春とゆうかい 

 本を読むことを生業としている。ただ只管に文字を追うだけの作業。物語に埋没することなく、というか、生業なのでしてはいけないのだ。昔むかし埋没した人がかえってこられなくなったという事故はよくあったと言う。
「良い時代になったのかもしれないね」
君がそう言った意味が分からないまま、電気信号を送っている。僕らは化石のようなもので、だからこんなことでお金がもらえてしまって、でもこんなことでも誰かが必要とするから生業として成り立ってしまって。
 君の手首はもう埋没している。
 桜が吹雪いた駅の香りが、君からする。
 この何処でもない古臭い書庫の中で、する。

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虫歯の定期検診 

 貴方のためという言葉と冷たさがあまりにも甘いので貴方は砂糖漬けをやめられないのでしょう、知っています、知っています、知っています、なにもかも。

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自分を憐れむうた 

 誰かの安っぽい言葉が降りかかる度に岩塩をごりごりやるアレで削られているような気分になる。私の魂は私のものだよ、おまえが喰える代物ではないよ。

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ワンピースの裏側をご存知? 

 少女と言うのはどうしたって自己申告制であって貴方が決めることじゃないの、と彼女はひらり、と回ってみせる。バレリーナにはほど遠い、でもきっと踊っているつもりなのであろうステップで。手は伸びてない、つま先も立ってない。そもそも回ってすぐに目を回してたたらを踏んで、ひどい有様だった。
「だから私は少女なの」
 でも彼女が言いたいことはなんとなく分かって、だから私は彼女に何も言わないのだ。



@xxxodaibotxxx

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人間 

 愛だとかなんだとかすべてなんやかんやで寒々しいな。何も知らない子供が無垢だなんて誰が決めたんだよ。誰だってそうだった、だから社会の所為です、なんて誰も信じないよ。信じてるのは本当の馬鹿か盲目の善人だよ。自分の不幸を人の所為にするなよ、俺の不幸を人の所為にするなよ。大した言葉も使えないくせに粋がって、それでも生きてるんだよ。ゴミ屑みたいだと嗤われても、生きてるんだよ。残念だった、何もかも、お前の敗けだよ。俺の勝ちだよ。何も出来ないで生きてるお前より、何かして死んだ俺の方がそれっぽいなんて多分きっと、お前には一生分からなくて、だからお前はお前の不幸を俺の所為にするんだろうな。

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とじこめて、夏の午後 

 メロンソーダみたいに生きてみたかった、ありとあらゆるわたしになって、時々メロンフロートに恋をして、そんな単純なことをしたかった。わたしはわたしでだけではいられないから、そんなことをしたら死んでしまうから。わたしはしゅわしゅわと融ける炭酸になりたかった。あなたの口腔内を破壊する一つのいしずえになりたかった。でもそれっていけないことで、わたしはわたしでしかいなくちゃいけなくて。誰もが言うの、あなたも言うの、だからわたしはスカートをひるがえして、昼の空。フェンスときっとらメロンソーダみたいな色をしていたからきっと、許容範囲内だった。



(あいしているよ)

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空の色、猫の瞳の色 

 悲しいことを悲しいだなんて言えない君が愚かだってぼくは言いたいのに、それがきっと夏だから許されるのに、それでもぼくは君にそういうことが言えなくて。胃液の匂いがする。君がトイレから出てこない。ぼくは君の猫の、名前を知らない猫の喉を撫でながら君が真珠を吐き終わるのを待っている。何も出来ないぼくはきっと、君の喉をきれいにするソーダ水だとかそういうものになったらよかった。なのにそんな物語も人生もうまくはいかないから。
「愛してあげられたら良かったのにね」
 トイレの水の流れる音がした。

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一方通行 

 貴方のいる世界はハロー、とてもきれいですか? ハロー、そうであったらお返事ください。そうでなかったら、
 まあ、どっちでもいいです。

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いつもの窓辺から 

 「貴方が願うことを一つひとつ小瓶に詰めていけたらなあ、」そんなことを言うその人にあげる言葉は一つもないから、ただの女子高生の振りをする。

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感情の屍 

 どうしようも出来なかったのかな、とその教室の汚れ具合を見て思う。あちこちの落書き、ペンキの匂い。本当にしている訳ではないのに僕の鼻を刺激する。僕は何でもないように努めるのに精一杯だ。だって学級委員は笑っているし、不良らしい人もいないし、いじめられっ子もいないみたいだし、僕も異物ではないし。
 だから僕はなんでもない振りをする。
 此処が誰にも言えなかったものが溜まっている汚い場所だなんて、気付いていない振りをする。



烏合 @bot_crowd



20190807