苦しい?
辛い?
でも言う術なんて、持たないくせに。

だってほら、どうせ―――なんだから。



摂氏四度



いつまでこうしているつもりだろう。
ぼんやりと白いその部屋で生活する毎日を過ごしながら、流依は考えていた。

当初の予定ならもう流依は死んでいるはずで、なのにまだ生きていて。
これで良いのだろうかと思うけれども、唯一それを責める権利のある流介はそれをしないでいる。

どうしたものか。

悩んでいるのはふりだけのような気もした。
美園流依の部分が何よりも海斗と一緒に人間として過ごすのを望んでいるのを、
誰よりも流依が一番良く分かっているし、それを叶えてやるのも流依の役目なのだ。

「退院とか、出来そう?」
「どうだろう」
そう返したのは本当に分からなかったからだ。
「今の保護者は流ちゃんだし、主治医も此処の院長もそうだし。
流ちゃんが何も言わないなら私はまだ此処にいて良いんじゃないかな」
じっとこちらを伺ってくる瞳から無理矢理目をそらす。
流介が保護者であることも、主治医であることも、この病院の院長であることも嘘ではない。
流依は此処にいるのは流介の取り計らいであって、
これ以上先のことを望むのは―――例えば普通の生活に退院して戻るとかは、
きっとないだろうと思っているけれど、そんなことを海斗に言えるはずがない。

事情を知らない海斗にそれを理解れと言うのは、あまりに酷だ。

「お前さ、」
何処か思いつめたような顔でこちらを見る海斗に、満足の行く答えなど与えてやれないだろう。
「ほんとに、大丈夫な訳?」
入院の理由も海斗には何一つ伝えていなくて。
ただ待てと言っているようなこの状況で、よく我慢していると思う。
けれどそもそものその入院というのだって、その場凌ぎの行動でしかないのだ。

美園流依が死ぬこと。

それが最終目的である流依たちのことは、海斗に知られてはいけない。

大丈夫だよと、そう言おうとした瞬間、からりと病室の扉が開く。
これにももう慣れてしまった。
顔を上げた先にはいつもの様に白衣を着た流介が立っている。
「少し、流依の時間を貰いたい。
久木くん、君は席を外してくれるかな」
優しくやわらかな笑みとは対照的な、射抜くような視線と氷のような声だった。
「…はい、分かりました」
不安と警戒を隠しもしない表情で海斗は頷くと、素直に立ち上がる。
「悪いね」
「いえ、俺は…部外者ですから」
「分かっているのなら良いんだ」
流介の言葉に海斗が拳を握りこむのが見えた。
しかし、何が起こることもなく扉が閉まる。

「どうして僕が来たのか、敏い君にはもう分かっているのかもしれないね」
「さぁ、どうかな」
シン、とした白い空間に、ひどく似合わない色をした視線だと思った。





  




20130829