死へ向かう舟
私は死へ向かう舟に乗っていた。 「貴方、死んでしまうの」 「ええ」 岸から声を掛けられ小さく頷く。 「寂しくなるわね。どうかこれを持って行って」 その人はいつも身に着けている首飾りを私に渡した。 大切なものだといつの日か言っていたそれはやたらと暖かかった。 私が漕ぐまでもなくゆっくりと進んでいく舟は、 岸にいる人々との会話を許してくれるようだった。 たくさんの人が私との別れを惜しんでくれた、泣いてくれる人もいた。 ゆっくりと進む舟は、次第に餞別でいっぱいになっていった。 そうして舟は広い所に出る。 此処が終わりなのだと私は知っていた。 限りなく続くように見える水面(みなも)の真ん中、聳え立つ扉の前に静かに止まる。 水の上に座っている杖を持った番人が、私を見て、 次に私と共に舟に積まれている餞別たちを見た。 その番人は云う。 その餞別たちはとても価値のあるものだ。 それを渡してくれるのならば、お前を返してやろう。 考えるまでもなく、私は静かに首を振った。 これらはどれも、私を想ってくれた人が差し出してくれた大切なものなのだ。 これからを一緒に生けないのならば、どうかその旅路に添えるようにと。 どうか心だけは、添えるようにと。 それを渡すことなど出来やしない。 番人は頷いて杖を振った。 扉が静かに開く、波も立たせずに舟が再び進みだす。 何も怖いものなどなかった。
20120728