「さァ」
少女が一人、手をかざす。握られているのは青いシャープペン。
「行っておいで」
それをまるで、剣(つるぎ)でも振り下ろすかのように。

これはきっと、紛れもなく愛だから。



第一話
とある寒くなって来た秋の日の朝。 突然の空を裂くような悲鳴に、涼水といずみは揃って空を見上げた。 「…お天気お姉サンの嘘吐き…」 びっくりして声も出ない涼水の隣でいずみが困ったように呟く。 「人が降るなんテ、聞いてなイ…」 流石にお天気お姉さんもそんなことは予想出来ないと思う。 未だ急降下を続ける人影は、やっとその落下予想地点に人がいると気付いたらしい。 気付いたところで何も出来なさそうではあるのだが。 常日頃から非日常な日常に身をおいていれば、 不測の事態が起こっても何とか動けるのではないかと思っていたが、そうでもないらしい。 人が降ってくるなんて事態を目の当たりにして、涼水の足は地に根を張ったようになっていた。 恐怖というよりも、パニックと言うよりも、意味の分からなさに呆れる、と言った感じで。 「ああ、もう!」 恐らく、そう叫んだのだろう。 空中で器用にその身を捩ると、その人影はばっと何かを開いた。 本、だろうか。 しかし、今は全く関係ないのだが、 ばたばたとはためくスカートの中が一切見えないと言うのは何かの陰謀を感じざるを得ない。 人影がその状態のまま、また何かを叫んだ瞬間。 辺りが、カッと光に包まれた。 「はぁ、死ぬかと思った」 そんな声に瞑っていた目を開けば、目の前にいたのはさっきまで急降下していた人影だった。 この一瞬のうちに無事着地したらしい。 涼水と同じくらいの少女だった。 印象的なのは瞳を覆い隠す程に伸ばされた前髪だろう。 後ろは肩につくくらいの一般的なショートで、その色は少々茶色味の掛かった黒だ。 何を言うことも出来ずに見つめる涼水と、これまたこちらも何も言わないいずみの前で、 少女はこちらなどお構いなしと言ったようにくるくると回っていた。 森を連想させるような深い緑をしたブレザーが何とも暖かそうである。 先ほど見えたのは、本ではなくノートだったようだ。 「うん、まぁ、細部は違うみたいだけど、最初がこれなら上出来かな」 ぴっと伸ばした指先までをしげしげと眺めてから、その顔がぐるりとこちらを向く。 「お騒がせしてすみませんん。えっと…どうも、こんにちは」 「こ、こんにちは…」 てへ、と笑う姿は歳相応に見えて(あくまでも涼水の中での想定年齢ではあるが)、 今まで見てきたいろいろな客よりも一般人に近いものを感じた。 思わず挨拶を返す。 しかし残念ながらこの少女も一般人ではないのだろう。 一般人は空から降って来たりしないし、その上着地して無事であるはずもない。 「あ、あと一応確認。いずみと涼水、だよね?」 「…何デ、名前」 隣でいずみが警戒を強めるのも構わず、少女はよかった、と息を吐く。 「うまく、いったよ」 誰か他の第三者に呼びかけるように呟くと、少女は持っていたノートを抱き締めた。 そして本当に、本当に嬉しそうに笑ってみせる。 ガン無視、と言っていいほどフリーダムに振る舞う少女に、 涼水もいずみも首を傾げるしかなかった。 ←  
20140604