オータム・グリーン:凜草



何もない夜のことです



するり、と髪ゴムが外された。
「なーに、凜」
「ん、なんとなく…」
手櫛のつもりだろう指がするすると髪を整えて行く。
やさしいそれは心地よかった。
そのまま寄りかかる。
「草希」
「なーに」
「これだと髪の毛梳けない」
ちょっとばかりむくれてみせたのだろうか、その表情は背中なので見えはしないけれど。
「何、凜って私の髪好きだったっけ」
「髪も好きだよ」

いつも大人びて見える凜がぽろりと零す、無防備な言葉がたまらなく胸を擽って行った。



(髪の毛)
寒い秋にはお腹からあたたまりましょう あれが食べたい。 そんな声に顔を上げれば凜はじっとテレビ画面を見ていた。 その視線を辿っていった草希の目にも、凜の見ていたものが映る。 「シチュー?」 「シチューだけじゃなくて、かぼちゃご飯も食べたい」 どうやらシチューのルーのCMだったらしい。 母親と子供が白い台所に立って料理をしていた。 完成品は白いシチューの真ん中にかぼちゃに見立てた丸いご飯が鎮座していて、 なるほど可愛いもの好きの凜にはたまらない一品かもしれない。 「作れば」 「自分で作りたい訳じゃないし」 凜のはちみつ色をした瞳がちらり、と草希を見る。 その反応に小さくため息を吐いて、立ち上がった。 「…味は保証出来ないよ?」 「鹿驚よりマシでしょ」 「鹿驚と比べないでよ、あれ消し炭じゃん」 消し炭がつぼに入ったのかクッションを抱えて笑い出す凜の頭を撫でる。 「あと私小麦粉から作らないからね。市販のルーだからね」 「充分だよ」 えへへ、と嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑まれては、頑張らない訳にはいかなかった。
(シチュー)
遅れてきた青春 じゃーんけんぽん、で草希が出したのはパーだった。 丁度対面にいた凜もパーだった。 その他の面子はきれいにみんなチョキを出していて、 そういう訳でいつもの集まりの買い出し組は草希と凜に決まったのである。 買い出し押し付けちゃってすみません、と本当に申し訳なさそうに涼水に送り出されて、 もう暗くなった外へと踏み出す。 買い物メモは一応二人で持って帰って来れる量として考慮はされているらしい。 若干の気遣いが見られる。 まだ秋とは言え、陽が落ちてしまえばひどく寒い。 そんな空気に鼻孔をくすぐられたのか、草希がくしゅん、とくしゃみをすれば、 ねえ、と凜が声を上げた。 「寄ってかない?」 指差されたのはコンビニである。 コンビニでホッカイロでも買おうと言うのだろうか、 と首を傾げてみせた草希に構うことなく、凜はさっさと店内へ入っていく。 買い物だけで帰るのだから、ホッカイロなんて勿体ない、 と思いつつ一瞬でも冷たい空気から逃れたい草希はそれについていった。 凜は日用品コーナーではなく、真っ直ぐにレジへと向かう。 「すみません、あんまん一つ」 レジの横の温蔵庫を見て、ああなるほど、と思う。 あんまんなら既に温まっている、お腹に入れてしまえば勿体ないということもない。 凜の後ろでレジについて、同じようにあんまんを買おうと店員に話しかけようとしたところで、 「ほら、草希、行こ」 と凜にずるずる引きずられた。 「え、凜、あんまん」 「買ったじゃん」 「何、奢り?」 「奢りだけどね。一個食べちゃったら今からいろいろ買うやつ入らないでしょ」 すずちゃんの料理だってあるんだよ、と言われて確かに、と頷く。 「だから、ほら」 がさがさと袋から出されたあんまんが、秋にふわりと湯気を紛れさせていった。 「はんぶんこ」 グラシン紙がついたままの片側が押し付けられる。 「スーパー着くまでに食べちゃお」 そう言って歩き出したその背中に。 なんだかとてもときめいたなんてきっと全部秋という季節の所為なのだ。
(あんまん)
かぼちゃ中毒 仕事が終わって黎明堂にやって来た凜はひどく機嫌が悪かった。 その所為か、家主であるいずみも台所を任されている涼水も追い出して、 一人持って来た大量のかぼちゃと共に台所にこもってしまっている。 聞こえる物音から恐らく料理をしているのだろうが、 一言も発しない凜というのがこれほどまで怖いというのを草希は初めて知ったような気がした。 「まァ、気が済んだラ出てくるデショ」 夕飯の片付けをする涼水の周りをうろうろしていたいずみは呑気なものである。 「いやでも、まだ片付けすんでないのに…」 「凜がやるヨ」 追い出したんだしそれくらい、と続けるちびっ子に頭を抱える涼水。 涼水の方が少々困り顔はしているものの、この二人はいつも通りである。 では、草希は。 ぎゅっと手を握った。 少し、冷たくなっている気がする。 「だいじょーぶだヨ」 ぽん、と背中が叩かれた。 「アレ、凜のストレス解消法だカラ」 「ストレス解消法?」 草希の代わりに質問をしてくれるのは涼水である。 「ソ。延々と料理トカお菓子トカ作り続けるノ」 冷蔵庫足りるかなぁ、とぼやく子供はやはり呑気そうだった。 いずみが仕事部屋へ行き、涼水も先に寝ますね、と自室へ引っ込んだあと。 時計の針が二時を指した頃に、やっと凜は台所から出て来た。 「あれ、草希起きてたの」 「アンタがこもってるから。すずちゃんの代わりにね」 心配で、と言えはしないが恐らく伝わっているだろう。 「んー…ごめんね、人の家なのに。 どうしても苛々することがあってさー…ストレス解消に一番良いの、 無心で料理してることなんだよね」 成功とか、失敗とか関係なく。 毒気が抜けたようないつもの顔を頭を掻く凜に、草希はほっと息を吐いた。 「冷蔵庫に入らなかった分結構あるんだけど、どうしよっか」 「どうしようって、いつもどうしてるの」 「食べて貰ってる」 「じゃあ今回もそうすれば」 「食べてくれんの?」 「食べてやるわよ」 「ウチの苛立ちとか不満とかいっぱい詰まってるけど、それでも?」 笑う。 「勿論」 この料理人のことだから、 どうせそんなものよりも愛やらそういうものの方が入っているに決まっているのだ。
(ハロウィン)
20141106