ホップステップで踊ろうか:今古
かちり。
「今吉さん」
日付が変わったのを確認して、隣で突っ伏している人に声を掛けた。
ううん?と寝ぼけたような声が返って来る。
ここが何処かと言うと、都内のとある居酒屋だ。
何の因果か大学へ上がっても何故か親交(という名の一方的な誂いである)は途絶えず、
二十歳を過ぎた今、一緒に酒を飲むまでになっている。
「なーに、ふるはしクン」
ふわり、とした口調でその人は頭をもたげた。
重たそうだ、と思う。
顔が火照っている所為で、いつもよりも楽しげにまで見える。
「誕生日、おめでとうございます」
「なんー、おぼえててくれたんやね」
ふわふわとしたまま、ふるはしクンは良え子やなあ、なんてこちらの頭を撫ぜてきた。
完全に酔っ払っているらしい。
これなら大丈夫だ。頭の隅でそんなことを思ってから、小さく息を吸う。
「それで、」
予め決めていた台詞がするすると零れていった。
「何か、欲しいものはありますか」
「えー、プレゼントまでくれるん?」
「そのつもりです」
ぱちり、と細い目が驚きに瞬かれる。
しかし深くは言及せずに、そうかあ、とまた笑う。
「なんでもええ?」
「どうぞ」
「じゃ、これ」
次の動作は、指差しなどではなく、自らのポケットを探ってからの差し出しだった。
「あの、何ですかこれは」
「何って、鍵」
「それは見れば分かりますが」
彼の取り出したそれには見覚えがある。
こうして外で飲むことは珍しいことではなく、
非常に情けない話だが、この男の口車に乗せられて潰れたことは二度や三度ではない。
その度に潰した責任があるからと、古橋を連れ帰ったのはこの元凶だ。
二日酔いでぐったりとする古橋にベッドを譲って、
そうして授業あるから、と鍵を置いて出て行く。
鍵はポストにでも入れといてえな、なんて付け足して。
そういう訳で、何度もお世話になっている鍵だ。
「なんかくれる言うたやろ」
「ですから、」
「古橋クンがワシの部屋の合鍵を貰って“くれる”。なーんも間違っとらんやろ?」
小学生か。思わず舌打ちをしそうになった。
日本語というのは確かに面倒で、
こんな謎かけのような言葉遊びも可能だが、そんなことを言って許されるのは小学生までだろう。
反論のために開こうとした口は、くてん、と傾げられた小首に黙殺された。
「なんでもええ言うたやん」
今度は抑えられなかった。
盛大な舌打ちが二人の間に響き渡る。
「なぁ、古橋クン」
その頬はやはり火照っていて確実に酔っているはずなのに、
「まさか前言撤回なんて、せえへんよなあ?」
いつもより、厄介そうに見える、なんて。
酒だ、酒の所為だ。
古橋は思う、自分に言い訳をするように胸の内で繰り返す。
酒の所為なのだ。誕生日を祝ってやろうなんて気になったのも、言葉まで用意したのも、
それを言うために邪魔になるであろう理性を緩めるため、
いつもよりもハイスピードで飲んだのも、小学生のような屁理屈に納得してしまったのも、
“なんでも”なんて失言をしたのも。
「…分かりました」
ずっと差し出されていた手に、自分の手を重ねる。
血色のよくなったてのひらに、銀色の鍵の冷たさが気持ちよかった。
image song「ワールズエンド・ダンスホール」初音ミク・巡音ルカ(wowaka)
今吉生誕祭!
20140606