自殺ごっこ 

 めんどくせえなあほんとにもうお前一人でなんにも出来ねえのかよ、そうごちて君は立ち上がるんだ。そうして僕の首に手を掛けて弄ぶように力を込めたり緩めたりしてじわじわと絞めていく。あと少し、あと少し、という意識の飛ぶ寸前に僕の手足はバタついてそれで君が驚きもせずに手を離して咳き込む僕を見てほら生きたいくせにとあざ笑うのだ。君曰くニヒルな笑みで僕を見下して。
 本当に狡いのは、どっち。

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サングリア 

 じくじくと胸が痛くてたまらなくて兎にも角にも今すぐ死んでしまいたくて。人生においては誰もが主人公だなんて言うけれどもこんなに苦しいのであればずっと脇役が良かった。何でこんなに好きになってしまったんだろう、嗚咽にすらならない。何でもっと軽い気持ちで愛せなかったんだろう。そんなことを。
―――愛、なんて。
使ってしまった時点でこちらの敗けで敗けでしかなくて。
「僕を手放してから後悔しても遅いんだからね」
強がりにすらなれないこの言葉を本当だと思うことが自分にだって出来ないのに。そんな価値はないよ、あったらきっと愛されていたから。つぎはぎの思いが狂ってそれでも進まないといけないから。手を伸ばして何も掴めなくても。だけどその一瞬が決意を固めさせるから。何もなくても価値がなくても変わる。
 その一瞬が。
 難しくて眩しくてでもきっと無彩色は僕を彩る。やるしかない。脳天をぶち抜くような吐き気だって絞め殺されそうな喉の痛みだって誰にも分からないから、相当しんどいと思ったところで口に出せずに立ち上がる。死にたくてたまらなくても変わっていく。弱くないから言葉には頼らない。価値がないから言葉は意味を持たない。じくじくと胸が痛くてたまらなくてでも価値がないから。今すぐ死んでしまいたいけれども価値がないから。主人公だけれども価値がないから。価値がないから。

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サマーアゲイン 

 東名高速道路のことを透明なのだと昔は思っていた。何処も透明じゃないじゃないかと、けれども僕は可笑しかったので何にも疑問に持たずそのまま暮らしてきた。そして今、東名は透明になった。低糖質のプロテインの広々とした欠片に未来から一体何だこれはと言われてしまうような。何もかも見えなくなっていった。なくなった訳ではなく其処にはただただ存在を続けていた。忘れられることもなく、コンマ一秒、覚えていたらの話。けれどもこのままでは困るので国のお偉いさんが悪戦苦闘し始めた。緊急速報が自分のことのように炊かれ始める。少しの才能は相変わらず、過去のことはどうでも良さそうになっていたとしても偉い人が頑張れば事もなげにどうにかなるのだろうか。可哀想だと思った。だけれどもそういうのをコミコミで縛られているのだから仕方ない、とも。大半があれはひよこと同じなのだと言っていた、本当にそう思っているのかもしれなかった。苦しさにまぎれて揺れてしまう電気のように。指定された道路の上では罅が発見されどうやっても子供の声から過去が戻ってくる。正しくなかったのに、この世界には分からないことばかりで本当にああ、本当にああなんて体たらくで僕は暮らしていたのだった。

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ティータイム 

 コーヒーの丸い部分が何なのか分からないという話をした。結局話の中では分からないままだった。死んだ後の話をした。死にそうにないと言われた。そんあことはないのになあ、と思うけれども月が赤かった。どうしようもないと思った。百年がいつの間にか来ていたように、私もまたいつの間にか百年生きてしまうのだろう。諸々の価値は誰にも分からない。本当に誰が悲しむのかさえ。その世界に私はいない、いないから私は準備をする。初見殺しの駅が私を呼んでいる。睡魔も私を呼んでいる。私はそれらすべてを私の力で切る。たいそうなものではないペンという名の剣でもってして。私は唯一の友を得た。膝の裏について気にすることなく付き合えるような得難い友を。私は臆病だった、私はずる賢かった。私は何も覚えていないのに私は何かを覚えていた気になっていた。この頭は冷たい、君の日々は存在を遠ざける。食べているはずのチーズケーキの味が私の耳に広がって私は扉の開閉ボタンを連打する。万人から離れて、辿る。さん―――に―――いち―――。

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横断歩道 

 黄色が点滅していた。草むしりのことを思い出してはぼんやりしているとやっと点滅が終わった。しかしなぜ草むしりのことなど思い出したのだろう。もう終わったことでなんでもない日々の一欠片だったはずなのに。そもそも思い出す必要のないことを思い出すなど時間の無駄だ。たった今線路に飛び込んだ誰かのように。サラサラのペン先は誰かの癖だったそれを探求することもまた同じことである。酔っ払ったサラリーマンがよろけて荷物を落としてそれがばらばらに散らばって。ああこんなだっただろうか、と思い出す。思い出す。思い出す。何を? ガラスをベタベタ触る僕が嫌いだった。何もしないくせにそれは誰が綺麗にするんだと。どうして誰も注意しないだと。ガラスは割れた。僕にも降り注いで僕は怪我をした。いい気味だ。苦い記憶。思い出さなくて良い。思い出すのは時間の無駄だ。有用なことを思い出として反芻してそうして人間は賢くなるのだ。賢くならなければいけないのだ。それが課された使命。点滅。終わり。終わり、終わり、点滅、終わり、終わり、終わり、点滅、終わり。歩き出す。最低に見ていた色が何色なのかは思い出さずに。

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魚のままではいられないよ 

 誰かを殺してみたいと思っていた。そしてそれに気付けたことは才能であるのだと思っていた。一人だけで一人ではない。マッチを消費するように僕らは人を殺している。そのことに誰も気付かないくせに笑っている。消費しているつもりが消費されて秘密を暴かれて被害者気取り。猫の声は聞こえないのでいつかの夢を繰り返すだけ。コーヒーの音は聞こえないから朝は来ないのだ。可笑しな話。ピアノも鳴らないのでこの指は結局誰も殺せないまま朽ちていく。必要なのは剣でもペンでもない。僕らはそれを識っている。お礼を言われることは出来ない。薄い硝子のコップがきっとすぐに割れるように、僕らはすぐに壊れてしまうから。雪の降る日も待てないでいつだって気兼ねなく死んでしまえる僕らはこの地球に生まれて出会ってしまったからワルツを踊るために手を得たのだから足を生やしたのだから。

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メランコリック午後終止符 

 カニになりたいと思うんだ、と言ったら君はそうなんだ、と興味なさそうに頷いてからそうなったらピザ生地を作るよと至極真面目な顔で呟いた。

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羽化もせずに死んでいくのです 

 私は子供で先生は大人でしちゃいけない恋なんてものはないけれども我慢しなくちゃいけない時があるっていうのは分かる、この気持ちが本物だなんて誰も証明してはくれないし、気持ちなんて誰にだって見えないものだから行動で見せてやるしかない、目にものを見せるだとかそんな戦うような気持ちで挑むしかないのだからきっと恋は戦争というのは強ち間違ってはいない。
 だから解いて、女になる。お気に入りの髪型、女の子らしいと褒められた髪型、それをハサミで切り取って、私は立ち向かう、戦う、恋のために、何もかものために。髪についたガムのことなんて気にしない。もう地面に落ちてしまったから。
「先生!」
私が死ぬつもりなんじゃないかって追ってきていた先生はぎょっとしたようだった、この人を大人だと言ってしまう大人も大概馬鹿だなと思った。
 好きだよ、だなんて。
 一生言わないつもりのくせに。



ポニーテールほどくいつもの歩道橋でほんとうになるための言葉を / 森まとり

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憎めず、許せず、苦しむのは私だけ(貴方の愛には応えられないのよ、あの人がいるから) 

 結婚ってどういうものだった? と幼い娘が聞いてくるのに幸せなものだった、と答える時の自分の顔がどんなものになっているのか、呂久村潔子(ろくむらきよこ)は分からなかった。笑えて、いるのだと思う。そう思いたかった。愛する娘に問われた質問に顔を強張らせる母など、きっと理想の母親ではないだろうから。
 そんな時に思い出すのはいつだって親友の田尾真魚(たおまな)のことだった。真魚は同い年でありながら家族も恋人も持たず、ただ只管自由に放浪している。真魚は潔子の生活を見て良いね、とは言ったけれどもそれは羨んでいるようなものではなかった。羨んで欲しかったのだろうか、と自問自答するけれどもその答えは出ない。事実だけを言う、それ以上の興味を見せない真魚は潔子にとってはこの窮屈な生活の中からでは余計に天使のように見えて、けれどもそんな感情を真魚には知られたくなかったのかもしれない。
 自分が完璧主義に近いものであることを潔子は自覚していた。それについても真魚は良いね、と言った。真魚に良いね、と言って貰えることが潔子にとっては最後の砦で、きっと言って貰えなくなったら潔子の世界は終わりを告げるのだろう。
 そうだ、分かっている。
 分かっているから、潔子は真魚からのメールに、返信する言葉を決めている。
『ごめんね、行けない』
理由はなくても良かった。真魚ならそうだよね、と返してくる。微音(みお)ちゃんまだ小さいもんね、不安だよね、と。そうでなくても潔子はそれに頷くだけで良い。
 真魚の、心遣いは。
 一緒に旅行に行かないかと言ってくれたのは、とても、嬉しかった。夫だって別に束縛をしてくる訳ではない。微音と一緒に、真魚と旅行に行きたいのだと言えば頷いて送り出してくれただろう。嫌な顔も別にされないに違いない。でも違うのだ、束縛されないことが、嫌な顔をされないことが、そのまま幸せというものに繋がる訳ではないことくらい、潔子はもう充分すぎるほどに知ってしまっている。不満はある、でも不満足り得るところがない。真魚がいない、真魚の隣が良い。そう思っている潔子を見抜いて、真魚は外に誘ってくれる。一緒に逃げよう、少しの間でも。そう言ってくれる。潔子がそれを望むのなら、私は何処までも付き合うよ。
 きっと、それは分類するのであれば愛だった。友愛とも恋愛ともつかないものだったけれども、包み込むようなそれは紛れもなく愛だった。潔子だって、それに包まれていたかった。真魚の愛だけに包まれて、それだけで、いたかった。
 でも、潔子は結婚をしたのだ。家族を持った。それは潔子の決断で、様々な人を巻き込んだ結果で、だから潔子の勝手ですべてを崩す訳にはいかないのだ。
 真魚は知らない。
 潔子が真魚の愛に応えたら、そのまま今持っているものをすべて捨ててしまえることを。夫も、微音も、すべて。何もかも、誰だって、関係がない。それが分かっているからこそ、分かっていない真魚に断りを入れる。ありがとう、という言葉は言わない。言ってしまったら賢い真魚には分かってしまうから。
 いつだって愛を拒絶出来る場所に。
 其処にしか、潔子はいられないし、いたくないのだ。



森の奥
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材料は憎しみだけ 

 好きだよ、と彼女は言った。友達のような顔で、だから今日も一緒に帰ろうね、と。私は頷いて、そのまま彼女の背中を押す。ランドセルの革の感触が私の手の中に残る。



@odaiyahonpo



20190305