鎖:蟷七



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じっと、深淵の色をした瞳がこちらを見つめてくる。
噛みなさい、と言われた爪を噛んで、口の中はずたぼろだった。
このまま脳幹を貫かれて死ぬのだろう、そう思った矢先、爪がすうっと引かれていく。
「私…」
中途半端に開いた口の中で、唾液と血が混ざっていく。
それを飲み込んでいるような趣味も余裕もない。
「私、貴方に恋をしてしまったようです」

恋。
あまりにやわらかなその言葉に思わず蟷螂は瞠目する。
殺し殺されの寸前というこの状況に、それはあまりに不似合いに思えた。
「脚の腱を切ってしまいましょうか?」
すっと七実がその手をおろし、蟷螂の踵へとその爪を沿わせる。
「そうすればもう忍としては生きていけませんし、私も貴方の逃亡を懸念しなくてすみます」
ぞっとするようなことを、その少女はまるで夢でも語るように言ってみせた。
その色の悪い頬に、微かな紅を乗せて。

距離が空いた分、今なら逃げられるのでは、と何処かで囁く声がした。
けれど、と恐怖で冷え切った脳髄が冷静に首を振る。
今逃亡の意志を見せたら、殺されるだけだ。
自分だけじゃない、まだこの島にいる蝶々や蜜蜂までも。

自分だけだったのなら、最後の最後まで足掻くのも悪くないと思えた。
最後まで足掻いて華々しくもしくは惨たらしく死ぬのもまた、忍びとして悪くはないだろう。
しかし、仲間が背中にいる状態で、そんな真似は出来なかった。

そして、それだけではない。
「さあ、どうします?」
彼女の、終わりの色をした深淵に、魅入られてしまったから。



(結局二人はしあわせにくらしました) (めでたしめでたし)
20141204