蟷螂さんの攻防:鳳蟷
「…なんだ鳳凰」
蟷螂はじっと十数センチ上のその顔を見上げた。
後ろは壁、顔の両側には鳳凰の手、閉じ込められた状態、つまり所謂壁ドン。
いつもは閉じているようにしか見えないその目が、
今はうっすら開かれていて、居心地の悪さに拍車をかけている。
「さて、何だろうな」
鳳凰はそうやって意地の悪そうな笑みを浮かべると、そっと右手を壁から離した。
そのまま、行き場なく宙を彷徨っていた蟷螂の左手首を掴む。
クーラーのかかっている生徒会室は涼しい気温を提供していた。
真夏であろうとセーターを着込んでいる蟷螂でもひんやりと感じる程に。
その中で、鳳凰に掴まれている手首だけがひどく熱い。
「…離せ」
その熱さは不愉快だ。
真夏ということもままあるが、元来蟷螂はこの男の名を表すような高温があまり好きではない。
蟷螂自身も恋人である七実も、その妹のこなゆきも、更に言えば喰鮫も。
蟷螂の周りにいる人間は総じて低体温だったのだ、だから、余計に。
「離れたら目的が達成出来ないではないか」
「目的、とは」
しかし、特に振り払うこともせずにまた見上げる。
変わらずにこちらを見つめていた鳳凰は少し笑みを漏らすと、その形の良い唇を美しく歪めた。
「あまりに蟷螂が服を脱ぎたがらないからな。
ならば脱がざるを得なくなるような状況に置いてみようかと思ったのだ」
眉を寄せる。
脱がざるを得なくなるような状況、という言葉とこの状態から、
それが導き出せない程鈍くはない。
「…人鳥が悲しむぞ」
「人鳥も蟷螂の秘密が気になると言っていたから問題ない」
人鳥ならばそれくらい無邪気に言ってしまいそうで否定が出来ない。
このカップルは何処か可笑しいのだ、蟷螂も人のことなど言えないとは思うが。
だが、だからと言って鳳凰の言うままにさせるつもりもなかった。
とは言え、蟷螂自身が何かするよりも、鳳凰が自ら退いてくれた方が労力は少ない。
そんなことを考えながらぼんやりと鳳凰を見上げたままでいると、
「…しかし」
こちらを射抜く視線がすっと冷えたような気がした。
「面白いほどに抵抗しないのだな」
ずい、と距離が縮められる。
相手の吐息が分かるような、鼻と鼻が触れ合い、ともすればそのまま唇さえ触れ合うような。
思わず一歩下がろうとしてしまう。
だが、蟷螂の後ろには壁しかなく、僅かに後頭部や踵が壁との密着度を上げただけだった。
「我一人ならばどうにかなるのではなかったのか?」
ぎり、と手首を掴む手に力が込められる。
何を、怒っているのか。
目の前の冷え冷えとした表情をただ見つめながら蟷螂は思う。
本当はこんな状況、すぐに抜け出せてしまう。
以前はギリ、と言ったものの鳳凰一人くらいならば余裕だろう。
そこまで鈍ってはいない。
それでも特に何の動きも見せないのは、
先ほど言ったように鳳凰が自ら退いた方が労力が少なく済むのと。
そこまで思ってふい、と顔を逸らした。
「蟷螂?」
「いや、その」
「どうにかなるのではなかったのか?」
「どうにか、は、まぁ、なるが」
浮かんだその言葉は確かに理由だ。
「蟷螂」
「ッ」
耳元で囁かれる。
ぞくり、と這い上がってきた悪寒にもう一周、視線を彷徨わせて、
「…鳳凰は、ともだち、だからな」
言ってからぶわり、と耳が熱くなるのを感じた。
ともだち。
こそばゆい言葉だと思った。
けれど、それだから、最後まで我慢が出来る。
本当に危害が加えられるまで、黙っていることが出来る。
「ともだちだから、ギリギリまでは大人しくしていたい…し、
出来ればともだちに暴力はふるいたくはない」
だから離れてくれるか、と繰り返せば、納得がいかない、という顔をされた。
「…喰鮫にはふるってなかったか」
「あれに関してのみあれは暴力ではない、スキンシップだ」
間髪入れずに返す。
もっと言うならば喰鮫とは従兄弟であり、物心ついた頃から一緒にいたのだ。
ともだち、そう表現するにはあまりにも家族に近い。
はぁ、と頭上でため息を吐かれた。
呆れたと言わんばかりの表情で鳳凰が手を放す。
「興が削がれた」
「そうか」
それは良かった、と笑ってやると拗ねたような顔で睨まれた。
「我はもう行く」
人鳥と約束があるのだ、と扉へと向かっていく。
「まだいるなら戸締りは頼んだぞ」
「ああ、任せろ」
冷気を保つためだろう、
しっかりとその扉が閉められると、無意識に掴まれていたところをさする。
まだ、熱さが残っていた。
20130820