それは少し前、まだ君が此処に来ていなかった頃のおはなし。
むかしばなし
ある日、この店に一人の客がやって来た。
名前は秘密。
綺麗な髪と目を持った女の子だった。
その子はとても大きな力を持っていた。
私が恐ろしいと感じる程の。
それが家系的なものなのか、それとも魂からの繋がりなのか私には分からない。
知ろうともしなかった。
それは依頼を受けた上で、必要のないことだと分かっていたから。
必要のないことを知るのは仕事上最大のタブー。
対価さえ払ってもらえてれば、こっちとしてはどうでも良いこと。
自分の愚かな好奇心に任せて、人のことを探るなんて良くないことだ。
店の信頼にも関わる。
以上の理由からも、私はその力の訳を探らなかった。
でもそれ以上に、知ってはいけない気がしていたのも事実。
私はその子の望み通り力を与えた。
対価には元々あった力を貰った。
その時少しだけ、その子の過去が流れ込んできてしまったの。
酷く、辛いものだった。
それについて私は深くは語らない。
お客様の個人情報を守る、それだって大切なこと。
―――……でも、酷く、辛いものだった。
私は流れ込んでくるその記憶に、耐えられなくなった。
そして、その子の記憶に手を出してしまった。
すぐに自分が何をしているかに気付いて慌てて止めたけれど、遅かった。
記憶は殆どがその子の中に封印されてしまった。
これが、私がした仕事上初めての失敗。
だけど、そのあとの笑顔から翳りは明らかに減っていて、
これで良かったんじゃなかいと思ってしまった。
この世では、何も知らない者ほど恐ろしい者はいない。
でもそれと同時に、幸せな者もいない。
その子の記憶は封印されただけだから、何かの反動で思い出されてしまうでしょう。
そらは何れ来る未来。
運命は巡り合う瞬間に全てが分かるものだし、その流れは誰にも視えない。
ただ、要らないことは起こらないから、
その子が何かを思い出したのなら、その時はそれが必要なのだと思う。
そう思うしかない。
結局私も、弱い人間でしかないの。
さて、昔話もここら辺で。
さ、仕事に戻るよ。
「マスター…」
「ん?」
マスターと呼ばれた人物が振り返る。
「今の話、実話ですか?」
「…うん、そうだよ」
「いつ頃の…?」
「何年か前の話」
「…そうですか」
問いかけた青年は、少し黙って、
「最後に一つ…」
「何?」
「その子は―――……」
今も幸せですか?
その質問にマスターは、軽く微笑っただけだった。
マスター
20070818
20120903 改訂