これが愛であったなら良かったのに
僕の胸の中には蛞蝓が這ったような後がある。 茶色く変色し、其処にぬめぬめと未だ跡を残すそれは、 僕の心の現れだということを僕は良く知っている。 ぐるぐると心の形を浮き彫りにする鎖のように、それはぎゅうぎゅうと締め付けてくる。 「迫間、みかん」 こたつの対面であーと口を開けたのは小々田。 僕の幼馴染であり、宗教のようにうつくしい人間。 幼馴染故に小々田は無防備だ。 僕はむいむいと剥いていたみかんを一房、その口に放り込む。 もし、もしこのままこの指ごと喉の奥に突っ込んだら、小々田はどうするのだろう。 僕はぼんやりと思う。 引く一瞬、指に小々田の唇が当たる。 ぞわり、背中を駆け巡るまるで歓喜のそれを無視した。 「もういっこ」 こくり、と喉を鳴らして小々田は笑う。 二度目も同じようにして放り込む。 白い筋も丁寧に取り除かれているそれが、 小々田の口内に消えていくのを、僕は黙ってみている。 僕は、小々田が好きだ。 そう思い込むことにしている。 だって、そうでもしなければこの見えない蛞蝓は僕の胸に場所がなくなる程に這って、 その形を浮き彫りにさせては腐らせてしまう。 みかんの筋を一つひとつ取り除くような丁寧さで、僕は自分を騙す。 僕は小々田が好きだ。好きなのだ。 だから、これは醜い独占欲なのだ。 みかんを口に入れる。 小々田の何もかも分かっているような目が憎いだなんて、 癖であろう甘える仕草に吐気がするだなんて、 どれをとっても殺したい程気持ち悪いだなんて。 僕は大切な幼馴染にそんなことは思わない。 口の中で舌に押し潰されたみかんが、ぐちゅり、と果汁を滲ませた。 ああ、ひどく、甘酸っぱい。 即興小説トレーニング お題:茶色いぬめぬめ
20121228