そこではすべてが可笑しくなる。



ああマリア、僕のマリア
戦争というものをどうして大人たちが好き好んでやるのか、よく分からなかった。 だから行こうなんて思ったのだろう、その選択を、間違いだと思ったことはないけれど。 真夜中のことだ。 夜の番でもないのに上司のテントに呼ばれた。 優秀な指揮官だと聞いていた、実際そうだと思っていた。 けれども噂というものは巡る。当事者が口を閉ざしても、誰も見ない、なんてことはあり得ない。 「アベル二等兵であります」 少しでも、気に入られるように。 「よく来たな」 その優しげな笑みと、異様にぎらついた目がちぐはぐで、笑いそうになった。 手が伸びてくる。するりと頬を滑っていった指が冷たくて、ああ、と思った。 「どうして呼んだか、分かっているね?」 目を伏せる。 「………はい」 もう後戻りは、出来なかった。 目が虚ろだ、と同僚に声を掛けられて、そうだろうな、と思った。 同じテントで眠る同僚に、 バレていないなんてことはないと思っていたけれど、心配をされるなんて。笑う。 「…ちゃんと寝てんのか?」 「一応?」 「一応じゃだめだろ。………今日は呼ばれてないな?」 「呼ばれてないけど」 「じゃあほら、早めに寝るぞ」 食事もちゃんととれよ、と自分の腕を取る同僚が、 震えているのを見ないふり出来るくらいの余裕は、あった。 目の前で人が狂っていく様は、恐ろしいよな、と思う。それと同時にごめん、と思う。 噂を知って、付け入る隙を見せたのは自分の方だった。 前のお気に入りが札束を地面に叩き付けているのを見て、ああ、これなら、と思った。 妹の、顔が。 瞼の裏に。 愛しい家族のために、金が必要だから。 「お前ってほんと、世話焼きだな」 「お前が頼りなさすぎるからだろ、馬鹿」 そんな醜い場所のことは、どうか、知らずにいて欲しかった。
20150409