同じ夏はもう来ない 

 不幸はいつだって奇麗に切り取られた物語でどうしたって自分の中には落ちては来ない。それを幸せなことだよと笑う人もいるんだろうがそうとも思えないで、こんなブラウン管の外にいるだけの私に、一体何の意味があるんだろう。



ポラロイドカメラ四角く切り取れば幸も不幸もやわらかな泡 / 北原未明

***

タイトル未定 

 私たちは都合の良い生き物なのでおんなじものを愛と呼んだり幸福と呼んだり呪いと呼んだり憎悪と呼んだり好き勝手にしているのです。

***

春告堂の午後 

 その小瓶には春が詰まっているんだよ、と店主が云うのをわたしはいつものホラ話がはじまったと思って聞いている。
「その職人は知らなかったんだけど、彼は魔法使いの子孫でね。実は魔法が使えたんだ。無意識でやっていたものだから彼も知らなかったんだけどね」
ここで本人の知らなかったことをどうして店主が知っているのか突っ込んではいけない。ホラ話はそういうものなのだから。
「その無意識の魔法は彼の作ったさまざまなものに宿った。それで、この小瓶には、春を閉じ込めておける魔法が宿ったんだよ」
 だからいつでもこの小瓶は春なんだ、と店主は話を締めくくった。今日の話はやけに短い。
「春は勝手に詰まっていくの?」
「持ち主が集めたいと思えばある程度は好きに出来るよ」
これは彼の最後の魔法だから、きっと一番難しいんだろうね。店主の言葉にわたしは首を傾げた。
「何かあったの?」
「彼は薄々魔法のことに気付いていたんだよ。それで、この小瓶が完成してそれは確信に変わったんだ。彼の場合、無意識でなければ魔法は使えなかったんだね。もっと魔法使いの血が濃かったり、しっかり学ぶことが出来たら違ったのかもしれないけれど」
「―――彼は、」
 わたしは何を問おうか迷って、結局、他愛ないことを問うことにした。
「魔法を失って、良かったの?」
「さあね」
店主は笑う。
「私は彼じゃあないから分からないけれど、そのあとも彼は作品を生み出し続けて自分の店を持つという、ささやかな夢を叶えたんだよ」
「そっか」
わたしは店主が祖父から受け継いだこの店を愛していることを知っている。そして孫であるわたしに受け継いで欲しいと思っていることも。
「うん、今日の話はなかなか面白かったかなあ」
「そうかい、なら良かった」
店主は笑った。
 わたしもいつか、こんな顔でホラ話をするのだろう。たぶん、職人の魔法は使えなくなってしまったのではなく、形を変えたのだろう。それがなんとなく分かったので、わたしは物語の欄外へと埋没するだけなのだ。

***

最低のともだち 

 教室で味方がいないと其処はただの戦場になるし、他にセーフ・ハウスがあってもあんまり変わらない。人間の修復速度には限界がある、私たちはそれを本能的に知っている。
 でも、どうしようもないときもあるのは事実で。
「わたし、貴方がきらいよ」
拙い声であなたは言う。だから私は同じように返す。
「ええ、私もあなたが嫌いなの」
 嘘を嘘で塗り替えて、いつかそれが真実になれば良いと願っている。



今週で世界が終わると聞いたからあの日のタオルを返しに来ました / 卵塔

***

シュレディンガー 

 家には化物がいた。兄の話によるとそれは昔母と呼ばれていたらしいが私にはよく分からない。私の知っている母という存在は私にはないもので、私の友達の母などはとてもとてもやさしいものだったのでその化物と母という単語がイコールで結ばれなかったのだ。
 とは言ってもそれについて困ったことはなかった。化物はそれなりに私たちに対しては大人しかったし、私たちが危害を加えられるようなことは何もなかった。
 でも、父にだけは違った。
 その化物は父がいるから化物になったようだった。昔は母だったものが、私の物心つく頃には完全なる化物になってしまって戻らなくなってしまった。私たちが学校から帰ってくるともごもごと何か聞き取れない言語(兄によるとおかえり、と言っているらしい)を吐き出す化物は、父が帰ってくると豹変する。ガアガアとがなり立てるような声を出し、威嚇をし、時には父に襲いかかる。男がだめなのかと思ったけれどもそれにしては兄は無事だし、よく分からなかった。それを聞いたら、兄は母親似だからかもしれない、と言っていた。私も母親似、らしい。折角聞いたのにピンとは来なかった。兄はまあ、しょうがないよな、と言って私の頭を撫でた。
 そんなある日のことだった。
 私たちが学校から帰るといつものそのそと出てくる化物はいなかった。代わりに、父がいた。化物は家の何処を探してもいなかった。父は無心で手を洗っているようだった。
「父さん」
兄が声をかける。
「お、なんだ、帰ってたのか。おかえり」
「ただいま」
まだ父は手を洗っていたが、私も急いでただいま、と言った。
 その日から家には化物がいなくなった。化物がどうなったのか分からなかったけれど、正直気にしても仕方ないと思う。父の手洗いがそれからいつも念入りになったのは、風邪防止によく役立ったので本当に良かった。



殺したのか逃したのかは曖昧にしたまま父は手で手を洗う / 森下裕隆

***

ポラリス 

 夜空の星の名前をあれはこれ、これはあれ、と言えてしまう君のことが嫌いだった。彼らは君の中の特別で、多分きっと夜空の星を憎んだ方がまだマシだったのだろうけれど、そんな器用なことは出来なくて。
「君の、特別になりたかったよ」
「過去形?」
「過去形」
「貴方のそういう気障なところ嫌いじゃない」
「そう、それは良かった」
それがお別れの合図だった。それでもきっと、また明日何事もなかったかのように会うのだろうけれど。
 でも結局、どれが君の一番好きな星かは覚えられなかったな、と散らばった君の欠片みたいな空を見上げて思うのだ。



「北へゆく」ことに焦がるる春の午後パルコ八階で見るプラネタリウム / 後藤由紀恵

***

 割れるなら割れてしまえ、脆い脆いしゃぼん玉。理解できないならしなくて良い。世界なんてそんなもんで生きてゆける。何も気にすることはない、そう、何も。

世界、そして存在範囲 

 あたしは揺れていた。がたん、ごとん。電車の揺れと一緒に。つり革とか、そういうのに掴まらないで立っているあたしを、他校の女子高生は不思議なものを見るような目で見ているけれど。どうせ何も分からない癖に、ああ、分からないから嗤うのか。
 がたん、ごとん。景色が揺れる。毎日変わらない。変わる必要がないからか。もしかしたら何か変わっているかもしれない。おじさんが木を切ったとか、田植えをしたとか。道路を走る車も毎日違うだろうし、犬の散歩をしている人の服も一緒な訳がない。ただ、その変化はあたしにとって何の意味も成さないだけ。学校の成績はそこそこ、昼休みはお喋りより図書館。比較的大人しい人間でいるのは、その方が面倒くさくないだけ。明日から文化祭の仕事振り分け。面倒だから休んでしまおうか。
「阿須賀(あすか)さん」
思考を止めたのは、いつもの声。
「…増田、さん」
「あ、私の名前、覚えてくれたんだ!」
きゃぴきゃぴとした声が鬱陶しい。制服はだらしなくて、髪の毛は茶色で。いわゆる、今ドキの女子高生。がたん。電車が動き出す。源道寺だったらしい。
「良かった、阿須賀さんが前の電車に乗ってたら、会えなかったよ。今日は担任に掴まっちゃってさー」
増田さんは突然電車で話しかけてきた人。何ら変わらない世界を、でもその中にある変化をあたしに見せつけた。ほとんど毎日電車で話しかけて来る。…もう、世界の変化には成れない。
「別に、会わなくても…」
世界がまた元に戻る。それは変化とは呼べないのだろう。
「私が良くない」
このきゃぴきゃぴにはついていけない。あたしに構う理由が分からない。分かりたくもないけれど。
―――本当に?
「阿須賀さん、私の他に友達いる?」
余計なお世話。その前に、増田さんを友達に数えたことはない。
「………」
答えないでいると増田さんは笑った。トイレの前でたむろする女の子たちとは、違う笑い方。何が違うとかどうでも良い。なんか、違う感じ。
「阿須賀さんの高校の文化祭、六月だよね?」
頷いておく。五月の末だった気もするけれど。
「行って良い?」
「好きにすれば良いよ。あたしに聞くことじゃないと思うけど」
がたん。
「聞くことだよ! だって、私は阿須賀さんに会いに行くんだもん! …わっ」
ごとん。電車の揺れが増田さんを傾かせる。反射条件か、咄嗟にその腕を掴んで引き寄せれば、増田さんは締まりのない笑顔でありがとう、と言った。
 そう言えば、最初の出逢いもこんなだったのかもしれない。記憶もどうでも良いような気がして、曖昧だけれど。

 次の日、あたしは学校をサボらずにちゃんと登校した。文化祭の仕事振り分けなんてとてつもなく面倒だったけれど、あたしは無難に受付係に収まった。受付は文化祭を回れないから不評だけれど、あたしは回るつもりもなかったから、良い暇つぶしになるだろうと思っていた。
 それから毎日とはいかなかったけれど、増田さんとも文化祭の話をするようになった。とは言っても、増田さんの質問にあたしが答えるだけだけれど。その所為もあって、あたしは文化祭の内容を知り尽くしてしまった。受付で座っているだけなのだから、そんな知識必要ないと言うのに。

 当日、あたしは朝から受付で一人座っていた。もう一人当番が居たけれど、あたしを見るや否や、仕事を押しつけて去っていった。文化祭を友達と回るらしい。あたしはそれを咎めもしなかった。受付の仕事は来訪者にパンフレットを渡したりするだけなので、一人でも十分出来る。むしろ、二人も要らないし、あたしも一人の方が気が楽だった。
 ―――が。
「阿須賀さん!!」
声を聞いた瞬間に、あたしは正直うげぇ、と思った。来るだろうとは思っていた。と言うか、あれほど根掘り葉掘り聞いてきといて、来なかった日にはもう二度と口なんか聞いてやらないだろう。人の手を煩わせて。
「増田さん…」
「約束通り来たよ!」
約束なんかしていないのだが。
「って、もしかして、仕事中?」
「…そう」
増田さんはきょろきょろと周りを見回して、
「…一人?」
「もう一人いたけど、どっか行った」
あたしは何でもないことのように返した。実際、どうでも良かった。
「えええ!?」
増田さんが叫ぶ。
「それ、どういうこと!? 阿須賀さんに、私の阿須賀さんに仕事押しつけて自分は文化祭楽しんでるってこと!? 信じられない! 私がその人シめてくる!!」
「ちょ…増田さん…!」
本当にシめに行きそうなので、あたしは彼女の腕を引っ張った。
「あたしは何とも思ってないよ。むしろ、一人の方が楽だと思ったし」
何であたし、こんな人を擁護するようなこと言っているんだろう。
「でも、それでも…阿須賀さんが、文化祭回れないじゃん…」
あくまでもあたしと一緒に回る気らしい。あたしは時計をちらっと見て、はぁ、と小さくため息を吐くと、
「あと十五分で終わるから、我慢してて…」
文化祭を回る、覚悟をした。
 十五分後、あたしは次に来た当番に言うはずだった、「あたしがやるから良いよ」を呑み込んで、増田さんと賑やかな校舎へと足を踏み入れた。
「増田さんは、どこへ行きたいの?」
あたしは聞いた。
「ん? 私? 私は阿須賀さんが行きたい所ならどこでも!」
予想通りの答えだった。つくづく予想を裏切らない人だと思う。全く、こういうことは恋とかをしている時に言って欲しいものだ。
「…あたし、回る気なかったから、増田さんに任せるよ。特に行きたい所もないし…」
瞬時に恋などと思ってしまったことが恥ずかしく、あたしは小さく呟いた。
「私が、来ないって思ってた?」
突然、増田さんの声が固くなった気がした。
「…え」
見上げたら、少しだけ悲しそうな顔をした増田さんがいた(この時初めて、増田さんはあたしより背が高いのだと思った)。
「阿須賀さん、私が来ないって思ってたの?」
あれだけ人の手を煩わせておいて、来ないと思う訳があるものか。あたしは怪訝そうに眉を寄せて首を振った。
「じゃあ、文化祭、何で回るつもりなかったの?」
「そ、れは…」
増田さんだって、一人で来るとは思わなかったし(増田さんはいつだって友達に囲まれている)。来たとしても顔を見て帰るとか、てきとうに一人で回るものだとばっかり。
 頭には言い訳のようにたくさん言葉が浮かぶのに、あたしの口はそれに付いていかない。空気だけが外に出て行くみたいに、全部が全部頭の中に残留していてちょっと息苦しい。
「私は、阿須賀さんと一緒に回りたいよ」
真っ直ぐに言葉が降ってくる。
「…分かってる」
言った瞬間、
「!?」
増田さんもあたしも、同じ反応をして固まった。
 何を言っているんだ、あたし。何が分かっているって言うんだ。困惑顔の増田さんを見ていられなくて、あたしは少し視線を下へずらした。増田さんの後ろ辺りに視線を泳がせておく。親子連れが通っていった。子供の方が持っていた風船は、確か茶道部が配っているものだ。
「…そっか」
やわらかい声にそっと顔を伺えば、増田さんははにかんで笑っていた。あたしはこんな顔も出来るんだ、と思う。いつも増田さんは締まりのない顔でへらりと笑っていて、全然分からない人だったから。
「とりあえず、何か食べに行こう?」
自然に手を出される。あたしが訳が分からないで固まっていると、
「もう!」
としびれを切らしたように強引に手を握られた。こういう意味だったのか、と半ば呆れながら引っ張られるままにする。
 とりあえず一時間くらいは付き合おうと思った。

 有志の屋台に行けば、増田さんに引っ張られているあたしをクラスの人たちが驚いて見ていた。
「焼きそば二つお願いします」
五百円玉を出して増田さんが言う。
「はいー」
売り子もクラスの女の子だった。増田さんの後ろで居心地悪そうにしているあたしを、不思議なものを見るような目で見てくる。あたしは見せ物じゃないぞ…と思うも、既に疲れていて顔にも声にも出せない。おつりの百円と焼きそばの入ったビニール袋を受け取った増田さんが、勢い良く振り返る。
「阿須賀さん! 何処か食べるのに良い場所ない?」
何も考えないで買ってたのか。少し溜息を含めて、
「中庭にベンチがある」
「じゃあそこ!」
ぐいぐいと引っ張られるあたしを見る視線が、好奇のものから同情に変わったような気がした。
「ん、おいしい! やっぱり焼きそばはマルモのが一番だよね!」
もきゅもきゅと焼きそばを頬張りながら、増田さんは言う。あたしはというと、紅ショウガを一生懸命に退かしていた。
「一番も何も、この麺しか食べたことないし…」
「え、焼きそばパンとかは?」
「あんな炭水化物×炭水化物…」
あたしが溜息を吐けば、増田さんは不思議そうな顔をしてから少し眉を寄せて、
「阿須賀さん、そう言うものも食べた方が良いと思うよ? そう言うの食べないからこんなにがりがりなんじゃない?」
余計なお世話だ。これでも標準体重なのに。少し不機嫌になったのが顔に出たのか、
「あ、でも他の麺なんて不味いから食べなくって良いよ! マルモが一番だよ!! 焼きそばパンなんかの不味い麺が阿須賀さんの口に入るかと思うと…うきゃあ…」
弁解のつもりだったのだろうが、途中から増田さんは奇声を挙げ始めた。あたしは心の隅で五月蠅いな、と思いつつ、今度はそれを顔に出さないように気をつけながら焼きそばを口に含んだ。おいしい。それは認める。地元の工場で作られるこの麺はB級グルメとして全国に知れ渡った―――らしい―――一品なのだ。それなりにおいしいのは当たり前だ。
「阿須賀さん」
既に焼きそばを食べ終わった増田さんが話しかけてくる。あたしは焼きそばが口に入っているので答えられず、視線だけをそっちへやった。
「楽しい?」
唐突な質問だと思った。何故そんな質問をするんだろう、とも思った。けれどそんな疑問よりも目の前の表情、つまり、世間一般で言う「楽しそう」な顔をした阿須賀さんに吊られるように、気付いたら頷いていた。
「そっか! 良かった!!」
増田さんはその小さな所作も見逃さなかったらしい。ぽん、と両手を合わせて嬉しそうにはにかむ。よくもまあ、こんなにころころと表情を変えられるものだ。あたしはそう思ってから、焼きそばに視線を戻した。
「阿須賀さん、おいしい?」
頷く。
「阿須賀さんがおいしいって言うなら、私もう一個買って来ようかな!」
「…好きにすれば」
丁度焼きそばを呑み込んだところだったので、短く返す。
「じゃ、買ってくるね。…ここ、離れちゃ駄目だよ!」
あたしは小さい子か。増田さんが手を振りながら離れていく。行儀が悪いと思いつつも、あたしは箸を持ったまま、ひらひらと手を振り返した。
 増田さんは不思議だ。焼きそばを食べ終わったあたしは、なかなか戻ってこない増田さんを待っていた。雲が速い。雨が降りそうだ。増田さんは傘を持っている風でもなかったし、あたしも置き傘をしている訳ではない。なら、早いところ帰らせなければ。
「ねえ」
ふいにあたしに影がかかった。増田さんの声ではない。あたしがゆっくりとした動作で顔を上げると、女の子―――多分、隣のクラスの子が立っていた。その後ろにまだ三人ほど居る。
「…えっと…何か?」
訊ねてみるも、にこにこという笑顔を崩さないで黙っている。何だろう。あたしはこの子の気に障るようなことをしたのだろうか。学校の人間とはクラスの人でさえ、ほとんど関わりを持たなかったあたしはそんなことを考える。あまり変わらないこの表情がうざったいとか、原因はいくらでも考えられる。人間なんて、そんなくだらない理由で人を責め立てるのだ。
「あ、ごめんね、顔じろじろ見ちゃって。阿須賀さんて、綺麗な顔してるよね」
その子は話し始めた。その始まりも内容も唐突すぎて、あたしは応えられない。
「隣、座るね」
その子はあたしが応える前にぽん、と腰掛けた。近い。ほとんど密着するような距離だ。でもとりあえず、不快感を顔に出すことはしない。後ろに居た三人が、それを周りから隠すようにあたしたちの前に立つ。
「あの…?」
「ずっと私、阿須賀さんと話したかったの。でも阿須賀さん、いつも昼休み、教室にも食堂にも居ないでしょう?」
お喋りより図書館、だからね。あたしは心の中で返す。人と必要以上に関わりたくはない。だから、昼休みは図書館に籠もるようにしているのに。
「ねぇ、いつも何処で昼休みを過ごしているの?」
この質問に答えたら、彼女は図書館に来るだろう。それは避けたかった。登下校の電車で増田さんに絡まれるので今は精一杯なのに、これ以上の関わりを持つなんて、あたしがどうにかなってしまう。あたしの顔が不可解に―――実際には不機嫌そうに、なのだが、歪んだのが見てとれたのか、彼女は弁解をし始める。
「違うの、阿須賀さんの昼休みを邪魔しようなんて気は全くないの! …ただ、阿須賀さんとちょっとでも多く、お喋り出来たらなぁ…って思って!」
それがあたしの邪魔になるかもしれないことに、彼女は気付いていないのだろうか。
「ね、阿須賀さん。良いでしょう?」
そっと手を重ねられる。ぞっ、と効果音が付きそうな勢いで、悪寒が背中を走る。脳裏にちらついたのは、
「阿須賀さん!!」
三人の向こう側に、ソフトクリームが見えた。
「増田さん」
あたしは好機、とばかりに不自然でない程度に彼女の手を振り払い、立ち上がる。
「私の阿須賀さんに何しようとしてるの! …あ、阿須賀さん。これ、ソフトクリーム。私の奢りねっ」
凄い剣幕で叫んだかと思えば、あたしの方にきらきら光る笑顔を振りまく。この子の器用さには一生勝てないだろうと思いながら、あたしはソフトクリームを受け取った。早速ぱくついてみる。おいしい。
「これね、地元の牧場からのお祝いなんだって」
ふぅん、とだけ返しておく。面倒そうな女の子たちの処遇は、増田さんに一任することにした。人となるべく関わらない生活を送ってきた所為だろう。こういう場合の対処法を知らない。向こうが悪意を持っている場合なら、すぐにでも受け流せるのに。好意は、とても、扱いにくい。―――あたしが、増田さんを拒めなかったように。まぐまぐとソフトクリームを食べながら、あたしは増田さんと女の子たちを見ていた。増田さんが笑顔で、とりつく島もない程に完璧な笑顔で、女の子たちに話を付けている。内容に興味はなかった。ただ、さっきの言葉が頭の中で響く。
 私の阿須賀さんに何しようとしてるの。
 あたしはものじゃないとか、増田さんのものになった記憶はないとか、反論しようとお思えばできたのにしなかったのは、状況が状況だったからだろうか。早く、逃げたかっただけ?
「あ、どうしよ、ソフトクリーム溶ける…っ。阿須賀さん、これも食べて!」
増田さんのくれたソフトクリームを食べ終わる頃、増田さんは自分の分を差し出してきた。女の子たちはまだ去らない。
「…でも、増田さんのお金なのに」
「良いよ。阿須賀さん、おいしそうに食べてたから」
にこっと言う効果音が聞こえてきそうだ。後ろの女の子たちがびっくりしたように表情を固まらせる。あの子たちには、あたしがソフトクリームを無心で食べているようにしか見えなかったんだ、きっと。
「ありがと…」
俯きながら受け取る。増田さんに見られたら、あたしが仄かに笑っていることがばれる。嬉しいことが、増田さんに分かってもらえて嬉しいことが、ばれる。
 そんなやりとりを見ていた女の子たちは、何やら言い残して去っていった。
「…阿須賀さん、モテるんだ」
「………え?」
再びまぐまぐしていたあたしは、たっぷり間をおいて聞き返した。
「しかも、女の子からも」
ふてくされた表情。
「…ソフトクリーム、やっぱ要る?」
「阿須賀さん、違う、そうじゃないよ…」
増田さんは溜息を吐いてから、
「でも一口ちょーだい」
あむ、とかぶりついた。
「おいしい?」
「うん」
「口の横についてる」
「えっ」
増田さんが慌て始める。どこ、どこ? と一生懸命に口元を拭うけど、全然取れてない。
「…ここ、だよ」
人差し指で拭って取ってやる。指先のソフトクリームの行き先に迷って、結局自分の口に運んだ。
「―――……」
何とも言えない表情で増田さんがあたしを見てくる。どうしたんだろう、とソフトクリームを食べ続ければ、
「…阿須賀さんって、時々とんでもなく恥ずかしいことをさらっとやっちゃうよね…」
顔を赤くしながら言われた。
「恥ずかしいこと?」
「今のソフト、取ってから自分で食べちゃうとことか…。あと、最初会った時もそうだった! 電車でこけそうになった私を助けて、それからお礼言ったら、当然のことをしたまでだから、的な答えが返ってくるし…! ああああ」
ぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。一人でそんなに考え込まれても。
「…嘘。恥ずかしいんじゃなくて、本当は、かっこよかったんだ…今のも…。私だけ追い付いてないみたいで、何か…馬鹿みたい…」
あたしは最後の一欠片を口に放りこんで、咀嚼しながら考える。増田さんの、言葉の意味を。
「…それは」
考えはまだ上手くまとまらないけど。
「あたしと増田さんの価値観とか…考え方の違いであって…増田さんが馬鹿みたいとか、関係ないと思う、けど」
増田さんの動きが、止まった。あたしは何か変なことを言っただろうか。
「うん、うん…そうだよね、ありがとう、阿須賀さん」
「まぁ、馬鹿みたいだとは思うけど…」
「…台無しだよ、阿須賀さん…」
へにゃり、と笑う増田さんに釣られてあたしも笑っていた。
「そういえば、増田さん傘持ってないよね」
「うん、持ってないけど…何か使う?」
「いや、雨降りそうだから」
空とか空気の感じで雨が降りそうだとか、直ぐに分かりそうなものなのだが。小学校のときは普通にこういう話をしていたような気がするから、決して特別なことではないと思うのだが。…もしかして、増田さんには分からないのだろうか。
「え、何で分かるの!? どうして!? 阿須賀さん予知能力者!?」
分からなかったらしい。
「普通、分かると思うけど…」
「分からないよっ」
困惑してしまう。
「じゃあ、今度教えて? どんな時に雨が降るのか」
「…こんなとき」
「分かんないよー…」
中身のなさそうな会話にはっとする。そうだ、こんなことの為にこの話題を振ったんじゃない。
「雨、降りそうだから…降る前に帰った方が良いよ」
「阿須賀さんは傘持ってるの?」
「持ってないけど」
だから帰れと言っているんだけれど。何故伝わらない。
「阿須賀さん、終わるの何時?」
「三時だけど」
部活動に所属している訳でもないから、点呼が終わったらすぐに解散だ。何故聞くのだろう。まるで待つつもりみたいではないか。あたしが置き傘をしているのならまだしも、ついさっきそれは否定したはずだ。もしかして人の話を聞いていないのか。
「あそこのコンビニ」
「ん?」
「あそこのコンビニで傘買ってくるから、此処で待ってて…も、良い?」
増田さんがあたしに何かするのに聞いてくるなんて! とは思ったものの、別に、としか言葉にならない。多分ここでだめだと言ってもあたしは増田さんの弁舌に負けてしまう。言いくるめられてしまう。だから、これは労力がどうとかの話を考えた上での最高の決断なのだ。
「…良いよ」
「やったあ! あいあい傘で帰ろうね!」
「今嫌になった」
「何で!」
あいあい傘とか、普通に恥ずかしい。そう思っていたのが分かったのか、ソフトは食べるくせに、と言われた。それとこれとは別の話、と思うけれども増田さんにとっては同じらしい。
 約束をして、点呼に戻って終わったら増田さんを探す。どうやら傘を買いに行くのは間に合ったらしい。
「半分出すよ」
「良いよ、これからも私が使えば良いんだし」
それに阿須賀さんとの思い出の傘だから! と言われてもよく分からなかった。傘は傘だし、しかもビニール傘だし。
 雨の音が結構強い。周りの会話が聞こえないくらい。鞄は濡れるけれども増田さんは一番大きな傘を買ってきたのかなんとか二人とも肩は収まった。こんな大きな傘をこれから増田さんは一人で使うのだろうか。分からない。邪魔だと思うのだけれど。
 あたしは増田さんはもう変化になれないと思っていたことを思い出した。電車の中で、毎日のように会う人。ただそれだけ、と思っていた。でも電車を出たら、という選択肢だってあったのだ。増田さんはすぐに割れるしゃぼん玉のような人だけれど、何度も何度も吹き出してくるから、結局変化にしかなれないのだと悟るには多分、あたしは少し、遅かったのだと思う。でも、きっとこれからも増田さんはあたしに構うから。
「増田さん」
「何? 阿須賀さん」
「これからもよろしくね」
増田さんは一瞬、感極まったように傘を上にあげて、それからうん! と力強く頷いた。
 二人とも、肩が思いっきり雨に濡れた。

***

君はいつも傍にいた 

 高校一年生、夏。その日は日曜日で、僕はまだゆっくり寝ているはずだった。

 犬が飼いたい、と言い出したのは、母だった。念願のマイホームを手に入れた我が家は、もう一人、いや一匹? 家族を増やす計画を立てていた。
「ドーベルマンは駄目」
繰り返された母の台詞。どうも、小さい頃に噛まれたことがあるらしい。
「白い犬が良いな」
そんな母の言い分に、まだ幼かった僕は、妹と二人で抗議したのを覚えている。
「えーヨーゼフが良い!」
「ヨーゼフー」
ハイジを見ていたこともあって、僕たちはセントバーナードを飼いたかった。妹は分からないが、僕の心には、セントバーナードなら背中に乗れる、という、ちょっとした夢もあった。その頃から本が好きだった僕は、図鑑だって読んでいた。セントバーナードは超大型犬。僕を乗せてくれる犬は、この犬以外にあるだろうか?
 結局、何の犬を飼うのかは僕たちには知らせられないまま、「犬を飼う」という事実だけが決定された。僕はそれが嬉しくて嬉しくて、出来たばかりの小学校の友達に、片っ端から自慢していった。
「僕のうち、犬飼うんだよ!!」
母にも父にも口止めされたが、まあ小学生の口なんてこんなもんだ。
 どんな犬? いつから飼うの? そんな質問に、僕は、
「それが分かんないんだー」
なんて曖昧に笑った。母も父も、絶対に教えてはくれなかった。いつ来るんだろう。どんな犬なんだろう。そうやって、期待させたかったのかも知れない。
 そんな僕を、周りの友達は疑いはしなかった。小学一年生だ。そこまで人を嘘つき呼ばわりするようには出来ていなかったのかもしれない。
 犬が来たら教えてね。そう言われ、僕は勢い良く頷いた。僕は楽しみで楽しみで仕方なかった。これから増える家族。ふくれあがる期待は止まらない。ヨーゼフ、ヨーゼフ、ヨーゼフ。この夢も、諦めていた訳ではなかった。

 それから少しした冬のある日。
 その夜、僕と妹はリビングでテレビを見ていて、母と父は玄関で夜遅い客と話していた。僕はトイレに行きたくなって、リビングを出た。トイレは玄関の後ろに位置する。客の男と両親が何やら話し込んでいるのを横目で見て、僕はトイレに入った。
 僕は比較的のんびり屋な性格であると自負している。それは、トイレも例外ではない。いつものようにのんびりと用を足し、のんびりと手を洗って、のんびりとトイレを出る。ちらりと玄関を見ると、男はもう居なくなっていた。けれども、二人はまだそこに居た。
「何してんの?」
僕は客も居ないのだから良いだろうと思い、二人の方へ行った。
 そして、母の腕にちんまりと抱かれているものを見た。
 真っ白な、子犬だった。
 僕は一瞬言葉を失ったが、その可愛さに我に返ると、
「犬来たの!?」
母の隣に座った。
 「可愛いー…」
僕はしげしげと子犬を眺めてから、リビングでテレビを見ている妹の名前を大声で叫ぶ。
「犬来た!」
「えー?」
間延びした妹の声に僕は興奮を隠しきれず、ほとんど怒鳴るような声で叫んだ。
「だから、犬!!」
 これが、我が家に犬が来た、初日の出来事。
 数日間名前の決まらなかった新しい小さな家族だったが、初日で安心しきった様子で仰向け―――つまり、お腹を出して寝ている図太い子犬を見て、妹がぼそりと言った、
「となりのトトロみたいだね」
の一言で、名前はトトロに決まった。
 「何年くらい生きるの?」
僕の質問に、母は、
「大型犬だから、十年くらい、かな」
と笑う。
「じゃあ、僕が、えーと…いち、にい、さん…高校二年生になるまでは生きるんだね!」
小学生の単純計算。
「そうだね」
母も笑っていた。
 我が家の新メンバー。
 種類、犬。性別、雄。犬種、グレートピレニーズ。名前、トトロ。

 最初は、質の悪い冗談だって思った。
「…は?」
僕は寝惚け眼で返す。父が一生懸命に僕を起こそうと、揺り動かしていた。目に、涙をいっぱいに溜めて。
「だから、トトロが…」
詰まってから、
「死んじゃった」
 それから父は仕事、母は何かの準備で慌ただしく家を出て行った。妹はバスケの練習に行っている。僕は家に一人で、まだベッドの上で、ぽつんと考え込んでいた。
 静かすぎる。僕が最初に思ったのはそれだった。のろのろと重い身体を起こすと、寝間着も着替えないまま、サンダルをつっかけて外に出る。小屋に目を向ける。
 真っ白で大きな身体が、そこに横たわっていた。
 「トトロ」
僕は名前を呼んで手を伸ばした。身体に触れる。いつもなら、顔を上げるはずの動作。鼻を近づけてきたり、耳をぴくぴくっと動かしたり、尻尾を揺らしたり。
 なんで。
 正直な、感想だった。
 昨日まで動いていたのだ。肺炎にかかったと診断されて、骨肉腫だか何だかの訳の分からない病気にかかっていると言われて。都会の大学病院でも、成功するか分からない手術しかないと、知らされても。
 すぐに居なくなっちゃうなんて、思っていなかったのに。
 三ヶ月持たないと、いつも行っている動物病院で言われた所に、僕も居た。覚悟はしていなかったわけではない。動物は、生きているものは、いつか、死ぬ。それは、前の年に祖父を亡くして、分かっていたはずだった。
 「トトロ」
まだ暖かかった。そこに命がもうないなんて、到底信じられない程に。
「ねぇ、何で。顔を上げてよ」
僕の声だけが、庭に響く。トトロは動かない。僕は動いているのに、トトロは、動かない。
―――僕が高二になるまで生きるんだぞ。
―――絶対だからな、約束。
 次の瞬間、涙腺が決壊した。
 前が見えないくらいに、涙が流れてきた。ねぇ、何で。ずっとそれを繰り返す。もう動かない身体をさする。そこにもっと熱が戻れば、生き返る、とでも、信じている幼い子供のように。
 どうして部屋に戻ることにしたのか、覚えていない。ただ僕は、部屋に戻ると、枕に顔を押しつけて、声を殺して泣いた。嗚咽が喉を引き裂くように出てくる。
 誰も家にはいなかった。僕を止める人も、何も。

 「トトロ、肺炎なんだって」
母から言われて、動揺しなかったと言えば嘘になる。
「そう」
素っ気なく返事を返したら、
「心配じゃないの!?」
と怒られた。
 心配じゃないわけ、ない。
 僕は怒鳴りたかった。でも、怒鳴れなかった。僕の気持ちは僕だけが知っていれば良い。そう思った。
 父に連れられて動物病院へ行った時、先生の話を僕は無表情に聞いていた。無表情に徹していた。
 帰ってから、トトロを撫でた。
 苦しそう、だった。
 眠れない夜、苦しそうな息が聞こえた。
「頑張れ、トトロ」
小さく呟く。
 誰に聞こえなくても良かった。
 「お前な、まだ九歳になってないんだからな」
ぐったりとするトトロの前にしゃがみ込み、僕は言った。トトロは何言ってんだこいつ、みたいな目で僕を見上げる。
「お前の誕生日は十一月一日。まだお前八歳なの。僕の小一の時の計算では、お前は僕が高二になるまでしっかり生きるの」
首筋を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「約束するぞ」
僕はトトロを撫でながら、もう片方の手をトトロの手に重ねた。
「僕も今辛いけど、頑張るから。死にたいなんて、言わないから。僕が高二になるまで生きるんだぞ」
その時の僕はひどく精神不安定で、ことあるごとに死にたい、などと言っていた。
 トトロと目が合う。
 約束するよ。そう言った気がした。
 「…ッ絶対、約束だぞ! 絶対だからな、約束」

 そして、結局約束は守られなかった。
 約束なんてそんなものだと分かっていたから、トトロを責める気になんてなれない。それでも僕はそんなちっぽけな約束すら守らせてくれなかった神様とやらが憎かった。長く苦しまずに済んだのかもしれない、そう思おうとしても結局それは僕たち人間のエゴで、トトロの言葉を本当に理解出来ない僕にはそれが正しいのかも分からない。
「トトロ」
その身体がどうなったかも分からないで、僕は空っぽの檻を呼ぶ。
 死にたいと思う余裕も僕にはなくて、ただ何もない檻を僕は時折撫でては学校に向かっていた。いつも傍にいたものが居なくなるというのはこういうことなんだな、と思ったのを覚えている。でも、それだけ。他人事のように、僕は結局受け容れられないで。

 高校一年生、夏。その日は日曜日で、僕は午後、トトロと一緒に遊ぶつもりだった。

***

僕らは鳥籠の鍵を持っている 

 明日は何処に行こうか、と優しい声がする。私は何処でも良いよ、と言う。本当は扇風機が壊れたから買いに行きたかったけれども、それを言っても否定されるだけだから。アイス喰ってればいーじゃん、はい、脳内再生余裕。
 本当の兄弟じゃあなくて、でも本当の兄弟よりもずっと傍にいて、だから私は何処でも良いよって嘘を吐く。妹の私にはそれくらいしか出来ないから。麦茶の氷がからん、と音を立てる。吐き気がする。汗の匂いが気持ち悪い。どんどんかけ離れていく匂い。普通違うものになっていけば気持ち悪さは減るんじゃないのか、そう思ったりするけれども結局、気持ち悪さは変わらない。
「アイス食べて良い?」
「何味」
「バニラ」
「だーめ」
バニラは俺の、とチョコを押し付けられる。うん、分かってた。だからバニラって言った。本当はチョコが食べたかったから。
 優しい、のだと思う。いたずらっ子みたいな顔して、私の上にいるけれど、それはやっぱり遊びの延長線上で、だから私は同意≠オた。
「チョコ美味いかな」
「不味くはないよ」
「そっかあ」
私は答えを知っている。夏がこのまま終わることも。
 だから多分、私の視線は時々台所に向く。其処で私のことを待っている包丁を、いつ迎えに行こうかまだ、考えている。だってまだもう少し、楽しいから、楽しめるから、多分、きっと。たぶん。



処女性が足りなくなってこっそりと部屋を抜けだす(ねえ、おにいちゃん) / 黒木うめ

***

朝が来る、(目玉焼きにベーコン) 

 起きないの、と貴方が言う。起きるよ、と私は言う。多分これを幸せって人は言うんだろうけど、そういうのが分からない私はまだ夢の中で、胡椒を買い足し忘れたことを嘆いている。



なつもふゆもあきもはるもいつも二文字 あなたを起こすのはむずかしい / 小野田美咲



20200511