Parting
絢爛足る土葬を希望する
それを一望した記憶だとか、風の色だとか土の匂いだとか。
街の輝き方も、人の蠢き方も、とうの昔に忘れてしまった。
否、完全に忘れたということはないのだろうが、どうにもぼやけてしまって曖昧でしかない。
だが、そんな塗り替えられるのを待つだけの記憶の海にも、
たった一つ、ひどく鮮やかなものは存在するのだ。
生まれつきの紫の髪を持つ一族の中に、ぽつりと咲く山吹色はいつでも目立った。
この国では珍しいその色は、
親が移民だったらしく生まれてすぐにこの国に捨てられたからなのだと、
いつだか楽しそうに語ってくれたのを覚えている。
親戚縁者が一人もいない地で育ての親が亡くなれば行く宛もなく、
母が外出の際に倒れていたところを偶然見つけ、拾うに至ったようだ。
病弱だった母は一人、娘を生んだだけで死んでしまったけれど、
それで何もかもがなくなった訳ではなかったのだと、その蓬色の瞳がきらきらと煌めいていた。
「栗松」
もうこの世で私しか呼ぶことのない名を呼ぶ。
貴方がいたから私は、あんな狭苦しい檻の中で生きようと思えたのよ、
そう口に出すことはついぞなかったけれど。
その山吹の灯を消したのは私ではないけれど、
責任を問うのならばそれは間違いなく私にあるのだ。
私と関わらなければ、
そんなことを言ったら悲しい顔をするのは分かっていたけれど、そう言わずにはいられなかった。
この国が好きだと彼は言った。
私がそれを嫌っているのを知っていて、やわらかな声で言った。
だから私は彼のためならば、と心も頭も騙していたのに。
ああ、なんて酷い物語。
愛したものに殺された彼のために、私は彼の愛したものを殺して、そうしてただ一人生き延びて。
滑稽極まりない体たらくで、今ものうのうと生きている。
それが間違いだったとは思わない、正しかったとも思わないけれど。
これで良かったと、そう思うのに。
私は、彼と同じ場所で眠ることを夢見るのだ。
この身を埋める場所はもうないけれど、それでも。
栗松(くりまつ)
不遜足る火葬を渇望する
肉体や人格を求められたことなどそんなにないのだと思う。
労働は肉体を求めることだと言う人もいるのかもしれないが、
少なくとも彼女の中ではそれは彼女でなければいけない、というものはなかったのだし、
言ってしまえば自分の手を汚さないで何とかするための駒でしかなかったのだから。
少女の頃から、否、もっと前から、求められたことのあるものと言えばこの頭脳だけで、
結局所謂裏の世界へと足を踏み入れる切欠になったのも、
今思えばこの頭脳の所為だったと言える。
そんな自分の生い立ちを恨んだことがあるかと言えばそれは否であり、
その余裕はと言えば目一杯に愛してくれた両親によるところが大きいのだろう。
愛などとこの口から出したらきっと今交遊のある彼らは腹を抱えて笑うだろうが。
この世界のことは好きだ。
自分を産んでくれた両親も、彼らの遺した研究も、
出会った人々、友人と呼べる彼らのことが好きだ。
けれども。
いや、だからこそ。
私が、恐らく私で終わるであろうこの血筋が、私が完成させるであろうこの研究のすべてが。
二度とこの世界に降り立つことがないように。
灰の一つも残さぬように。
粛然足る風葬を願望する
その能力(チカラ)のことを初めて教えてもらった夜、私はとても寝付けなかった。
ぽつりぽつりと語る祖母の声があまりにも硬かったことが、やたらと今も耳に残っている。
ものとしての形がない分、それはひどく厄介なように私は思えた。
私、自身が。
私自身こそが形であり、それ以上のことはない。
寝返りを打ったベッドはかたかった。
ぼんやりと胸の内に宿る焔めいた暖かさが、一人でないことを伝えている。
家事も何もかも、自分で出来ないことはなかった。
彼女が最後にくれた鍛錬によって、今までだめだった戦闘も出来るようになって、
本格的に一人で生きれるようになってしまっている。
弱かったあの子はもういない。
それでも、この能力(チカラ)に見合うだけだとは思えなかった。
不安が、消えない。
いつか、この能力(チカラ)に飲まれてしまうのではないか。
また、あの時のように何かに巻き込まれてしまうのではないか。
私は私として、ちゃんと死ねるのか。
もう一度寝返りを打つ。
静かに、あるものとして。自然に還っていけたら。
「そう思うのは、ないものねだり…?」
しかし、ただ、それだけが今願うことだった。
朦朧足る水葬を切望する
思い出すのは必死に息を潜めて走る苦しさと、
利き手でない方でぎゅっと痛いほどに握った幼馴染の手の異様な熱さだ。
今まで生きてきたこの決して長いとは言い切れないこの人生の、
大半がそんな生活であったのだし、今もそうだ。
しかし本当は、本当はこれに匹敵する程の、言うところの幸せの記憶というものが確かに、
この胸にしっかと宿っているのだということを知っている。
知っていてそれを認めないのは、
私のその幕の下ろし方があまりにも酷かったと自覚しているからだ。
その酷さに反比例するようにその仕掛けは簡単だった。
そんなことを言えるのはこの生まれ持った頭脳によるところが多いのかもしれないが。
少なくとも二人以上の人間がいたと見せかけるのはそれほど難しくなかった。
考えうる限り最高の失踪劇だったはずだ。
とは言っても、きっと私よりも頭の良い人間なら、
もしくは閃き力のある人間ならばすぐに解ける謎ではあるけれど。
しかし時間の経ってしまった今、取るべき証拠もなくなっているのだろう、
そうしたらもう、解く人間など何処にもいない。
きっと、昔の仲間もみんな諦めてしまった。
そう思うのに。
どうしてか、貴方だけは諦めないのだろうと、
諦めることなど出来ないでいるのだろうと、そんなふうに思ってしまうのだ。
だから、私は切に願う。
きっと今も私が何処かで生きているであろうことを、
恐らく疑いもせずに信じている貴方が、私が死んだことになど気付かないように。
そうしてひっそり、沈んでいけたら。
二度目の埋葬に臨む
死というものが実のところ其処まで怖くはなかった。
軽々しく死んではいけないと、
そううっすらと張った氷のような危うさで叩きこまれた価値観が、
そうさせているだけのような気がしていた。
既にあの時、自分の心は埋葬されたのだ。
誰よりも愛おしいその人と一緒に。
自分の掘った穴の中で、ひっそりとあの人に寄り添っているのだ。
きっともう朽ちてしまっただろう、そしてあの人の手の中に届いたのだ。
そうでも思わなければ、こうまでして生きている理由など。
「いつか、会いに行くから」
慣れ親しんだその言葉を理解する者は傍にはいない。
「だから、きっと、待っていて」
20131012