その月のような髪も、血のような瞳も、全部、独り占めしたいと願ってる。 人間になるということ 27× ぼそり、と独り言でも言うように上から与えられた名を呟けば、何だ、と返って来るのは幼いけれども落ち着いた声。この場所がまるで、最高の場所だとでも言うような、そんな声だった。 「………何でもない」 ぐるぐると、自分の中で渦巻く感情。No.189こと×××はため息を吐いた。最初に彼女、No.275に言った言葉は嘘ではない。ただの好奇心、結社で一番と謳われる人間がどんなものなのか、気になったから。それだけ。だから、こんなふうになるなんて、思いもしなかった。 ―――恋だ。 その言葉は知っていた、そもそもこの人間味のない結社の中にそんな人間味ある言葉を持ち込んだのは自分のはずだ。だから、それがどういうものなのか、分かっていたはずだったのに。 経験に勝るものはないと、そういうことなのか。 彼女と一緒にいると胸がいっぱいになるし、触れれば心拍数が急激に上昇することもある。このまま任務が入らなければ良いのにとも思うし、誰にも彼女を見てほしくないなんて―――特に、社長とは喋らないで欲しいなんて、そんなことを。 彼女を。 冷たい部屋の中に、閉じ込めてしまいたい、なんて。 首を振る。そんなことがしたい訳ではない。気を紛らわすように手を伸ばす。したいのは、もっと、こういう、 「ッ」 音はなかったと思う。だからきっと、それは×××の希望なのだ。 その場を飛び退いたNo.275の反応は、正直×××からしてみれば予想外だった。 「…何を、する」 部屋の隅に、でも扉の方へと飛び退いたNo.275はその紅い目を目一杯に開いて×××を見つめている。顔が心なしか青ざめているように見えるのは、やっぱり、×××の希望なのだろう。 「…ごめん、別に、脅かす気はなかった」 両手を上げてそう告げれば、あってたまるか、との声。 「嫌、だった?」 「嫌というか何というか…気持ち悪い。得体のしれない悪寒が走った」 「ほんと、ごめん」 首は、急所だ。そんなところに不用意に触れた×××に非があるだろう。何故、と思う。何故、そんなところに触れてしまったのか。もっと、背中とかでも良かっただろうに。 「………もう、しないから。こっち戻ってきてくれない?」 触れた瞬間走った、〝これだ〟という気持ちは一体何だったんだろう。そんなもの、一瞬で消えてしまったけれど。妙に何か欠けた気がしていた。三メートルも離れていないだろうに、No.275が手の届かないところへ行ってしまうような気さえする。 「…分かった」 「そこは分かったじゃなくて、うん、とかの方が良かったかな」 「これ以上注文付けられる立場か」 「すみません」 元のところへと戻ってきたNo.275が本を拾い上げる。ところどころ駄目になっているその本は社長がゴミ捨て場から拾ってきたものらしく、それもまた×××のこめかみをくすぐっていく原因になっている。その横顔が妙に真剣で、こんなに近くにいるのに、と思ってしまう。 こんなに簡単に、 位置にいるのに。 ×××が手を伸ばす。 「何だ」 「…その、」 「理由がないならその手を下ろせ」 「あの、」 「だから何だ」 「抱き締めたいなー………とか、思いまして」 何を言っているだお前は的な空気がとてもとても痛い。さっきの今では駄目かな、と手を下ろしかけた時、ぱたん、と本の閉じられる音がした。 「………ほら」 本を置いて、軽く開かれる腕は。 思わず飛び込む。 「…そんなに勢い付けるなよ」 「275なら受け止めてくれるって思ったから」 「あのなあ…」 呆れたような声がして、それで止まる。首筋に顔を埋めると、髪から何だかいい香りがするような気がした。こんなところで、普通の人間がするようなものを、彼女がする訳もない。だからきっと、これも×××の希望なのだろう。 普通の、人間みたいに。 この子がなってくれたら。 「まぁ、」 ため息。 「別に僕も、こういうのは嫌いじゃない」 その言葉に、思わず笑みが溢れるのを止められず、でも同時に何だかとても痛い気がして、抱き締める腕に力を込めた。 20160328 |