甘美な効能:蜜蟷



今日は蜂蜜の日なんですって。

そう言って蟷螂の部屋にやって来た蜜蜂の手の中には小瓶があった。
「生蜂蜜です」
珍しいでしょう、と蜜蜂は言う。
ああ、と蟷螂は頷いて目を瞬かせた。

通常、蜂蜜は日持ちさせるために火を通してから売られている。
生のままでも使えないことはないが、それでもそれが流通するのは珍しい。
火を通したものさえ高価なそれが、何故蜜蜂の手の中にあるのか疑問に思ったが、
護衛任務の際に対象の少女にその見てくれが気に入られ、
丁度町に出て来ていた行商の売るその高価な品を贈られたのだと言う。

なるほど、と蟷螂は頷いた。
若くてやわらかな顔つきをした蜜蜂は良く依頼人に気に入られる。
「毒見は済んでますし、
蝶々さんと三人で食べようと思ってたんですけど、蝶々さんは見当たらなくて…。
日持ちするものじゃあないので、二人で食べちゃいましょう」
火の通ったものであれば医療班に回す貴重な薬ではあるが、
生であっては保管がきかない以上、普通に食べる以外に選択肢はない。

滅多に口に出来ない高級品に、蟷螂の頬にも自然と笑みが乗った。



その長い指がとろりとした粘体を掬う。
さあ、と差し出されるそれを蟷螂は戸惑いを含んだ目線で以って制す。
否、正しくは制そうとした。
「蜜蜂」
何も指でなくとも、そもそも匙というものが存在するのだから。
そう諌めようとした言葉も、期待を含んだ蕩けるような視線に絡め取られる。

蟷螂さん、とその声で蜜蜂は呼ぶ。
「早くしないと畳が汚れてしまいます」
視線と同じような声で。
そんなものが鼓膜を揺すぶってしまえば、基本的に蜜蜂に甘い蟷螂に、拒否権などないも同然だ。

口を開け、舌を出してその指に纏わり付く粘体を舐め取る。
「…ん」
舌を動かすという作業の所為で漏れる息が、なんとなく情事中のそれを思わせていたたまれない。
「蟷螂さん、美味しいですか?」
「…ああ」
味だけに意識を集中すれば、濃厚だが上品な甘みが舌先からじん、と広がっていくのが分かった。
美味い。
純粋にそうは思うものの、その集中がそう長く続く訳もなく。
妙に速くなる鼓動に気付かないふりをしながら、
擽ったいのか時折笑い声を上げる蜜蜂を上目で伺いつつ、味が消えたところで口を離す。
「ぽかぽかしてきたでしょう?」
これはぽかぽかなんていう可愛らしいものというよりかは、
火照っているという方が正しいのではないかと思うには思うのだが。
残念ながら無邪気な顔でこちらを見遣るこの男にあくまでも今この瞬間は、
そういった含むところはないようなので、ため息をひとつ吐くだけに抑えた。
あくまでも今のこの瞬間は―――という話ではあるが。
「…ああ」
「生蜂蜜には疲労回復の効能もありますからね」
にこにことしていたその笑顔の質が変わるのは一瞬だ。
「知ってます?蜜蜂って多産なんですよ」
それにあやかるというのもきっとあるんでしょうが、と蜜蜂は続ける。
「誰が考えたかは知りませんが、
蜂蜜に黒胡椒、それと曼陀羅華を加えると、滋養強壮に効果のある薬になるんだそうです」
蜂蜜は此処にありますし、黒胡椒は厨房にありますし、
曼陀羅華も医療班に言えば譲ってもらえるでしょう。
ね、と下から覗きこむようにして、蜜蜂が小首を傾げる。

ためして、みませんか。

甘えを含んだその囁きに、首を振るのはひどく痴鈍な行いのような気がした。



(はちみつの日)
20130803