ひらり、舞い落ちる。
サクラサク
土方は目の前の子供を見つめる。
美しい顔をした、美しい太刀筋の子供を、見つめる。
中庭に充満していく殺気を、この子供はどう思っているのだろう。
痛くも痒くも思っていないのだろうか。
こんな、子供を。
「本気を出せ、総司」
でないと、と続ける、自分の顔は。
「本当に、殺してしまうぞ?」
どれほどに。
真剣を持って、何の装備もしないで、そうして向き合って。
いつもの風景を戦場に変えて、一体何がしたいのか。
ぎりっと、歯が食いしばられる。
「出してますよ…本気」
「お前の本気はこんなものじゃないだろ?」
「買いかぶりすぎですよ、土方さん」
こうして待っているのに一歩も動かないそれの、何処が本気だと言うのか。
「嘘を吐け」
だから、嘲笑う。
「俺の目を見て、それを言えるのか」
ぐっと息の飲む子供、可哀想な、子供。
「俺、は―――」
願うように、向けられる目線。
その瞳の揺らぎに気付かないふりをして、息を吐く。
「お前が行かないなら、俺から行く」
「土方さんッ」
「構えろ、総司。死にたくないなら」
しゃら、と音がしたような気がした。
刃(は)の音、刃の悲鳴。
戦場でだけ聞こえる、相棒の声。
子供がまた顔を歪めた。
悲しそうに、辛そうに、今にもすべて放り投げて泣きたいというような、そんな顔をした。
しゃらしゃらと悲鳴がこだましていって、相棒は土方の手を離れ、中庭に落ちた。
それを横目で認めて、はぁ、と息を吐く。
「本気じゃないお前にも、俺は敵わないんだな」
「何を言うんですか…まさかそんな戯言を言うためだけに、
俺を巻き込んだなんて言いませんよね?」
「そうだと言ったら?」
笑ってみせる。
「…身内殺しは御免です」
幼さの残る頬が歪んだ。
武士に在るまじき、子供の顔で、泣きそうな顔で。
それをさせているのは自分だ、自分なのだ。
その優越に、胸が震えそうになる。
「死んだって、お前がいるだろ」
「…土方さんじゃなきゃ、駄目でしょう」
この話は終わりだと言わんばかりに、子供は刀をしまった。
それを見届けてから、相棒を拾いに行く。
次に顔を上げた時、子供は既に土方に背を向けていた。
「オイ、総司何処行くんだよ」
「何処でも良いでしょう」
「お前みたいな餓鬼を一人で歩かせられるか」
「土方さん、人のこといつまで子供扱いする気なんです…」
ふらふらと猫のように、その足は淀みなく歩いて行く。
いつの間に、この町のことを知ったのだろうか。
ずっと、刀だけに、戦いだけに目を向けているような、そんな気がしていたのに。
それとも。
それは、土方の願望だとでも。
着きましたよ、との声で顔を上げると、視界には桃色の波が広がった。
「…綺麗だな」
「綺麗でしょう」
満足気な横顔に、お前みたいだ、とは言えなかった。
ひらり、ひらり、舞い落ちていく。
今にも消えそうで、底の見えなさが、この子供のようだと。
「………総司」
呼ぶ。
返事をしてほしいと、隣に立つのが本物であると、証明して欲しいと。
「なんですか、土方さん」
ふわり、と微笑んだ、その所在なさげな子供の手を掴むような真似は、土方には出来なかった。
20150107