天使の彫像
在る時代―――。 戦乱の去った平和の世の中。 日曜日。 少年は院の子供たちと共に、教会に来ていた。 「おはようございます、神父様」 にこやかな少年に、 「おはよう」 神父もにこやかに返した。 「新しく天使様の彫像が礼拝堂の方に入られたんだ。 ミサが終わったら見ていくと良いよ。 素晴らしい作品だ」 少年は目を輝かせる。 彫刻家になるのは、少年の夢だった。 顔も知らぬ父親と、同じ職業。 「はい」 にっこりと、笑った。 少年は、孤児だった。 母親は少年を命と引き替えにこの世に生み出し、父親は仕事のため、少年を棄てた。 少年はそれを恨んではいない。 「子供を棄ててでも、やり遂げたい仕事だったんですね」 彼は院の先生にそう言った。 父親が取り憑かれたその魅力を知りたい―――。 少年はそう思った。 だから今、彫刻家になるために、勉強をしている。 ミサが終わって、少年は彫像に近づく。 ―――綺麗だ。 それ以外に、表す言葉が見つからない。 微笑を浮かべた頬は、まるで、生きているよう。 ―――もしかして、 「母さん…みたいだ」 少年の口から、言葉が零れた。  キィ 不意に少年の後ろで音がした。 ふり返ると、車椅子の男性が看護婦に連れられていた。 「おはようございます」 「おはよう」 少年の挨拶に、看護婦はにこやかに返す。 「ローランさん、天使様ですよ」 看護婦は男性に話しかけた。 男性の目が天使を見上げる。 変化のない表情に、 一瞬何かがよぎったように少年は思った。 それは喜びのような、愛しさのような…。 「あなたは、彫像が好きなの?」 「えぇ。父が彫刻家だったらしいので」 「そこの院の生徒さんかしら」 「はい」 看護婦と少年が話している間も、 男性は天使を見上げていた。 「この方は…」 「何も喋ってはくれないわ。ずっと表情も変えない。でも」 看護婦は微笑むと、 「今日は少し、変わったわね。 天使様のお力かしら」 「そうかもしれません」 少年は微笑んだ。 「僕は、天使様を見て、顔も覚えてないはずの母さんを思い出したんです―――」 言葉につられるように、男性が少年を見上げた。 同じ蒼の瞳がかち合う。 「可笑しい、でしょうか」 少年も、男性を見つめた。 「可笑しくは、ない」 「!」 看護婦が驚くのが分かった。 「これは、君のお母さんをモデルにしているものだ。 思い出しても、可笑しくは、ない」 「―――」 少年は男性を見つめる。 「母さんを、知っているんですか?」 「あぁ、良く知っている」 「どんな―――人だったか、聞いても?」 「あぁ」 男性は愛おしそうに目を細め、 「この彫像を作った彫刻家に、世界一愛されていた。 とても素敵な女性だったよ。 彼女こそが天使だと思った…」 天使を見上げる。 翼を広げた天使は、少年に向けたものとは違う笑みを男性に向けた。 「君は彼女が生み出した《焔》だ」 男性の言葉は少年に吸い込まれていく。 「自信を持って、生きると良い。 自分の手の中の宝石を、壊さぬように―――」 Merci, Pere... image song「天使の彫像」Sound Horizon
20080826