そして、冒頭に戻る。
帰ってきた私を見るなり、お母さんは私をはりとばした。
それから叫んで、玄関のドアを閉めた。
カギをかける音も聞こえる。
私はふらぁっと立ち上がった。
期待は出来ないが、行き先は決めてあった。
私が向かったのは、クラスメイトの千代田美加の家だ。
彼女の家は旅館をやっていて、これまでにも何度か泊めてもらったことがある。
でも、期待は出来ない。
理由は、春がいないから。
「ごめんねー。今日、お客さん来てて、泊まる所ないんだー」
やっぱり、と私は思った。
美加のヘラリ、と笑った顔を見ながら、
「そう…ごめんね」
私も笑顔をつくった。
うまく笑えているだろうか?
「じゃーねー」
美加が手を振る。
私も手を振り返した。
「いいの?秋ちゃんでしょ?泊めてあげなくて」
美加の後ろから、美加のお母さんが声を掛ける。
「いいのよ!
お母さんも知ってるでしょ?
アイツが春を殺したのよ!!」
「……」
「ウチには、殺人者を泊まらす部屋なんてないでしょ!」
もちろん、その会話は私にも聞こえていた。
この調子だと、誰のところへ行っても無駄足になるだろう。
私は思った。
みんな、春がいたから、私を受け入れた。
春が好きだから。
春に好かれたいから。
でも、その春はもう居ない。
私が、殺してしまったのだ。
私は少し考えてから、ある場所へと向かった。
私が向かったのは、河原だった。
春と良く遊んだ場所。
私が私でいられた、唯一の場所だった。
「ふぅ」
私は軽く息を吐くと、河原に寝転がった。
思い出が頭を駆け抜ける。
楽しかった。
嬉しかった。
悲しみも、苦しみも、寂しささえも、今の私にはない。
そっと目を閉じる。
もう手も足も、動かすことが出来なかった。
不思議と、怖れはなかった。
春が大好き。
恋愛感情とは違うけど、大好き。
大好き、大好き、大好き。
身体が温まってくるような、錯覚さえ覚えた。
まぶたの裏に浮かぶのは、春だけ。
待っててね、今、そっちにいくから…。
「秋!!」
誰かの、春と似ているが春より大人びた、声がした。
閉じた時と同じように、私はそっと目を開けた。
目の前にいたのは。
「お母さん…」
今の、お母さんだった。
「ごめんね、秋。
ごめんね…」
冷え切った私を、お母さんは抱き締める。
どうしてお母さんがここにいるんだろう。
私のこと、嫌いなんでしょ?
「ごめんね、秋…。
貴方のお母さんに、貴方はとても良く似ているから、どうしても愛せなかった。
両親の愛情を独り占めにした妹を思い出すから…。
ごめんね、私のわがままだよね、こんなの」
もう、おそいよ、お母さん。
そんな想いがない訳ではなかったけれど。
抱き締められたのも、
謝られたのも、
初めてだったから。
理由を聞いたからじゃない。
同情した訳でもない。
ただこれは、私の気持ち。
「ありがとう、お母さん」
今出すことの出来る、一番大きな声で。
と言っても、きっと蚊のなくような声だろうけど。
届けば良いんだ。
これから先、お母さんが苦しまないように。
私の気持ちを聞いてもらうために。
もう一度。
「ありがとう」
私はそっと目を閉じた。
とにかく眠りたかった。
睡魔に導かれるままに、私は深い眠りへとおちて行った。
「秋―――っ!!」
お母さんが叫んで、頬に何かあたたかいものがあたったような気がした。
“さよなら”
その言葉は言わないで。
二人を包み込むように、いつのまにか雪が降り出していた。
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執筆日不明