君のいる春
春が来ました。
そう目の前で踊る赤い靴に無関心を装う。
楽しそうに、嬉しそうに踵でかつかつと音を立てて。
野原の新芽を踏みしめる柔らかい音さえも、聞こえないように。
見えている、しかしそれでも尚無視をしている。
何故なら興味がないから。
そう見えるように。
それを知ってか知らずか、はたまたそれが振りであることに気付いているのかいないのか、
幼子のように天真爛漫に、風のように苦しい程自由に、春が来ました春が来ました。
小鳥のように繰り返す。
「私は案内人です」
花が綻ぶような笑顔でまた踊る。
「貴方だけの」
覗き込んで来たくりりとした瞳の向こうをずっと見遣る。
芳香と共に舞い散る花片が視界を遮っていく。
きらきらと穢れを知らないその奥底に、昔が見えた。
それが欲しい時もあった。
欲しくて欲しくて堪らなくて、そのためなら手段を厭わないと思っている時も。
それなのに目の前にやって来た今、どうしても手を出すのが怖くて。
今まで何をしても追いつけなかった。
また手を伸ばしたら逃げられるのではないか。
そんな女々しい恐怖に囚われている。
「貴方だけの、案内人なのです」
まだ無関心なように、揺れる心を悟られないように、
もういっそのこと煩わしいとばかりに頭を振って煙草に火を付ける。
「ですからもう、手を取っても逃げませんよ?」
吐き出した紫煙は、眩しいほどの青空に溶けていった。
20131122