三月うさぎの巧妙な罠:今諏佐
*諏佐さんと今吉さんが同じクラス設定
*桐皇学園文化祭は六月くらい
「文化祭で我がクラスはバニー喫茶をやります」
思えばそもそもの発端はこの文化祭実行委員の言葉だった。
二日間ある桐皇学園文化祭では一日目はクラスメイン、
二日目は部活動メインと大まかに決まっている。
高校生とは大体がお祭りが好きな生き物である。
今吉と諏佐のクラスもそれは例外ではなく、
諏佐が午後の春の陽気に身を委ねている間に、クラスの出し物は決まっていた。
それに関しては何も言わない、うつらうつらしていた自分が悪いのだから。
それに、少し羽目を外すくらい、高校生なのだから楽しみだとは思っていた。
その時点では諏佐もうさぎに扮するくらいだろうと思っていたのだが、
今吉を筆頭に計画、もとい悪巧みをし始めた文化祭実行委員たちが、
そんな可愛らしい企画で収まるはずがなかった。
今吉を止めなかった諏佐にも非はあると言えるだろうか。
このクラスで今吉を止められるのは、実質諏佐だけなのだから。
しかし、こんな仕打ちをされて、自分にも非があると言える程諏佐は大人ではない。
「すさぁー似合うとるでー」
「黙れ。今吉黙れ」
文化祭当日、朝。
カチューシャから生えた黒いうさぎの耳。
垂れているそれはロップイヤーをイメージしたのだろう。
諏佐のはワシが選んだんやで〜とまとわりついてくる眼鏡のことなど無視したい。
何処から調達してきたのか、190pの諏佐もちゃんと着られるような燕尾服。
そしてちょこん、と臀部に括りつけられた丸くてふわふわしたもの。
黒いそれは目立ちはしないが、誰がどう見てもうさぎの尻尾である。
正直恥ずかしい、恥ずかしい以外のなにものでもない。
燕尾服とうさ耳のミスマッチさがまた余計に恥ずかしい。
「良えやん。ほんまのことなんやから」
対する今吉は白いうさぎの耳にメイド服。
スカート丈の長い正統派メイドなのはそのガタイの良さを誤魔化すためだろうか。
こちらはやたらと似合っているように見えるのだから尚悪い。
「ほら、もうホール出な」
「行きたくねぇ…」
そうは言っても既に決められた役割である。
今、諏佐が駄々をこねたら困る人が出て来るのが分かりきっている。
「そうも言うてられんやろ」
「…分かってる」
「頑張ってよね!稼ぎ頭!」
元気な文化祭実行委員もとい今吉の共犯者の声に押されて、
今吉はうきうきと、諏佐は渋々とホールに出て行ったのであった。
「…つっかれた…」
誰もいない更衣室。
今吉と諏佐の二人は伸びていた。
本来ならば諏佐も今吉も午前中だけの予定だったのだが、
二人目当てにやって来る客があまりにも多くて抜けるタイミングを逃し、
結局最後までほぼ休憩なしで捌ききることとなったのだ。
おかげでこちらは着替える気力も残っていない。
恥ずかしくてたまらなかった耳も、一日中人の目線に晒されたこともあって、
今は疲労を優先させるだけになっていた。
慣れって怖い。
簡易パイプ椅子に座り伸びている二人に、
クラスメイトたちは感謝と労いの言葉をかけて片付けに向かっていった。
「今吉くんも諏佐くんもお疲れさま!」
「衣装は今度返してくれたら良いからー」
「片付けはやっとくよ」
がやがやとクラスメイトたちの声が遠ざかって、二人きりになる。
夕日に照らされた更衣室は、ひどく静かに思えた。
「おつかれ、諏佐」
「今吉こそ、おつかれ」
互いに労いの言葉を掛けた後は話すことがなくなる。
バスケ部に出し物の予定はなく、今この疲労を優先させても困ることはない。
なぁ、と沈黙を破ったのは今吉だった。
「諏佐はうさぎにどういうイメージ抱いてるん?」
「は?」
「だーかーらー。うさぎ。どういうイメージなん?」
その問いに諏佐は少し考え込む。
「ありきたりだけど…寂しいと死ぬとか、目が赤い、とか?」
がば、と今吉が仰け反った。
座っていた椅子がぎちり、と悲鳴を上げる。
それでも前足が浮いただけに留まったのは、それすらも計算だったからか。
「ないわー。
諏佐はうさぎを分かっとらん」
失望した、とでも言いたげな今吉。
「じゃあ何なら正解なんだよ」
「そうやなぁ」
ゆらり、今吉が立ち上がる。
まだ椅子に座ったままの諏佐は自然と見上げる形になった。
悪どい表情に身をこわばらせるも、接客で疲れた脳がなかなか正しい判断を叩き出さない。
「うさぎってのはな、性欲がめっちゃ強いんねん」
「は?」
「小屋ン中に雌放り込んだらヤり殺されたりな、
雄しかおらんかったら決闘して、敗けた方が女役して、やっぱりヤり殺されたり」
「そ、うなのか」
知らなかったよ、そう言いつつ立ち上がろうとする諏佐の肩をを今吉が抑える。
椅子に座った人間は、前に身体を倒さなければ立ち上がれない。
小さい頃テレビ仕入れたそんな知識を、何も今体験したくなかった。
開いていた脚の間の僅かなスペースに今吉の膝が差し込まれる。
寄せられた身体から感じる、その服装に不似合いな熱と硬さに身動ぎした。
「今、吉」
「なんや?」
「お前、」
「良えやん」
誰も来ぉへんよ。
とろけそうな声が耳元に流し込まれる。
垂れたその偽物の耳をゆっくり撫ぜられて、
感覚がないはずのそれにふるり、と瞼を震えたのが、諏佐にも嫌と言う程分かっていた。
「ちゃんと死ぬまで手放さんから安心しぃ」
それがうさぎって面かよ。
完全に肉食動物じゃねーか。
言葉は、飲まれた。
(真夜中の諏佐イプの産物)
20130208