なまずと咆哮



ぐらり、と身体が傾くのを感じた。
さっと視線が走ったのは計測画面。
「馬鹿、松田、早く机の下に入れ」
ぐえ、と潰れたカエルのような声が口から漏れる。
どうやら今井さんに襟首を掴まれて机の下に引き込まれたようだった。
がしゃん、と劈くような音がして照明が落ちてきたことを知る。
飛び散った破片が綺麗だ、なんて現実逃避だとは分かっていてもやめられない。
「お前、私が引っ張らなかったら死んでただろうな」
「そうですね。今井さんは命の恩人ですね」
「可愛くないな。破片とか飛んできてないか？」
「ええ、まぁ、大丈夫です」
揺れる揺れる、針がどんどん波を書き出していって、止まらない。
画面は荒れている海のように、ざくざくと線を描いていく。
「…揺れ、収まりませんね」
まるで其処が絶対安全な場所だと言うように、今井さんに寄りかかる。
柔らかい。
後輩の狼藉に今井さんは笑っただけで、退かそうとはしなかった。
「この国は生きているんだから仕方ないさ」
生きている。
そう言われたら反論など出来ない。
むっとした表情を隠そうともせずに今井さんを見上げる。
それすら予想していた、とでも言いたげな顔で今井さんは笑っていた。
「だからこそ私たちも生きている」
そうだろ？と問われたそれに答えはしなかった。
肩に手をついて今井さんは画面を指差す。
「ほら、あれ、まるで心電図のようじゃないか？」
どくり、どくり。
伝わってくるのは今井さんの胸の音。
生きている。
それが吐き気がする程分かって、胸が痛い。
「恨むのなら生まれたことから恨まなければならないよ」
愛しいこの故郷に居着くために。
そう願う人がいるからこそこの仕事があって、日々の飯に困らない程の給金を得られている。
世のため人のため？
そんな奇麗事、言えもしない。
もっと、もっと、自分の欲求が一点に向いていることを良く知っている。
「それは、嫌だろ？」
私を追い掛けてくる程なんだから。
何もかも分かったように言う今井さんは、嫌い、だ。

でも、それでも。
この波の中、今井さんと潜っているこの机の下だけが、
世界で唯一安全な場所だったら良かったのに。
そんなことを思うのだから、ああ、救えない。



＃漢字一文字ずつリプもらってSS書く
「波」