切符忘れた 

 美しい町のことを覚えていたい、いつか褪せるものだと思っていたくない、この網膜が焼けていくのだとしてもこれは全部本当のことだったんだよ、と君に言ってあげたい僕の消費期限を考えないでいて欲しい。

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貴方にずっと苦しんでいてほしい 

 正しいものなんか何処にもなくて、それを私たちは知っているのに自分がいつか選ばれた人間になれるんじゃないのかな、なんて少女性を抱えたままコンプレックスで武装してあまりにどうしょうもない生を送っている。だって世界は何か私たちを助けてくれるわけでもないのに私たちに理不尽なことを捧げて、誰も戦い方を教えてはくれないのに自分の身は自分で守らなくちゃいけなくて。兎に角私たちは多分、悪者にならなくちゃいけなかった。だと言うのに意味のない自己保身ばかりで仮面すら被れない。巫山戯ているつもりはなくても巫山戯ていることになる。その人の目にはそうとしか映らないから。そんな世界が私たちはそんなに嫌いじゃなくて、でもやっぱりどうしようもないなあと思ったりする。私たちは世界平和を願ってはいるけれど其処に幸福はないと思っているし、私たちが滅びる方が多分きっとずっとはやいことを知っている。でもそれだけ、明日の天気が雪かどうかも私たちは分からないままでいる。

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行き止まり 

 道端の石ころを蹴飛ばすのに一体どんな決意が必要だと言うのだろう。世界は何だかんだで人に責任を求めたり、その蹴飛ばした石がどうなるかよくよく考えろなんて言ってきたりする。わりとそういう人間は自分でそんなこと考えたことなんかなくて、ただ他人を説教する快感に酔い痴れているだけだ。つまりただの公開オナニーだ。本人は楽しいのだろうけれどそれに巻き込まれる無実の規則正しい人間はたまったものではない。自分が自分として出ていることを無闇矢鱈に誇ってみせては、その論理の生まれた理由を履き違えたまま走っていく。その背中を眩しいとは思えない。いつかその背中が気付いたら踏み付けてきたものになるのだろうと、そんなことを思っている。それでも、転がっていった石の先を見る。側溝があって、石はその中に落ちていく。ぽちゃん、と水の音。それより先は見る気にもならなかった。水に流されていくのか、それとも水の流れを阻害するものになるのか。
「それでも」
呟きは音の残滓に消えていく。
「お前のことが好きだったよ」
 愛しているだとか、そんな言葉は免罪符にもならないことを、もう、分かっている。



いつわりをどうして愛と呼ぶだろうおまえの道の花になりたい / 卵塔

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鬱陶しい日常 

 「えげつないってそう思わない?」
そわそわと私の方を見てその答えを待っている彼女を見遣る。きっと彼女の中での私はにっこり笑ってそうだね、なんて言うのだろう。実際のところがどうなのかなんて関係ない、彼女の中の私は彼女の理想。
 だから。
 にっこり笑ってその言葉を突きつける。
「そうかな?」
同意なんてしたくない。
「人間なんてそんなもんだと思うけど」
「そ、そう…?」
だからそう返したけど、それは強ち間違いでもない。
 だって僕はこんなにも、残酷だ。
「都合の良い時にだけ共感得ようと擦り寄ってくんなカス。気に入られたいのなら這いつくばって床でも平気で舐めるくらいの従順さを持って生まれ直して来い」
その言葉は舌の裏に隠してやる。流石に私だって言って良いことと悪いことの区別くらいついているのだ、その辺の偽善者たちと同じように。
 私は演じる、とても美しいものと自分を認識しているかのような人間を。私は私、ただそれだけなのに、私は社会に溶け込んでいる振りをする。そしてそれを見破れない彼女を笑っている。鬱陶しい。これが毎日続くのだ。私は彼女の代弁者ではないのに、勝手に理想に仕立て上げられる。あァ、そのなんて皮肉なことか!
「ねぇ、ほら、君は僕の本質(なかみ)に気付かない、でしょう?」
私の踵は鳴らない。カツカツと、そんな音を立てさせられるのは物語の主人公だけ。影にしか生息出来ない私たちは、そういうことをしない。威嚇もしない。ただ息をしていることがバレないようにして生きるだけ。
「あァ。コバンザメの方が余程賢いよ。幻滅だ」
 私は私≠演じる。誰かの理想を崩さないように、でもその理想の型にはまらないように。本当は両手を広げて空を仰いで叫びたかった。
「あァ、なんて! 鬱陶しい日常!!」

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人間の手で描かれた理想郷は地獄であるので 

 お前は何処に行くの、とそう聞かれたことに特別な意味はないのだと思う。魔法考古学者である彼が書斎にこもりきりになるのは別に職業柄、ではないのだと思う。本当に職業柄であるのならば僕の行動の説明がつかなくなってしまう。
「とは言っても文学者と魔法考古学者では違うだろう」
「そうだね。君はフィールドワークだってあるんだし、本当にこもりきりになっている訳ではないよね」
「でもお前の方がずっと外の世界を知っている」
「暇だからね」
「それだけ?」
 彼がどうしてそんなことを聞いたのか、本当は分かっているような気がした。でも僕は物分りの悪いふりをして、それからまた鍵を取り出す。物語の世界へと通じる扉の鍵。本を用意したら僕はその本の中に入ることが出来る。出掛けることが出来る。それはある意味冒険で、彼からして見れば多分、とてもアグレッシヴなのだ。
「それだけだよ」
でも僕はそういう訳じゃないのを知っている。だからお前は何処に行くの、なんて彼の言葉が引っ掛かってしまったのだ。特別な意味はないだろうのに、まるで引き止めたいように聞こえてしまう。突き放したように聞こえてしまう。
「じゃあ、いってきます」
いってらっしゃい、とは返されない。僕は扉に手を掛ける。
 僕が出掛けるのは暇だから、物語の世界が目の前にあって、鍵を持っていて、暇を潰せる手段が其処にはあるから。ただそれだけで、だから。
―――好き、なんて。
絶対に言ってやらないのだと、彼のためでもそんな嘘は絶対に吐いてやらないのだと、そう心に誓うのだ。



まんぼうさんは、文学者です。物語の世界へと通じる扉の鍵を持ち、暇さえあればそこへ出掛けに行きます。赤色の髪に青色の瞳をしています。魔法古書学者と親しいです。
#空想学者
https://shindanmaker.com/423818

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眠る前いつも考える 僕らが死んだ日のことを、 

 首を吊ったんだよ、と幼馴染は言う。
「またその話? 飽きないね」
「だって本当のことだもの」
それにしてはあまりに楽しそうで、だから信じてないんだよ、と言う。
「首をさ、吊ったのが本当でさ、なんでお前はそんな嬉しそうに話すわけ」
「嬉しいからじゃない?」
「私が死んだのが?」
「それ以外に何があるの」
「悪趣味じゃない?」
「そうかもね」
 この話は平行線だ。
「死んで欲しかったの?」
「どうだろう」
「私を殺したの?」
この問いに答えが返らないでいる限り。
 そして今日も、答えはない。幼馴染はにこにこ笑っている。季節外れの扇風機がぶうん、と音を立てた。



@0daib0t

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スノードロップの望みは叶う 

 何度も何度も何度も何度願って神様じゃあ叶えてくれなくてだから私はこうやって今包丁を握ってほらほらほら赤くて猿みたいで人間に近くなくて可愛くないよ。



海を彷徨う人魚の嘆き @sirena_tear

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 これはある日の食卓にて交わされた会話から出来てしまったとてもつもなくアホな話である。

イカになった話 

 その日の青森家の夕飯のおかずは大根とイカの煮物だった。イカが大好きな長女・斜子(ななこ)はそれをぱくぱくと食べている。そんな時、父は戒めを込めてこんな話をし始めた。
「あるところに斜子というイカの大好きな女の子がいました。斜子はイカをお父さんが止めるのも聞かずにぱくぱくと食べました。その日斜子はイカをたくさん食べてお腹がいっぱいになり、ぐっすり眠りました。次の日、斜子が朝起きると身体がむにむにするのを感じました。なんと、イカになってしまったのです! でも意外と便利です。五個もある目覚まし時計を一度に止められます。なんだか良い気分でゆらゆらしていたらお母さんが起こしに来ました。びっくりした斜子はお母さんの顔にスミを吐いてしまい、お母さんの顔はスミ塗れに。続いてお母さんの悲鳴を聞いてやってきた牧子(次女)とお父さんもスミ塗れにした斜子は窓から外に出ていってしまいました」
「話は良いから、ご飯」
「お父さんがイカ食べたいだけでしょ」
「早くしなよ」
上から母、斜子、牧子である。
 そんな辛辣な言葉に未完のまま終わったくだらない話に思えたが…。
「そういえばイカになったお姉ちゃんはどうなったの?」
何年か過ぎた頃、普通そんな会話忘れてるだろうオタンコナスというようなことはまったく思えないほどの自然さで牧子は斜子に問うた。
「…窓から脱走して、電線伝って逃げたんだよ」
「何で? 目覚まし一気に止められるじゃん」
「ええ、だってイカだよ。便利だけど嫌じゃん。スミ吐けるとか結構理想的かもしれないけど」
「理想的なんだ…」
「人外の何かっていうのはなんていうか…いただけないよね。犬とか猫とか虫ならまだしもイカだしね、骨ないし」
「骨そんなに重要?」
「足が十本もあったから結構走りやすかったんだよね、気分はネコバス」
「どれか性器じゃなかったっけ」
「夢のないツッコミは禁止。スズメとかカラスとか蹴散らしたの結構楽しかったな…。あの時、なんで感電しなかったんだろう」
「それはネコバスの魔法だよ」
「やっぱそう思う? で、東京まで行ったんだよね」
「マジで」
「目立たないようにって思ったら東京タワーまで行っちゃって」
「逆に目立ってない?」
「てっぺんまで上り詰めたらめちゃくちゃ良く見えて」
「キ県タチイリキン市…」
「くっだらないこと覚えてるね。イカって目が良いのかと思ったら普通に眼鏡掛けてたんだよね」
「イカ眼鏡掛けられるの」
「なんか掛けてた。で、お台場の方でなんか騒ぎが起こってるのが見えた」
「お台場って」
「野次馬したくなったから行った」
「サイテー」
「観覧車があるじゃんね。あれがなんか止まっただかなんだかで一番上には小さい女の子」
「何の映画の話?」
「私の話だよ。女の子が助けてー! って叫んだ瞬間に下から火柱が上がった」
「だから何の映画の話?」
「煩い。レスキューとかは右往左往してたから仕方なく決意してばっと飛んだ」
「イカが?」
「イカが。結構飛んだ。モモンガみたいに」
「イカなのに?」
「イカなのに。下で人がどよめいててめちゃくちゃ良い気分だった」
「まあそりゃあどよめくだろうね…一反木綿じゃん…」
「今一反木綿て通じないよね」
「煩い」
「ひとっ飛びで観覧車についたから、吸盤を上手に使ってなんとか箱を開けた」
「女の子泣いたでしょ」
「いや思いの外普通に手差し伸べたら素直に取ってくれた」
「だからそれ性器じゃない?」
「児ポでしょっぴくぞ」
「普通怖がるでしょ」
「まあそれは思うけどね…どうしようもなかったから女の子抱えたまま火の中を下り降りた」
「あの子のスカートの中?」
「ツッコミ雑」
「ごめん」
「女の子はジェットコースター乗ったみたいにキャッキャしてたけどこっちは火の中だしチリチリするし引火したかもなあこれって」
「イカって焼いたらスルメ?」
「普通に焼きイカだと思うけどあの時はスルメかなって思った」
「ああ、焼きイカか…」
「だからみんなが水! って言ってる中スルメはやだなー…って言って意識が途切れた」
「終わり?」
「終わり」
ふうん、と牧子は言う。
「だからお姉ちゃん、イカ、あんまり食べなくなったの?」
 斜子は首を傾げながら、普通に胃が縮んだだけだよ、と言った。

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地下鉄のホームの風になりたい 

 それって死にたいってこと? と三光院(さんこういん)が言ったので僕は静かに首を振った。それだけで充分に伝わると分かっていたから、それだけしかしなかった。だってそれ以上は面倒だ、本当に面倒だ。面倒な言葉を言葉にするのは健康に関わるから仕方ない。
「ふうん」
案の定、三光院は曖昧に頷いて、それもそうか、と呟いた。人によってはこれは分かった振りをしているだけだと取られるらしいけれども三光院がそういうことをしないと僕はよく知っている。
「じゃあ何? 女の子のスカートの中を覗きたいとか?」
「覗いて欲しいの」
「五月女(さおとめ)に見せるものでもないからなあ」
そもそもスパッツ履いてるし、という三光院に僕はそういうのが趣味な人もいるんじゃないの、とだけ言う。
「五月女の趣味の話じゃなくてね」
「趣味じゃないけどね」
「何で風になりたいのって話」
「うん」
「しかも地下鉄のホーム」
「不思議?」
「それなりに。だって普通、グラウンドとか、ほら、あの有名な選手がテレビで言ってたみたいな」
「ああ…なんだっけ、陸上の」
「忘れちゃった」
「そんなもんだよね」
「だから、あの人はトラックの中でなりたい、って言ってたじゃん。それはほら、分かりがあるじゃん」
「あるんだ」
「あるよ。だから、地下鉄のホーム、なんて言う五月女の趣味が分からないの」
「本当に?」
「本当に」
「嘘吐き」
「嘘じゃないよ」
 そこで会話は途切れた。途切れさせた。
「嘘じゃないんだよ」
「疑ってないよ」
「そっか」
なら良いんだ、と前を向く。電車が入ってくる。
 一瞬で消える向こう側で、少女が落下する。幻影。誰も気付いていない。
「好きな子が出来たんだ」
その秘密の恋を、きっと、誰も成就させる方法を知らないから、僕は地下鉄のホームの風になりたいのだ。



少女Aの悩み事 @muro_x

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いつまで経っても甘くはならない 

 もう四時だよ、とベルが鳴る前に言ったものだからマスターは少し可笑しな顔をした。それから君は本当に彼と仲が良いんだね、と言っていつものコーヒーを追加する。此処は別に喫茶店ではないのだけれど、居座ってくれているからサービスだよとそんな意味の分からないことをマスターは言う。冷やかしの客なんて店側からしたら勘弁して欲しい存在だろうに。
「まあ上客だからな」
「マスターはお前のことがすきなんだよ」
同時に言った二人に思わず笑うと、二人は気まずそうに顔を合わせた。こういう仕草に血が繋がっているという事実を思い出すけれども、別に血で仕草が似る訳もないので、一緒に暮らしてもいない彼らがシンクロするのは奇跡みたいなものなんだろう。
「それで?」
 コーヒーに角砂糖が沈んでいくのを眺めながらマスターが問う。
「今度はどんな友達が出来たんだ」
「パチカス」
「一言で言ってやって良いのか」
折角ツッコんでやっても別に良いよ、と明るい返事があるだけ。
「もう会わないし」
「友達なのに?」
「フッたから」
「そんなもの?」
「俺にとっては」
友達ならやっていけるけど、其処に恋慕がわいたらもうだめなんだよな、という彼はありふれた言葉を使うのであれば潔癖症だとそんな感じなのだろう。
「だからお前が羨ましい」
「そう?」
「マスターのこと、嫌にはならないんだろ」
「マスターが何も言わないからじゃあなくて?」
「パチカスの話をしろよ」
マスターの言葉にはいはい、と舞い戻る。その様がかろがろしくて、きっとこれを冷たいという人は何処かにいる。
「どうしようもない奴だったよ、金せびってくるし。幾らかまあ、ドブに捨てるような気持ちで施しはしたけど、あんなに謝るなら最初から借りなきゃ良かったんだよな」
「謝るの」
「めちゃくちゃ」
土下座されたこともあるけど、そういうの分かんないから、と彼はコーヒーに口をつける。砂糖も何も入っていない闇の色。
「別にこっちは返ってくるなんて思ってなくて、でもスッちまった、って世界が終わったみたいに言うから」
それでもその遣り取りだって嫌じゃあなかったんだよな、友達だから。
 彼の許容範囲は結局其処までなのだ。
「告白されたの」
「された」
「なんて?」
「こんなに優しくされたのは初めてだ、って」
「やさしい」
「優しいと思う?」
「人によるとは思うけど、違うと思う」
「同じ意見が聞けて安心した」
そうだよな、人によるんだよな、と彼はおかわり、と空になったカップを持ち上げる。はいはい、とマスターが甘やかす。どうでも良い日常。それがとても嬉しい。
「マスターが何か言うの待ってんの」
「分かんない」
「そっか」
「なんかして欲しいの」
「俺も分かんない」
「そっか」
 くだらない会話を途切れさせるようにマスターが戻ってくる。
「君、そろそろコーヒー冷めたんじゃあないか」
「猫舌だから」
角砂糖追加、と呟いたらそれくらい自分でしなさい、と瓶を渡された。



なるかみさんはおやつの時間をすこしすぎた後、カテドラルという名前のアンティークショップで博徒である友人についての話をしてください。
#さみしいなにかをかく
https://shindanmaker.com/595943



20190305