ごぽり、ごぽり、自由にならないこの鰭の所為で沈んでいく。 さよなら、さよなら、涙で息が出来なくなるよ。 その後ろを歩いていたのはわざとだ。 夕暮れ、紅く染まる帰り道。 影は進行方向に伸びている、踏む可能性は限りなく低い。 「さくらい?」 「何ですか、今吉サン」 「何で隣歩いてくれへんの?」 ワシら仮にも恋人やん、と眉根を下げてこちらを振り返る。 「えっと…まだ、恥ずかしいので…スイマセン」 真似して眉根を下げてみた。 「そか」 「それに、ボク、今吉サンの背中、見るの好きなんです」 「それならしゃあないな」 また前を向く。 その背中を見つめる。 警鐘の鳴り響く脳内。 渇いて堪らない喉。 それでも駄目だ、駄目だと抑制する。 息を押し込めて、耳を塞いで、ぎゅっと瞑った目に光は映らない。 このまま、このままでいられたら。
影踏み優勝者
診断メーカー 4×9の日
20130411