20090524潮騒 僕はその日、一人で海を見ていた。 いや、言い直そう。その日「も」だ。 僕は毎日なにもすることがなくて、愛用のピンクカッターと一緒に、 砂浜にあった流木の上に、ちょこん、と腰掛けていた。 今日も海は変わらない。世界も変わらない。 潮の音の所為で、愛する友人だけが錆びていく。 だけど、その日は違った。 「僕は君を殺した―――」 そう言う男が訪ねて来たのだ。僕は男を見つめた。 「僕を、殺した?」 男は無言で頷く。 「じゃあ今の僕は何なんだ?死んだ僕が造り出した虚像とでも言うのか?」 「そうかもしれない」 「随分と曖昧な答え方をするんだな」 「だって君のことは君が決めるんだ。人生も、今の在り方も」 死んでるんだったら、人生とか関係ないと思うのだけれど。 僕の考えを見透かしたかのように、男は笑った。 嘲るような笑い方だと思ったけれど、 それは僕に向けられたものというよりは、男自身に向けられたもののように感じた。 「人生は死後も続くと、君は信じるか?」 幽霊とかの話だろうか。僕は首を傾げる。 今まで、そういうものについて考えたことはなかった。 「信じるも信じないも君次第だ」 男は続けた。 「この世界は君の思い通りになるんだから」 僕は目を見開いた。 また男は僕の思考を見透かす。 「夢だと思いたいならそう思えば良い。世界は君に応えるだろう。 ただ僕は世界が認めた侵入者(インベーダー)だ。 何度目が醒めても僕が消えることはない」 世界が僕に応えてくれるのなら、どうして僕はこの小綺麗な砂浜で、一人で居たんだろう。 僕は男を見た。 「腑に落ちないと言う顔だな」 「だって、僕はずっとここに居る」 男はまた笑った。 「僕だって、ここに居る。 君が世界に呼びかけたから、僕は世界に赦されて、ここに居る」 それじゃあまるで、僕がこの男をここへ呼んだみたいじゃあないか。 それは不本意だ、というように眉を寄せたら、男は困ったような顔をした。 「仕方ないじゃないか。これが真実なんだ」 「真実というのは、嘘の重なりで出来るものだ」 「僕が嘘を吐いていると思うかい?」 僕は男の目を見据えた。おんなじ、目。 「―――貴方が僕を殺すのは、現実に起こったことなのか? もちろん、貴方にとっての“現実”で構わない」 「現実だ」 それは偽らない答えのように思えた。 「そうか」 僕は言った。 「それならそれで良いと言ったら、貴方は怒るかな?」 微笑みすら浮かんでくる。 この夢もじきに醒めるだろう。男の言う世界は、きっともうすぐ崩れる。 僕は何故かそう知っていた。男は哀しそうな顔をした。 「―――怒らないよ。だって、君の人生だもの」 でもそれから小さく、 「でも―――」 言いかけて、止めた。 左手首の紅が、ひどく、鮮やかだった。