ダンスにふさわしい夜 美しいものを見た、と思う。彼女の残り香を思いながら僕は何か名前も知らない酒を流し込む。ラヴェンダーの味がすべてを塗り潰そうとして、そして負けて消えていく。鮮烈に、残る。彼女を消費している僕だけが、残る。 *** カーテンは白が良い ゆるやかに私たちは愛を欲している、貴方をみることで私が見られることを嫌っている。 *** 同じ春は二度と来ない くらくらと、春の匂いがする。目に直接飛び込んでくるような匂い、何もかも連れ去ってしまう、変えないで変わらないで行かないでいかないで、何も言えないまま、ぐるり、世界がまわる。 *** とばりえき 貴方に会いに行くためにとくべつな切符を手に入れる。と、言うと貴方はどんな切符だってとくべつだよ、と言う。君が何処かへ足を踏み出すなら、それはなんだってとくべつな切符なのだ、と。その話は分からなかったけれど、貴方の声はきらいではないので静かに聞いている。 *** 色付き獏とおちこぼれの死神 きみのわるい夢をぜんぶぜんぶ、食べてしまえたらよかったのにな、と言ったらわるい夢なんてなかったよ、と笑われた。 *** さよならサマーバケーション チョコレートを食べている。特に好きでも嫌いでもないのだけれどもそれは多分嫌いだったら食べることに何かしらの感情を抱かなくてはいけないからで、好きなら食べないことに何かしらの感情を抱かなくてはいけないからだった。面倒だった。そういうのはどうやらおかしいらしく、だから何を言うでもなく食べている。むしゃむしゃ、ばりん、ぐちゃぐちゃ、ごくん。音ばかり。雨の音がこれで消えてくれたらな、と思う。カーテンが揺れている。薬のカラが飛んでいく。どうしてリストカットが出来なかったのか、本当はその理由を知っている。誰も愛してくれないなんて、人を愛したことのあるやつの台詞だ。人は欲しがってばかりで、その欲しがりを他人にまで強要する。お前も浅ましくなろうぜ、なあ、だって同じ人間だろ。違うよ、なんて言ったら血祭りにあげられる。そんな世界、治安が悪いとかの問題じゃない、あまりにひどい世界。早く脱出した方が良いのにそれでも天使は昼寝をしている。カーテンの音がしない。でも風はふいている。雨が吹き込んで、ぼろぼろになった食卓で。アルミが飛んでいく。さよならも言えないで。天使が指差して笑うのはそういうものだ、どうしたって愛されない、愛すことも出来ないごみくずみたいなものだ。砂時計はひっくり返されてどうしようもなくなったので割った。割った方がきっと良かったから割ってしまった。立ち上がることが考えられない。舌が麻痺していく。天使のキスの所為で、消えていく。チョコレートのことが多分、本当は好きになりたかった。それすらまともにコントロール出来ないことを、羽根を毟ることで誤魔化している。 *** 紫陽花デート 嫌うのも嫌われるのもとてつもなく疲れるよな、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言うけれど寺が勝手に燃えてくれた方がこっちも忘れてしまえる訳で、大義名分が出来る訳で、そういうのって難しいな、俺はアンタのことがとてつもなく嫌いだけれどアンタのその人間性の所為で俺は永遠にアンタに嫌われたくない、何故ならばアンタは俺を嫌ったら俺を害するから、俺はそうしたら反撃しなくてはいけなくて、そうしたら残念ながら俺が勝ってしまう、ああ、ほら、今傲慢だと笑っただろう、それがアンタのさいごになる。そういうのって多分不条理だって言うんだろうな、アンタが弱くて弱くて仕方がねえってだけの話なのにどうしたってアンタは俺に踏み潰されるだけのものだから嫌って欲しくないからだから俺はアンタを嫌わないようにあっぷあっぷしているんだよ情けないだろう?そう、そう、情けないんだよ、人間をやることってそういうことなんだ、でも誰も理解しちゃくれねえので多分人間になんて一生なれないんだろうな。ああ、もう、アンタのことを殺して許される世界だったらよかったのかもしれないな。 *** ランデヴー・ランデヴー この世を舐め腐っているというがそれはまず舐め腐れるだけのものがあるということで、つまりそういう硝子みたいな部分がお前とは解釈違いなんだよ。 *** 温玉追加 たくさんの生命をいただいているからいただきますなんて、ああ、本当に傲慢な考え方だな、と思う。そんなご高説を垂れる前にお前が死ねよ。 吉野家の牛丼が運ばれてくる。とりあえず、 「いただきます」 *** 自殺と花束 くだらないことがしてみたかった、例えば今此処で目の前の男の腹を刺したり横の勝手に寄りかかってくる酔っ払っいの首を折ったりそういうことを。でもそういうことをしてしまったらわたしたちは社会不適合と烙印をばっちり押されてしまってあとは死ぬしかないのだ。死ぬのはちょっと違うな、と思う。そういうのはばきばきになったロケットペンシルみたいになってからでも遅くない。 くだらないことがしてみたかった。 誰でも一度は考える、そんなことがただ普通のことのんだと証明したかった。 20200511 |