すきときらい Hいず 筑紫いずみは突如として目の前に現れた双子の兄―――と彼女は思っていないのだが、双子の兄であるらしい、Hが嫌いだ。どのくらいかと言うと、 「ゲッ」 「ゲッ、とは失礼だね」 所謂好き≠フ範疇には入れておけないくらい。 曖昧ではあるが、そもそもいずみの中にはそう好き嫌いというものが存在する訳ではなく、その基準はただ一人の人間に依って形成されているのだが、まあその話は長くなるので省くとして。そんな曖昧なラインにも関わらず彼が弾かれるのは、ひとえに彼の行動にあるのだろう。 そのいち。 「ねえ、いずみ」 ぬっと後ろから降って来た声にいずみが声を上げるなんてことはしないけれど。 「………気配、それデ消してルつもりなノ?」 「うん」 「意味なイと思うヨ」 というか、確実にいずみにとっては無意味なものなのだが、Hはにこにこと笑うだけでそれをやめはしない。 「分かるなら良いじゃん」 それが彼の言い分であるが、気配を消して近付かれることを、それが日常となっていないものにされるというのは、それはそれで心象が悪い。 そのに。 がしっと手を掴ませるのも、それを簡単に振り払う術を知っているからだ。 「いずみ…」 真剣な声色。 「何」 だがしかし、それこういうのは真面にとりあってはいけない。 「………」 その証拠に、暫くいずみを無駄に引き止めた結果、にい、とその唇の端をつり上げたかと思うと、 「何でもない」 そう言って去っていくのだ。こっちだって仕事があるのに、こういう行動は正直勘弁して欲しいのが本音である。 そのさん。 しゅるり、と包帯の解かれる音がして、いずみはため息を吐いた。涼水をエンドローズへと行かせておいてよかった、と思う。これ≠ヘいずみには効かないが、確実に涼水には効くだろうから。 「いずみ、」 手が伸びてくる。避けるのは無駄に体力を使うだけと知ったので、最近では好きにさせていた。背中に感じる体温。天使という種族にも体温があると知ったのは、この男の所為だった。 くすくすと笑いながら、Hは言う。 「どうして逃げないの?」 黙っていると腕の力が強まる。 「僕の好きにして良いの?」 好きってなんだ好きって。流石にツッコミはしないが、じゃあ離してよ、と言ってみることにした。ちなみに今いずみは読書の最中である。正直肩が重いと邪魔だ。 「ねーえ、いずみ。そういうのはさあ、抵抗くらいしてみてから言ったらどう?」 「抵抗したラ離しテくれるノ?」 「…君、くれる≠ニか言うんだ」 「だっテ邪魔だシ」 ぱらり、とページを捲る。 ふうん、とHは呟いて、すっとその頭の位置を下げてきた。 「あのさ、」 れろ、と首筋を這うものが何なのか、分からないほど愚鈍ではないけれど。 「僕に離す気がないことも、分かってそれ、言ってるんだよね?」 「そろそロいい加減にしテくれなイ?」 「感じた?」 「まさカ」 わがままで、何も知らなくて、愚鈍で、俺様で、本当に同じ血を分けているのかと疑いたくもなるけれど、困ったことに、嫌い≠フ範疇まで飛んでいかないのは。 「いずみ、僕は君をどうこう、なんて本当は考えていない」 「分かってル」 「ひどい目に合わせたい訳でもないし、でも双子の妹で、家のためにはそうした方が良いことも、君の力のことを考えたら連れ戻した方が良いことも、考えてはいる」 「それニ、関してハ…」 「ただ、」 瞼の伏せられる音。 「傍にいると、安心するんだ」 落ち着いた声だな、と思う。子供が母親に縋るような、というのはこういうことを言うのだろうか。いずみは知らない。そんな存在を、知らない。 「しょうがないナ」 耳元で囁かれてもまた、ページを捲る。 「傍にいル、だけナラ」 20160328 |