楽園からあいを込めて
「ササキ、イサゴ、お前たちの空が赤く染まっているよ」 その声で僕らは仕事の時間が来たことを知る。 「夜ずらさなきゃ」 ササキはそう言うと、ずるずると夜を引きずってくる。 あっという間に夜は空を覆って、地上には闇が訪れた。 よいしょ、といつものように引き上げた空はずっしりと重かった。 ば、と足元に広げて、ああ、とその見慣れた赤を見て思う。 ずっとずっと時を重ねてもその色は変わらない、薄まりもしない。 「イサゴ、そっち持って」 「ん、はい」 ササキのいる方とは逆を持ち上げた。 「せーの」 ササキの声で、ぎりり、ぎりり、今日も絞る。 「馬鹿馬鹿しいね」 真っ赤に染まったそれを絞りながらササキは言う。 ぽたりぽたり、と一雫ずつ形にしたそれは小さな欠片になっていた。 きらきらと残酷に煌めくそれを僕たちは地上へ埋めに行く。 それは、暮らすために必要なこと。 「同じことを繰り返すくらいならそもそもから壊してしまえば良いのに」 こんな腐った世界を守る必要なんかない、ササキはとても優しい。 僕らだけが悲しみに侵されない生活をするなんて間違ってる、そう言う。 でも臆病だ、だから僕と一緒にずっとこの仕事を続けている。 「幸せになんかなれやしないよ」 欠片を埋める手を止めずにササキは続けた。 「…いや、幸せなんか知れやしないんだ」 「自業自得ってやつだろ」 僕の言葉で、ササキの脳裏に蘇った光景を想像するのは容易い。 オレたちは幸せが欲しいんだ、そう言って此処から飛び降りた彼。 「でも、」 尚も庇おうと言葉を探すササキの肩を掴む。 「どうして空が出来たと思ってるの」 ササキの肩が汚れてしまうのに、僕は止められなかった。 「彼らは自分たちで選んだんだよ」 もうこんな生活うんざりだ、続いていく背中。 ごめんね、彼らを放ってはおけない、笑った顔。 空を張り巡らせて、連れ戻すことなど出来ないように。 ササキは首を振る。 「どうしてこんな色に染まるか、馬鹿なこの子らは知らないよ」 僕らを見ようともしない無関心な彼らをササキは子と呼べるのか。 「悲しみがそのまま憎悪に染まる様を、この子らは知らないよ」 生まれたが最後、僕らを捨てて僕らに罪をなすりつけた、彼らを子と呼べるのか。 知恵の樹など存在しない、蛇は彼ら自身だ。 自分たちに都合の良い物語を、勝手に作って後世に伝えただけ。 それが僕らへの復讐だったのか、今となっては分からない。 空が赤く染まるようになって、悲しみがこちら側へやって来ようとして初めて、 僕らはやっと彼らの作ったそれに手を伸ばせたのだから。 自分たちの世界を守るために。 また眠りにつく。 僕らの空が赤く染まったら、声が起こしてくれる。 悲しむことしか出来ない僕らの子供たち。 世界中に埋めた君たちの悲しみが、血を噴くように一斉に花開いたら、 その時は一緒に眠ってあげるよ。
#漢字一文字ずつリプもらってSS書く 「空」
20130305