辛いですよ、と言った顔は上手く笑えていただろうか。
天国からもお元気で
近藤は何も言わずに沖田を見つめる。難しそうな顔で、とてもとても痛そうな顔で、見つめてくる。
そんな顔をしなくても良いのに、
病気なのは沖田なのに、そう思っても優しいこの人ならばきっとこういう表情をしてくれると、
分かっていたような気もした。
「ええ、辛いです。正直、何で俺なんだろうって思います」
沖田が近藤家での療養を初めて数日が過ぎていた。もう暫くしたら実家に帰される。
それを、沖田も承知している。労咳に治療法はない。
新選組には死にゆく人間を抱えておけるほど、余裕はない。文句はなかった。
あったとしても、女遊びの激しい近藤がこうして、
毎日仕事を終えて直ぐに帰って来る、それだけで飲み込める気がしていた。
力に、なれただろうか。こうして誰かに可愛がられていても、浮かぶのは一人だけだ。
「近藤さん、俺、あの人に会いたいです」
きっと、それだけで伝わると思った。現に、近藤は薄く、苦い顔をした。
「…会えば、辛くなるぞ」
押し殺した声が、お前のためだ、と言ってくる。
分かっている。会えば辛くなる、そんなことは分かっている。
「…分かってます」
笑う。
「だけど、会いたいんです。末期(まつご)の病人の独り言です。
少しだけ付き合ってくださいよ」
思わず、と言ったように近藤が沖田の手を握る。
「なんですか、近藤さん」
「…いや、」
「そんなに俺今、消えそうでした?」
そこで離すのは図星だと言っているようなものだけれど、
さすがにそこを突っ込んで言うつもりはなかった。沖田に、蛇を出させる趣味はない。
「辛いですよ」
繰り返す。
「…向こうへ行ったら、文でも書いてやれ」
「近藤さん意外と馬鹿ですね。天国からじゃ文は届きませんよ。
………いや、俺みたいな人斬りが天国なんて行ける訳ありませんでしたね。
ああ、でも、地獄からも届かないから、きっと一緒ですね」
総司、と止めようとするかのように近藤が呼んだ。沖田は返事もせずに続ける。
「俺は死にます。薬なんて出来やしません」
「総司」
「もう終わりなんですよ、近藤さん」
「総司!!」
怒鳴るような声だった。こんなふうに怒られたのはいつぶりだろう、と思った。
此処へ来る前だと、まだ何も知らなかった頃のことだと。
近藤が臥さるようにして沖田を抱き締める。
「近藤さん、感染りますよ」
「総司、そんな気弱なことを言うな」
「気弱って、今まで快復した例なんて、」
「お前が、その第一号になるかもしれないだろう」
「………はは、近藤さんがそんなこと、言うなんて思いませんでした」
渇いた咳が出そうになって慌てて飲み込んだ。
「俺は信じる」
「…近藤さんにそう言われちゃ、俺が信じない訳にはいかないですね」
「そうだろう。お前は完治して此処へと帰って来るんだ。お前がいなければ、駄目だろう」
「そう、ですね。駄目なやつらばっかです」
晴れた日のことだった。
「じゃあ、これで。お世話になりました」
「総司」
「なんです、近藤さん。忘れ物ですか?」
「いってらっしゃい=v
息を飲む。
「―――いってきます=v
きっともう二度と、此処へは帰って来れない。そう分かっていたけれど、信じたふりをして笑う。
それが上司命令なのだから、沖田は狂ってでも、それを信じていなければいけないのだ。
20150409